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八月二十日 村からの脱出

 ナタリーを先頭に、少年少女たちは村の中を進んでいく。

 時刻は八時を過ぎていた。周囲は闇に覆われており、明かりといえば星の光と月明かりだけである。都会育ちの少年たちは、数十センチ先がかろうじて見えている有様だ。

 そんな中を、先頭にいるナタリーは慎重に進んでいく。彼女は、闇の中でも目が利くらしい。また、村の地形も熟知しているようだ。迷うことなく進んでいる。

 少年少女たちは、全員が手を繋ぎ合い、ナタリーの後を付いて歩いている。これは、ナタリーの指示だ。彼女の手を大翔が握り、大翔の手を草野が握り……という状態で、一列に並び進んでいる。闇の中、ひとりもはぐれることのないように……という配慮だ。間抜けな姿ではあるが、反抗的だった千葉や石野も、黙って指示に従っている。

 ムカデ競争のような状態で、のろのろと歩いていた時だった。不意に、ナタリーが口を開く。


「いいか、このまま静かに歩く。駐車場までは、あと一分も歩けば到着する。あるのは軽トラだから、運転席には二人しか乗れないがな」


 彼女の言葉に、素早く反応したのは千葉だった。


「じゃ、じゃあ、他の奴はどうすんだよ?」


「どうするって、そりゃあんた荷台に乗るしかないでしょうが。千葉ちゃんさあ、デカい図体してっけど怖いの? 見かけ倒しなの?」


 軽口を叩く譲治を、千葉はきっと睨みつけた。


「何を言ってんだ! 怖いわけないだろ!」


 その怒鳴り声に、ナタリーが振り返る。


「大声を出すな。気付かれるぞ──」


 彼女が言い終える前に、懐中電灯の明かりが一行を照らす。次いで、パーンという乾いた音が響いた。その音に合わせるように、千葉の体がガクンと揺れる。

 直後、闇をつんざくような声が聞こえた。


「ちょっと! 何をやってるんですか!」


 明らかに、このメンバーのものではない声だ。ほぼ同時に、ナタリーが叫んだ。


「全員伏せろ!」


 声と同時に、真っ先に動いたのは譲治だ。その腕力で、隣にいた伽耶を無理やり伏せさせる。ナタリーはというと、すぐ後ろにいた大翔を押し倒すような体勢で地面に伏せていた。無言で付いて来ていた草野も、地面に伏せる。

 後方に、懐中電灯の明かりが見える。立ったままの千葉に、電灯の明かりは向けられていた。うっすらとではあるが、数人の男たちの姿も見える。

 ひとりの男が、こちらに向け手を伸ばしているのも見えた。その手には、何かが握られている。

 次の瞬間、立て続けに音が聞こえてきた。乾いたパンパンという音が数回響く。

 音に合わせるかのように、千葉の体もガクガク揺れる。彼の胸のあたりには、いつのまにか赤い染みが付いていた。

 胸の赤い染みは、みるみるうちに大きくなっていく。さらに彼の顔からは、表情が消えていた。

 その姿を、呆然となり凝視している者がいた。 


「な、何よこれ……」


 石野は、立ったまま呟いていた。ナタリーの指示にもかかわらず、彼女だけは伏せていなかったのだ。足がすくみ、動けないのか。

 ナタリーの表情が歪む。


「伏せろと言ってるだろ! わからないのか!」


 叫ぶと同時に、ナタリーは匍匐前進ほふくぜんしんで彼女に近づく。しかし遅かった。懐中電灯の明かりが、今度は彼女へと向けられる。

 またしても、パーンという音が響く。それも、数回。

 直後、千葉がバタリと倒れた。

 続いて、石野も崩れ落ちる。その口から、血が漏れ出た。間違いなく、銃弾により絶命したのだ。

 ナタリーは、チッと舌打ちした。譲治はというと、伽耶を押さえ込むような体勢で周囲を見回している。


「駐車場はすぐそこだ。姿勢を低くして行くぞ。奴らはプロではない。突っ立っていなければ当たる確率は低い」


 低い声で囁くように言うと、ナタリーは再び動き出した。伏せたまま異様な早さで移動し、木製の塀に囲まれた駐車場へと入っていく。譲治らも、どうにか彼女の後を付いていく。

 直後、一行は愕然となる──


「車がない」


 ナタリーが、ぽつりと呟いた。駐車場に停まっていた軽トラは、跡形もなく消えている。いつ移動されたのだろうか……頼みの綱だった脱出手段が、消えてしまったのだ。

 さらに、喚き声が聞こえて来た。

 

「だから、拳銃はヤバいですよ!」


「るせえ! バレちまった以上、ここで全員殺すしかねえだろうが!」


 男の声だ。ナタリーが塀の隙間からちらりと覗くと、向こうから懐中電灯を手にした何者かが進んで来る姿が見えた。暗くてはっきりとは見えないが、確実に数人がこちらに接近してきている。うちひとりは、拳銃を構えていた。


「ど、どうすんですか!」


 大翔が、悲鳴に近い声をあげる。だが、返ってきたのはナタリーの吐き捨てるような言葉だ。もっとも外国語のため、その場にいる者には何と言ったのかわからなかったが。

 次の瞬間、ナタリーはジャケットのポケットから何かを取り出す。

 それは、拳銃だった──

 闇の中、乾いた音が響き渡る。ナタリーの威嚇射撃だ。そして彼女は怒鳴る。


「こっちにも銃はあるんだ! 我々に近づいたら殺すぞ!」


 途端に、男たちの動きが止まる。罵るような声をあげながら、すぐさま物陰に隠れた。

 その時、ナタリーに囁く者がいた。


「姐御、どうしますきゃ? いっそ、突っ込んで行って奴ら皆殺しにした方が早くね?」


 譲治である。この少年は、今にも飛び出して行きそうな勢いだ。相手が拳銃を持っていることなど、意に介していないらしい。

 しかし、ナタリーは彼の腕を掴む。


「君なら、それも可能かもしれない。だがな、他の者たちも戦いの巻き添えになる。全員死ぬかもしれないそ。そうなっていいのか?」


「いや、それダメ」


「だったら、私の言う通りにしろ。こうなったら、計画変更だ。全員、私の言う通りに動け。いいな?」


「オッケー牧場」


 とぼけた口調で返答した譲治に、ナタリーは顔をしかめた。もっとも、恐怖に震えているよりはありがたい。今の窮地を脱するには、この少年の腕力と度胸が頼りなのだ。

 ナタリーは油断なく周囲を見回しつつ、リュックを開けた。

 中から新聞紙とジッポオイル、さらに液体の入った瓶を取り出す。

 新聞紙にオイルをかけながら、瓶を譲治に突き出す。


「この瓶を投げて、あの小屋に当ててくれ。瓶が割れるように当ててくれると助かる」


 小声で囁きながら、十メートルほど先にある木造の小屋を指差した。


「割れるように投げんのね。りょおーかい」


 とぼけた声で答えた譲治は、瓶を受け取った。直後、伏せたままの体勢で指示された小屋めがけ投げつける。瓶は高速で飛んで行き、小屋のすぐ傍にぶつかる。

 ガシャンという音とともに、瓶が割れた。中の液体が飛び散り、小屋の壁にかかる。

 その瞬間、ナタリーも動いた。オイルのかかった新聞紙に石を詰めた。丸めて、ライターで火をつける。新聞紙は瞬時に燃え上がった

 燃え上がる新聞紙を、小屋めがけ投げつける。

 今度は、小屋に火がついた。液体のかかった壁が、激しく燃え上がる──


「クソが! 奴ら火をつけやがった!」


 喚く声が聞こえた。男たちの右往左往する様子が、闇の中でうっすらと見える。火を消しに行きたいのだろう。だが、下手に姿を見せれば撃たれる──

 その時、ナタリーが動いた。しゃがんだ体勢のまま、拳銃を空中に向け発砲する。

 男たちは、すぐに物陰に隠れた。その間にも、小屋は燃えている。


「今のうちだ。付いて来い」


 皆に言った直後、彼女は腰を浮かす。しかし、震える声が聞こえてきた。


「駄目です……動けない」


 ナタリーは振り向いた。その途端、顔をしかめる。

 大翔が尻餅をついた姿勢で、ガタガタ震えている。闇の中でも、彼の顔が蒼白になっているのはわかった。恐怖のあまり腰が抜け、力が入らないのだ。

 チッと舌打ちした彼女は、譲治の方を向く。

 

「君なら、彼を担いだまま走れるか?」


 言いながら、大翔を指差した。


「まあ、出来ないこたぁないのん」


「じゃあ、担いでくれ。他の者は歩けるな」


 ナタリーの言葉に、伽耶と草野は頷いた。どちらも、大翔と同じくらい顔色が悪い。だが、なんとか歩けそうだ。


「だったら私に付いて来い」


 言った直後、ナタリーは姿勢を低くして、森の中へと進み出した。草野と伽耶が、後に続く。

 譲治は無言のまま、ひょいと大翔を担ぎ上げた。彼女たちの後を、静かに付いて行く。

 小屋は、さらに激しく燃え上がった。男たちは、想定外の事態にてんやわんやだ。ナタリーたちを追うことも出来ず、火事を消すことに気を取られている。

 そのため、ナタリーたちは難なく村から脱出した。


 ナタリーは、森の中を進んでいく。暗い上に足場も悪いが、苦もなく歩いている。草野と伽耶は、後を付いていくのがやっとだ。夜の森の中を歩くのは、想像以上の辛さだった。愚痴る元気すらない。息を切らせ、途中で何度もつまづきながら、かろうじて進んでいた。

 二人の後からは、譲治が無言で付いて行く。時おり後ろを振り返り、追跡されていないかをチェックする。いつものような軽口こそないものの、その表情には緊迫感がない。にやにや笑いながら、彼女らの後を付いて歩いていた。むしろ、彼に背負われている大翔の方が泣きそうな顔だった。




 どのくらい歩いただろうか……突然、ナタリーが足を止めた。


「今夜はここに泊まり、夜が明けるのを待つ。朝になったら、山を降りよう。だから、しっかり休むんだ」


 その言葉に、少女たちはホッと息をつき、目の前にある建物を見上げた。

 彼女らの前には、コンクリート製の大きな施設がある。四階建てで、横に広い造りだ。窓も多く、周囲を木製の塀で囲まれている。

 門には『鬼灯小中学校』と彫られていた。その文字を指差しながら、ナタリーは皆の顔を見回す。


「ここは、かつて学校だった。今は廃校になっており、いずれ取り壊される予定になっているそうだ。水も電気も通っていないが、我々が泊まるのに支障はないはずだ」


「へへへ、なんかガキん時を思い出すね。寮で、みんな一緒に寝てたんだよな」


 言葉を返せたのは、譲治だけだった。他の者たちは、口を開くことも出来ないくらい疲れていた。




 廃墟と化した校舎は、異様な雰囲気に満ちていた。

 中は真っ暗闇で、ほとんど見えない。しかし、虫や小動物のものらしいカサコソという音が、あちこちから聞こえてくる。また、得体の知れない匂いに満ちていた。その上、床のタイルは時おり妙な音が鳴る。古くなったせいだろうか。

 そんな異様な校舎内を、ナタリーは慎重に進んでいた。彼女は伽耶の手を握り、先頭に立って歩いている。伽耶は草野の手を握り、草野は譲治の手を握り……ここでも、一列になり進んでいく。大翔はどうにか歩けるようになり、譲治の手を握り足を引きずりながらも進んでいく。

 階段を上がり、廊下とおぼしき所を進む。教室の前で立ち止まった。

 戸を開け、中に入っていく。


「ここで泊まろう。皆、休んでいいぞ」


 その声を聞いた途端、伽耶たちは床にへたり込む。虚ろな目で、中を見回した。

 教室の中も、外とさほど変わらない状況であった。椅子や机は全て撤去されており、ガランとしたスペースがそこにあるだけだ。明かりといえば、窓から入って来る月の光のみである。もっとも、皆の目も闇に慣れてきていた。そのため、先ほどまでよりは幾分マシになってはいる。

 全員、その場に座り込んだ……かと思いきや、譲治だけは立ったままナタリーの方を向いた。


「念のため、こん中ちょいと見回ってくるわ。万が一、変なのが潜んでたらヤバいからにゃ。姐御、あとはよろしく」


 そう言うと、譲治は背中を向け出ていこうとする。しかし、伽耶が口を開いた。


「ちょっと待ってよ。ひとりで行く気?」


「んー、そうだよ」


 事もなげに答えた譲治に、伽耶の表情が険しくなる。


「何考えてんの。ひとりじゃ危険だよ。ナタリーさんと一緒に行かないと──」


「ちょいちょいちょい。そしたら、伽耶ちゃんたち誰が守んの?」


 口調は冗談めいていたが、彼の表情は真剣そのものだった。さらに、ナタリーも口を開く。


「譲治の言う通りだ。この中でまともに戦えるのは、私と譲治だけ。その二人が同時にここを離れたら、残されたみんなはどうなる? 万一、襲撃を受けたら終わりだ」


 伽耶は、何も言えずに黙り込む。ナタリーの言う通りだ。

 さらに、譲治もウンウンと頷く。


「そうそう。とにかく、俺はこの中を見て回るからさ。伽耶ちゃんは、ここで待ってて」


 言った後、今度はナタリーの方を向く。


「姐御は、伽耶ちゃんたちをよろしくね」


「待て、これを持っていくか?」


 ナタリーが差し出したのは、拳銃だった。しかし、譲治は首を横に振る。


「いいよ、そんな物騒なもん。だいいち、俺は拳銃の使い方なんか知らんから。んなもん持ってたら、間違えて自分の頭かなんか撃ちそうだよ」


「だったら、ざっと使い方を教える。簡単だよ」


 ナタリーは拳銃を指差し、説明を始めようとした。だが、譲治はそれを押し止める。


「ちょいちょいちょい。俺、足し算も引き算も上手く出来ないのよ。あとね、昔『ユージュアル・サスペクツ』って映画を三回も観たけど、結局オチがわからんかったのよね。カイザー・ソゼとかいう犯人が誰だか、伽耶ちゃんに教えてもらうまでわからんかったのよ。そんなバカが、拳銃の撃ち方なんて覚えられるわけないってばよう」


 身振り手振りを交えながら語る譲治。その姿を見て、全員の表情が緩む。

 緊迫した状況のはずなのに、皆が笑っていた。あのナタリーまでもが、クスリと笑っていた。


「そうか。まあ、君なら素手でも問題ないだろう。ただ、気をつけていけよ。奴らは本気だからな」


「任せんしゃい。じゃ、行ってくるわ」








 

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 夜の逃避行が美しく恐ろしい筆致で描かれています。ナタリーの訓練された動きと、譲治の野生がここでも対になっていて、赤井さんの構成力がうかがえます。 譲治のとぼけた頼もしさがなかったら、ナタ…
2020/12/22 04:48 退会済み
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