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あんたの腎臓にアップルソースかけて食べたい  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/21

十一月十日 大下の捜査(3)

「あんた、刑事なの? で、何の用?」


 石野明美は、妖艶な笑みを浮かべる。

 面会室のガラス越しにも、魅力的な顔であるのはわかった。二月ほど前に娘を事故で亡くしたにもかかわらず、自宅で注射器片手に覚醒剤を打っていたことさえ知らなければ、大下とて鼻の下を伸ばしていたかもしれない。




 明美は、鬼灯村火災で亡くなった石野怜香の母親である。

 この親にして、この子ありという言葉がある。本来は褒め言葉だが、石野親子には逆の意味で当てはまる。石野明美は、十代の頃より何度も警察の世話になっていた。記録にあるだけでも三度、刑務所に入っている。覚醒剤や窃盗や恐喝といった罪だ。

 今も、覚醒剤の所持使用で逮捕され東京拘置所に収監されている。実刑判決は間違いないだろう。四度目の刑務所だが、本人はさほど恐れていないようだ。四度目で、しかも三年に満たない刑である。ちょっとした合宿気分なのだろうか。

 父親はといえば、強盗殺人の罪を犯し服役中だ。刑は無期懲役である。無期懲役でも仮釈放で出られる可能性はあるが、昨今は審査も厳しくなっている。生きているうちに刑務所から出るのは、まず不可能であろう。

 そんな両親から産まれた石野怜香は、悪い影響をまともに受けてしまった。最初は軽いイタズラ程度のものだったが、やがてタバコや万引きといった事件を日常的に起こすようになる。ついには、強盗傷害という罪を犯して警察に逮捕された。素行の悪さという点では、千葉拓也よりも上かもしれない。

 もっとも、その強盗傷害に関しては同情すべき点もある。事件の日、彼女はネットで知り合った中年男と食事をしていた。いわゆる「パパ活」のつもりだったのだろう。

 ところが、食事の後に夜の公園を歩いていた時、男の態度は豹変した。いきなり刃物を突きつけられ、公衆トイレに連れ込まれたのだ。そのままだったら、被害者となっていたのは怜香の方だったろう。

 ところが、男がズボンを脱ごうと両手をベルトにかけた瞬間、怜香は相手の顔面に消臭スプレーを吹き付けた。さらに、顔面をスマホの角で何度も殴りつける。倒れたところを蹴りまくった挙げ句、財布と男のスマホを奪って逃走したのだ。結果、強盗として被害届を出され逮捕されてしまう。

 少年院を出た後、保護司と母親のすすめにより鬼灯親交会に参加したが、火災に巻き込まれ死亡が確認される。十七年という短い生涯を、山奥の集落で終えることとなった──




 狭く殺風景な面会室で、大下と明美はガラス越しに顔を合わせた。明美の傍らには、いかつい女性刑務官がパイプ椅子に座っている。向き合っているふたりに、鋭い視線を送っていた。

 拘置所と警察庁とは、管轄が異なる。そのため、刑事だからといって特別扱いはされない。拘置所内では、一般人と同じ手続きをして面会をしなくてはならないのだ。もっとも、捜査礼状があれば話は別だが、そんな便利なものは用意できなかった。


「鬼灯村火災のことで来たの? あれは事故だって聞いたけど」


「ええ、そうですね。ただ、念のため確認しておきたいことがあります。あなたは、娘である怜香さんに一億円の生命保険をかけていましたね」


 途端に、明美の顔つきが変わった。先ほどまでの、媚を売るような表情が消え失せる。


「はあ? だから何? 法に触れるんですか? 娘に生命保険をかけちゃいけないっていう法律ありましたっけ?」


「いいえ、ありません。ただね、加入した当時、怜香さんは十六歳でした。まだ十六歳の少女にかける額としては、ちょっと高すぎませんかね」


「だから、それは法に触れるんですか?」


 文句あるなら言ってみろ、とでも言わんばかりの様子だ。傍らにいる刑務官は、鋭い目で彼女の動向を見ている。会話の流れによっては、すぐに中断させるつもりなのだ。何せ、拘置所に収監されているのは犯罪者がほとんどである。来訪者も、堅気ばかりとは限らないのだ。

 したがって面会の際、罵り合いになることも珍しくない。言い合いの末、ガラスを殴りつける者までいる始末だ。そのため刑務官には、危険だと判断したら即座に面会を中断させる権限がある。

 しかし、ここで中断して欲しくはない。もう少し、この石野明美という人間の反応を見てみたい。


「いいえ、法には触れません。お気に障ったのなら謝ります。すみませんでした」


 大下は、ぺこりと頭を下げる。だが、話は終わらせなかった。


「ところで、あなたは笠井恵一カサイ ケイイチさんとは親しい間柄だったそうですね。笠井さんと娘さんは、とても仲が悪かったとも聞いています。笠井さんが、広域指定暴団である銀星会の構成員であったことはご存知ですか?」


 そう、明美は銀星会の構成員の愛人だった。しかも、その構成員・笠井は詐欺の常習犯である。大下がざっと調べただけでも、三件の詐欺事件に深くかかわっている。もっとも、その全てにおいて、証拠不充分で不起訴処分になっていた。


「だからさ、それは悪いの? ヤクザと付き合ったら逮捕されんの? それって差別じゃない? そもそも、警察が個人的な付き合いに口出していいの?」


 まくし立てる明美の目は吊り上がっていた。娘の死を悼む様子は、微塵も感じられない。

 事前の調べによれば、怜香は笠井のことを嫌っていたらしい。彼女がパパ活にのめり込んでいったのも、笠井が自宅を我が物顔で居着くようになったからだ。

 そんな娘を、母の明美はむしろ邪魔者扱いしていた、という証言もある。少なくとも、近所の人はそう見ていた──


「いいえ。あなたが誰と付き合おうが、それはあなたの自由です。ヤクザと個人的に付き合うことを規制する法もありません。ただし、その相手が過去に保険金詐欺にかかわっていた疑いがあるとなると、話は別です」


「ちょっと! いい加減にしてくんない!」


 怒鳴りつける明美。と同時に、彼女は立ち上がった。


「もう終わりだよ。これ以上の話が聞きたいなら、捜査礼状(れいじょう)もってきな。再逮捕(さいたい)できるもんなら、やってみなよ」


 そう言うと、明美は刑務官に顎をしゃくってみせる。刑務官は頷くと、後ろの扉を開ける。

 刑務官に連れられ、明美は面会室を出ていった。




 拘置所を出た後、大下は思わず溜息を吐いた。

 あの石野明美は、サイコパスと呼ばれる人種なのかもしれない。知能は高くないが、人としての情愛が完全に欠如している。少なくとも、自分の娘である怜香に対する愛情は、全く感じられなかった。

 ふと、山村伽耶のことを思い出す。彼女もまた、最悪の両親の下で生まれ育った。もっとも、その両親はすぐに姿を消してしまい、児童養護施設『ちびっこの家』で成長した。

 石野怜香と、山村伽耶。両親がどうしようもないクズであるという共通点がある。年齢も、ほぼ同じだ。しかし、伽耶の方は実の親ではない者に育てられた。一方、怜香は実の親に育てられた。

 結果、伽耶は正義感の強い真面目な少女に育った。鬼灯親交会にも、自らの意思で参加したという話だ。さらに、桐山譲治を会に参加させたのも彼女らしい。あの桐山が、他人の指示に素直に従うとは考えられないが。

 怜香は父親の顔を知らず、一緒に暮らしていた母親の影響を強く受けた。小学生の頃には、既に問題児として近所の派出所でマークされていたらしい。彼女の補導された回数は、二桁に上る。また、中学生の頃には手下の少女たちに無理やり売春させ、その上前をはねていたという話も聞く。タバコや酒のみならず、薬物にも手を出していたと言う者もいた。


「怜香? 親があんなんだから、みんなから差別されてた。かわいそうな奴なんだよね。だから、中学の時まではツルんでたよ。でもさ、あいつヤバ過ぎるんだよね。限度ってものを知らなくてさ。ガキのヤンチャじゃすまないことまでやり出して、さすがに付き合いきれなくなったよ」


 かつて怜香の友人だった少女は、悲しげな表情でそう語っていた。

 もし怜香が母親から離され、伽耶と同じく『ちびっこの家』に預けられていたら、どうなっていたのだろう。少なくとも、こんな末路は迎えずに済んだかもしれない。

 実の親と暮らすことが、必ずしも子供の幸せに繋がるわけではない。子供の成長にとって大切なのは、血の繋がりだけではないのだ。それよりも重要なのは、本物の愛情だ。ちびっこの家の高岡健太郎からは、それが感じられた。山村伽耶について語る時、彼はとても優しい顔をしていた。また、桐山を導くことが出来なかったことに対し、今も悔いているようなふしがあった。

 しかし、石野明美から感じられたものは──


 いや、やめよう。今さら、こんなことを考えても意味はない。石野怜香は、死んでしまったのだ。

 大下は、頭を切り替えた。実際に話してみて、はっきりわかったことがある。石野明美は、娘が死んでもショックを受けていない。確実に、娘より金を愛するタイプだ。

 しかも、明美の愛人は銀星会の構成員である。銀星会とラエム教の間には、持ちつ持たれつの関係がある。

 これは、やはり事故ではない。間違いなく事件だ。銀星会の構成員が、現地で死んでいたのも説明がつく。

 ラエム教と銀星会は、鬼灯村で千葉拓也と石野怜香を事故に見せかけ殺すつもりだった。ところが、桐山譲治がそれを目撃してしまった。そのため、村の人間が総出で桐山の口を塞ごうとした。

 ところが、桐山は彼らが太刀打ち出来る相手ではなかった。そのほとんどが返り討ちに遭い、火災という形で処理せざるを得なくなった。

 しかも、桐山はまんまと逃げおおせている。あとは、知らぬ存ぜぬでごまかすつもりなのだ。

 正直に言うなら、殺された側に同情は出来ない。彼らとて、千葉拓也と石野怜香を殺していると思われる。断定は出来ないが、その可能性は非常に高い。また、行方不明の参加者たちも殺されている可能性もある。

 だからといって、桐山のしたことは許されない。大下は、鬼灯村火災の死者の大半はあの男の仕業だと確信している。

 大下は今も、桐山から事情聴取した時の衝撃を忘れてはいない。刑事の勘が訴えるのだ……あの男は、ただのチンピラではない。恐らくは、日本でも最悪の犯罪者だ。まだ十六歳だというのに、異様な雰囲気を醸し出していた。数多くの犯罪者を取り調べてきた大下が、これまで感じたこともないようなものだった。

 奴を放っておいたら、やがて本物の怪物が誕生する。世の中に害毒を撒き散らし、大勢の命を奪う存在だ。ひょっとしたら、世界の犯罪史に名を残すシリアルキラーになるのかもしれない。

 そうなる前に、この手で桐山を止める。

 







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― 新着の感想 ―
[良い点] 怜香と明美は親子ではあったけれど、二人の間に通い合う愛情はなかったーー悲しいけれど現実を反映していると思います。 血の繋がりは愛情を約束しないし、そもそも明美は愛情を持っていません。 …
2021/01/26 05:06 退会済み
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