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八月二十日 譲治の告白

 譲治が去った後、室内を静けさが支配する。が、それは長く続かなかった。


「あ、あの、僕のせいですか? 僕のせいで、こんなことになったんですか?」


 十分ほどした時、声を発した者がいる。それまで、ずっと黙りこくっていた三村大翔だった。彼は、すがるような目でナタリーを見つめ、なおも問い続ける。


「教えてください! 僕のせいなんですか! 僕のせいで、こんなことになったんですか!」


 その途端、ナタリーが彼の襟首を掴んだ。鋭い表情で、大翔を睨みつける。


「逆に聞こう。今、それを知ってどうなる? 問題は解決するのか? 我々の直面している危機は過ぎ去るのか?」


「えっ……」


 予想外の言葉に、大翔は何も言えず口ごもるばかりだった。ナタリーは鋭い目で彼を睨みながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「仮に、震度六の地震が起きたとしよう。地震により大きな棚が倒れ、誰かが下敷きになり死亡した。その時、君は棚を設置した者を探し責任を追及するか? そんなことはしないはずだ。まずは、身の危険を避けるため安全な場所に避難するだろう。違うのかい?」


 冷静な言葉に、大翔は下を向いた。

 すると、ナタリーは彼の手を握りしめる。大翔はビクリとして、彼女の顔を見上げた。

 

「危機は、まだ去っていない。今はまず、自分が生き延びることだけを考えるんだ。生きて、みんなでこの山を下りよう。全てが終わり、君の命があったなら、私が真実を教えるよ。なぜ自分が襲われたのか、知りたかったら生きて下山するんだ。それまでは、私が全力で君を守る。わかったね?」


 ナタリーの言葉は、先ほどとはうって変わって優しいものだった。大翔は、頬を赤らめながら頷く。すると、彼の発言がきっかけになったかのように、それまで黙っていた草野も口を開いた。


「あ、あの、桐山くんは、本当に人殺しなんですか?」 


 彼女の言葉に、伽耶は顔を歪めた。一方、ナタリーは草野に視線を移す。


「確かに、彼はかつて同級生を殺した。それは、ある人を助けようとした上で起きたことだ。それ以前に、この窮地を乗り越えるには、譲治の協力が必要だ。過去にしでかしたことにこだわっている場合ではない」


 言った後、今度は伽耶の方を向いた。


「君は、彼とは長い付き合いなのだろう? この際だから、桐山譲治がどんな人物なのか皆に説明してあげてくれないか? 私も知りたいからな」


 言われた伽耶は、悲しげな表情で下を向く。

 少しの間を置き、俯きながら語り出した。


「みんなは、あいつを血も涙もない化け物って言ってた。確かに、譲治は人を殺したよ。でもね、化け物なんかじゃない」


 そこで、伽耶は顔を上げる。ナタリーをしっかり見つめ、再び語り出した。


「あいつはもともと、人殺しが好きで好きでたまらない怪物ってわけじゃなかった。冷酷で冷血な殺人鬼でもなかった。譲治が本当に欲しかったものは、ごくごく普通の人生……それと、平凡な幸せだったはずなんだ」


 伽耶の声には、深い悲しみが感じ取れる。皆は何も言えず、黙ったまま彼女の話を聞いていた。


「今さら、譲治が善人だなんて言うつもりは無いよ。でもね、本当のあいつは真っ当な心の持ち主だったはずなんだ。あいつは誰よりも強かったし、優しい心も持っていた」


 その時、不意に声が聞こえた。


「ねえ、何の話してんの? もしかして、俺の話?」


 声の主は譲治だった。彼は、気配を悟られることなく室内に入って来ていたのだ。

 皆はビクリとしたが、ナタリーだけは怯む気配もない。


「そうさ。君がどんな人間か、伽耶さんに説明してもらっていた」


「ああ、そう。とりあえず、こん中を一通り回ってみたけど、ゴキブリとネズミ以外は見つからんかったのよね。今んとこ大丈夫みたい」


 言いながら、譲治はその場にしゃがみ込んだ。直後、クスリと笑ったかと思うと、天井を見つめ語り出した。


「自己紹介ん時も言ったけど、俺は時々脳がスゲー痛くなるのよね。ひどい時には、ドリルで脳を貫かれるような感じなんよ。いっそ、頭蓋骨をカチ割って脳を壁にぶん投げてやりたい、って思うくらいにね」


 言いながら、譲治は自身の頭を人差し指で叩く。その口調と仕草はユーモラスであった。彼の表情もまた、普段と変わりなく愉快そうに見えた。


「あん時も、そうだったんよ。頭が痛すぎてさ、近くの便所にかけこんだ。個室でじっとしてたら、女の子たちの声が聞こえてきたのよね。俺さ、間違えて女子便所に入ってたのん。あっ、でもスカトロとかの趣味はないからね」


 楽しげな口調で話していた譲治だったが、そこから表情が変わる。口元を歪めて、不快そうに語り出した。


「で、外から聞き覚えのある声がすんじゃん。誰かと思ってドアの隙間から覗いたら、なんと伽耶ちゃんだったわけ。蕎麦を、無理やり口ん中に突っ込まれてたのよ。あの上原は、それを見ながらバカ面してゲラゲラ笑っててさ。そのバカ声聞いたら、なんかブチ切れちゃったのよね。出て行って腕掴んだら、呆気なく折れちゃった。あいつ、ヒイヒイ泣きながら逃げたよ。人を痛め付けて笑うなら、自分が痛め付けられた時も笑ってろっつーの」


 聞いていた伽耶の顔が歪む。それは、嫌な記憶を呼び起こされたから、という理由だけではなさそうだった。

 そんな伽耶には構わず、譲治は話を続ける。


「俺はね、その上原ってバカをぶち殺したわけよ。したら、アレッと思ったね。頭痛が、スーッと消えてったんだよ。そん時、思ったのよね。俺の頭痛は、人を殺すと消えるんじゃないかって」


 静かな室内で、譲治は淡々と語る。普段のふざけた雰囲気は、欠片ほども感じられなかった。聞いている側も、神妙な顔つきで彼の話に聞きいっていた。 


「で、退院してから、何人か殺してみたわけ。それでね、はっきりわかったのよ。俺の頭痛は、人を殺せば収まるのん。しかも、人ひとり殺すと半年くらいは頭痛が起きなくなる、ってのも発見しちゃったのよ」


 そこで、譲治はまたしてもクスリと笑う。もっとも、おかしくて笑ったわけではなさそうに見えた。


「アメリカで、二十人以上を殺した連続殺人鬼のベン・ルーニーってのがいたんよ。本で読んだんだけど、そのベンもさ、小さい時から俺みたく頭痛に悩んでたのよね。けどさ、人を殺したら頭痛が消えたんだってさ。たぶん俺は、そいつと同類なんだと思うんよ」


「ベン・ルーニーか。奴は、人間をやめてしまった怪物と聞いている。犠牲者の肉を食らっていた、とも聞いた。最終的には、電気椅子の上で人生を終えたがな」


 口を挟んだのは、ナタリーだった。譲治は、うんうんと頷く。


「そうそう、あいつは刑務所ん中でも怖がられてたらしいね。ちなみにベンはさ、殺した相手の腎臓を切り取り、アップルソースかけて食うのが好きだって本に書いてあったよ。俺もさ、一回試してみたいんよね」


 その途端、ナタリーの目がスッと細くなった。


「バカなことを言うな。君はそうやって、ずっと人を殺し続けるつもりなのか? 挙げ句、ベンのように処刑されるつもりなのか?」


 彼女の口調には、刃物のような鋭さがあった。それを感じとった譲治の表情にも、変化が生じる。不快そうな様子で口を開いた。


「だったらさ、俺はどぅーすりゃいいの? 俺だって、なりたくてこうなったわけじゃないのよ。飛行機に乗ってたら、いきなり家族みんなが目の前でミンチになっちまってた。俺の脳も、事故のせいで上手く働かなくなっちまった。ちっちゃい頃は、ガイジなんて言われてバカにされてたよ。しかもさ、脳をドリルで削られるような痛みが、ちょいちょい襲ってくる。なーんも悪いことしてないのに、毎日クソ食わされるような目に遭わされてたのよ。もし神さまってのが本当にいるなら、そいつをぶっ殺してやりたいね」


 吐き捨てるような口調で言いながら、冷えきった視線をナタリーに向けた。


「別にさ、あんたにわかって欲しいとは言わないのん。許してもらいたいとも思わない。たださ、俺はこれからも人を殺すよ。殺さなきゃ、俺の心が殺されるからね。殺されたくないから殺す、それだけさ。挙げ句に捕まって死刑になっても、運命と思って諦めるしかないでしょ」


「それでいいと思っているのか?」


 ナタリーは、なおも問い詰める。譲治は、口元を歪め言葉を返した。


「はあ? 何が言いてえんだ?」


「君に罪悪感はないのか? これからも、罪を重ねて生きていくつもりなのか?」


 言われた瞬間、譲治は野獣のような顔つきになった。その目に、凶暴な光が宿る。


「あのさあ、あんたにだけは言われたくないんだわ。あんただって、昔はマフィアの手先だったんでしょ? 生きるために、大勢の人を殺してきたんでしょうが。人に偉そうなこと言えんのかよ?」


 彼の言葉に、ナタリーの顔つきも変わる。先ほどまでと違い、殺意すら感じさせる目で譲治を睨む。だが、譲治も怯まない。獣が威嚇するような表情で、ナタリーを睨み返す。

 両者の間に漂う異様な空気が、室内に充満していく。殺気は、周囲の者たちにも伝染していった。皆は、表情を強張らせ両者の動きに注目している。

 その空気を変えたのは、伽耶だった。彼女は、震えながら譲治の腕を掴む。


「お願いだから、やめて」


 譲治は、ちらりと横目で伽耶の顔を見る。彼女の顔は青ざめていたが、目からは強い意思が感じられる。恐怖に襲われながらも、自らの意思を通そうとしている。体を張って、両者の争いを止めようとしているのだ。

 すると、ナタリーも彼から目を逸らした。


「すまない、言いすぎた。やめよう。今は、我々が争う時ではない。協力して、この窮地を乗り切らねばならんのだからな。我々が争うのは、全てが終わってからだ」


 彼女の言葉に、譲治も表情を和らげ頷いた。


「まあ、そういうこったね。俺も悪かったよ」


 その言葉で、緊迫した空気が消えていった。大翔や草野の顔にも、安堵の表情が浮かぶ。

 だが、伽耶だけは違っていた。彼女は緊張した面持ちのまま語り出した。


「ナタリーさん、あたしが譲治をこの会に誘ったのは……もしかしたら、譲治の頭痛を止める方法が見つかるかもしれないって思ったからなんです」


 そこで、伽耶は表情を歪めた。


「まさか、こんなことになるなんて思いませんでした。でも、あたしは信じてます。いつか、譲治は普通に暮らせるようになるって……だから、諦めません。譲治が人を殺さなくてもいられる方法があるはずです。そんな何かを、一緒に探していくつもりです」


 ・・・


 夜の鬼灯村は、異様な空気に満ちていた。

 大勢の男たちが、村の中央に広場に集結している。年齢や服装はまちまちだが、共通点がひとつだけあった。彼らは、ひどく苛立っている。殺気すら感じさせる表情で、片手に懐中電灯を持ち、もう片方の手には山刀や棒といった凶器を持っている。

 彼らの目は、ひとりの中年男に向けられていた。男は革製の黒いジャンパーを着ており、髪は短めで綺麗にまとめられている。背はさほど高くないが、肩幅は広くがっちりした体格だ。右手には、黒光りする拳銃を握りしめていた。

 中年男は、集結している者たちを見回し口を開く。


「全員、集まったな! この際、誰の責任とか言ってる場合じゃねえ! 一刻も早く、あのガキ共とボランティアを見つけるぞ! いいな!」


 怒鳴った声は、村中に響き渡りそうなものだった。宗教か、過激な活動団体の集会のようである。顔に包帯を巻いた若田や、腕に包帯を巻き付けた山崎などもいた。ふたりは凄まじい形相で、ジャンパー姿の中年男を凝視していた。

 一息ついた後、中年男はさらに語る。


「奴らは、一緒に行動しているはずだ。しかも、あのボランティアは拳銃(チャカ)持ってやがる。油断したら、こっちがられる。だから、見つけ次第ぶっ殺せ。死体の始末は、俺たちがきっちりやってやるからよ」


 その場にいた全員が、吠えるような声で応える。彼らは興奮状態にあった。ただでさえ、血の気の多い男たちである。しかも山奥の村という環境、さらに集団での山狩りという異様な状況だ。今すぐにでも、山の中に飛びこんでいきそうな空気が漂っている。

 だが、その空気はすぐに変化することとなる。


「ヘイヘイヘイ! 日本人たち、こんなに集まって何やってんだい!」


 突然、陽気な声が聞こえてきた。皆、一斉にそちらを向く。

 現れたのは、異様な人物だった。身長は百七十センチほどで、痩せた体つきだ。欧米人に有りがちな彫りの深い顔立ちで、肌は病的な白さだ。髪は金色であり、瞳は青い。もっとも、この暗がりの中で瞳の色まで判別するのは難しいだろうが。こんな山の中には不釣り合いな、ワイシャツにネクタイに紺色のズボンに革靴という姿でずかずか近づいて来た。

 男たちから数メートルという距離まで接近したかと思うと、外国人は立ち止まった。全員の視線が注がれる中、おもむろに口を開く。


「ところでさ、ナタリーって女がここにいたろ。ナタリー・フジオカって名乗ってるはずだ。そいつは、どこにいるんだ?」


 流暢な日本語である。顔つきからは想像もつかない。

 すると、男たちの中のひとりが、威嚇するような表情で近づいていく。


「はあ? てめえ何なんだ! ふざけたことぬかすと殺すぞ!」


 怒鳴り、外国人の襟首を掴む。その瞬間、外国人は動いた。男の顔面に頭突きを食らわす。直後、後頭部の髪の毛を左手で掴み引っ張る。さらに右手が振り下ろされた──

 彼の右手には、いつの間にかダガーナイフが握られていた。ナイフは、正確に喉を切り裂く。男の口から、ゴボッという不気味な音が聞こえた。

 次の瞬間、切り裂かられた喉から大量の血が流れた。半ば本能的に、必死でもがく。だが、外国人は片手で男の髪を掴んだまま、冷たい目で見下ろしているだけだ。彼からは、一切の感情が窺えない。周囲にいる者たちは、あまりに想定外の事態に唖然となっている。

 やがて、男は動かなくなった。外国人は何事もなかったかのように、死体を放り捨てる。他の者たちを、爬虫類のごとき瞳で見回した。


「俺たちはな、お前らなんかどうでもいいんだよ。あのナタリーって女を生きたまま連れてこい、って言われただけだからな。そういうわけだから、早いとこ教えてくれ」


「こ、このガキャ! ヤクザなめてると殺すぞ!」


 ようやく我に返ったのか、ジャンパー姿の男が怒鳴り拳銃を向ける。すると、白人は両手を挙げた。ホールドアップの姿勢だ。ただし、顔は笑っている。


「おいおい、無理すんなって。だから言ってんだろ、お前らなんかどうでもいいと。言わないなら、全員殺すだけだ」


 言った途端、今度は違う位置で悲鳴が上がる。

 皆がそちらを向くと、さらに異様な男たちが立っていた。

 まず目に付くのは、ドレッドヘアの黒人トリオだ。身長も顔立ちも似通っており、三つ子と言われても納得するだろう。その上、三人とも野獣のごとき雰囲気を漂わせているのだ。体脂肪が低く筋肉の隆起がはっきりと浮き出た肉体に防弾ベストを直接着ており、いかにも愉快そうにニヤニヤ笑っている。

 もうひとりは、顔にタトゥーの入ったサモア系の大男だ。スキンヘッドで、身長は二メートルはありそうだ。横幅もまた、冷蔵庫のように大きい。肩幅が広く胸板も分厚く、着ているTシャツがはち切れそうである。黒人トリオも決して小さくはないのだが、このサモア人が横にいると痩せた少年のように見える。

 しかも大男は、片手で人ひとりを高く吊り上げていたのだ。

 次の瞬間、ゴミでも放るように軽々と投げ捨てた──

 皆の興奮は消え、表情は凍りついていた。










 





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― 新着の感想 ―
[気になる点] ベンルーニーって架空の人物ですかね?ググったらロボットもののキャラが出てきたもので
[良い点] 譲治が願っていたのは人間らしい、普通の幸せ……。 この部分を読んだとき、涙が出そうになりました。 譲治は好きこのんで飛行機事故に遭ったわけではないですものね……。 [一言] 続きを楽し…
2021/01/20 15:27 退会済み
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