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あんたの腎臓にアップルソースかけて食べたい  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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10/21

十月五日 大下の捜査(2)

「この度は、本当に……」


 大下は、頭を下げる。彼の前では、中年の男女が神妙な顔つきで座っていた。

 ここは、鬼灯村火災で亡くなった千葉拓也の実家である。大下の前にいるのは、拓也の両親だ。事件の関係者の自宅に赴き話を聞く、というケースは珍しくない。

 被害者の家族からの事情聴取は大変だ。相手方が知りたくなかった事実を知らせることもある。時には、家族から怒鳴り付けられることもあるのだ。刑事になったばかりの頃は、居心地の悪さを感じていた。もっとも今では、その感覚にも慣れてしまっている。




 千葉拓也は、幼い頃は非常に真面目な少年だった。子供用のスーツを着てネクタイを締め、両親と共にある集まりに参加していた。

 その集まりとは、ラエム教の集会である。両親は熱心なラエム教信者であり、拓也もまた両親に連れられ集会に出ていた。が、その姿を同級生に見られてしまう。

 同級生から見れば、ラエム教は怪しげな集団である。そんなものの集まりに、スーツを着てネクタイを締め参加している拓也は、完全なる異分子でしかない。

 やがて彼は、いじめを受けるようになる。最初は、ラエム教への「いじり」だったが……子供の行動というのは、ほどほどを知らない。やがて拓也は、いじめられっ子となる。

 ところが、形勢が逆転する日が来た。ついに我慢できなくなった拓也は、いじめっ子三人をクラスメートたちの見ている前で叩きのめしてしまう。

 もともと拓也は、体が大きく腕力も強い。体の大きさだけで、同年代の子供たち相手なら勝つことは出来た。しかし、ラエム教の教えは暴力反対であり。かつ平和なる解決方法(俗にチクリと呼ばれるもの)を推奨している。その教えを守り、喧嘩はしないよう心がけていた。いじめを受けても反撃はせず、じっと耐えていたのだ。言うまでもなく、内心ではマグマのごとき感情が渦巻いていた。

 そのマグマが吹き出す時が来てしまった。ある日、学校の廊下を歩いていたら、背中にいきなりドロップキックをやられた。振り向くと、見慣れたいじめっ子のにやけた顔が、三つ並んでいる。

 その日は、朝から立て続けに不快なことばかり起きていた。とどめが、このドロップキックの後のにやけ面だ。拓也は生まれて初めて「キレる」という状態に突入する。結果、三人は歯を折られ鼻血を出し顔には大きな痣、という面へと変えさせられた。

 ラエム教の教えに逆らい、腕力でいじめっ子を捩じ伏せてしまった。だからといって、天罰が当たるようなことはない。それどころか、学校は彼にとって居心地のいい場所となる。今まで、拓也をサンドバッグ代わりにしていた者たちが、手のひらを返して彼におべっかを使うようになったのだ。ラエム教の集まりなど、比較にならない。

 中学生になった拓也は、ラエム教の集まりに参加しなくなった。その代わり、地元の不良たちの集まりに参加するようになる。

 結果、拓也の素行は雪だるま式に悪くなっていった。中学生でタバコを吸い、無免許でバイクを乗り回し、あちこちで喧嘩に明け暮れた。

 その果てに待っていたのは、鬼灯村火災で焼死体となる末路だった──




「すみませんが、何を調べているのでしょうか?」


 千葉拓也の父・宏大コウダイは、怪訝な表情で聞いてきた。この男は、ごく普通のサラリーマンだ。新興宗教の信者に有りがちな異様さは、微塵も感じられない。やや小太りで眼鏡をかけ、頭にも白いものが目立つ風貌だ。


「逆にお聞きしたいのですが、あなた方は向こうから、どんな説明を受けたのですか?」

 

「あれは、手伝いに来てくれたボランティアの方が、火の不始末をしたらしいと聞いています……」


「そのボランティアさんも、行方不明のようですね。火災で亡くなったのか、現場から逃げ去ったのか、そのあたりははっきりしていませんがね」


 言った後、大下はさりげなく首を回して周囲を見回した。余分な物のない家だ。質素、という言葉がよく似合う。住人の性格を如実に表していた。


「ところで、拓也さんは生命保険に入っていましたよね。受取人は、両親のあなたたちで間違いないですね?」


 生命保険という単語が出た瞬間、宏大の顔色が変わった。


「そうですが、それが何か?」


「ただの確認です」


 答えた途端、今度は妻のアイが口を開く。


「まさか、私たちが保険金目当てに拓也を殺したと、そう思っているのですか?」


「そうは言っていません。あなた方には殺害は不可能であることもわかっています。ただ、刑事としていろんな話を聞かなくてはならないですし、様々な可能性も考慮していますので」


「可能性とは、どういう意味です?」


 藍の表情は、完全に変わっていた。先ほどまでの神妙な様子は消え失せ、こちらに対する敵意が剥きだしになっている。宏大と同じく地味で飾り気ない風貌ではあるが、夫より気が強いかもしれない。


「殺害を誰かに依頼する、という可能性もありますからね」


 大下の言葉を聞いた瞬間、藍は立ち上がった。今にも襲いかかって来そうな顔つきで怒鳴り出す。


「私たちはそんなことはしません! 考えたこともありません! 拓也は、いつか更生してくれると信じていました! 保険だって、知り合いに勧誘され仕方なく入ったんです!」


「そうでしたか。気分を害したなら謝ります。ところで、拓也さんは自身が保険に入っていたことを知っていたのですか?」


「そ、それは……」


 言葉につまり、視線を逸らした。もっとも大下は、この夫婦を最初から疑ってはいない。少なくとも、保険金詐欺を目論むようなことはしていないだろう。むしろ問題なのは、この夫婦の背後にいる者だ。


「では、拓也さんは自分が生命保険に入っていたことすら知らなかったのですね?」


 その言葉は、藍を再び怒らせてしまったらしい。大下を、鋭い目で睨みつけた。


「いい加減にしてください! 私たちは、拓也さえ帰って来てくれるなら、二千万なんかいらないんですよ! 仮に保険金が降りたとしても、全額教団に寄附するつもりですから!」


「そう怒らないでください」


 表情ひとつ変えず、大下は言葉を返した。すると、今度は宏大が口を開く。


「もう、あなたにお話することはありません。お引き取りください」




 外に出た大下は、複雑な表情を浮かべつつ歩いていた。空は、既に星が出ている。

 千葉夫妻は悪人ではない。むしろ、いまどき珍しいくらいの善人だ。しかし、彼らの背後にいる者たちは紛れもなく悪人だ。しかも、夫妻がどう動くかを完全に読みきっている。

 敬謙なラエム教の教徒である千葉夫妻に、同じ教徒である生命保険の外交員が接触し保険に入れた。保険金そのものは二千万だ。無理のある数字ではない。その上、夫妻もまた同じ生命保険に入っている。おかしな点はない。付き合いで入った、という感覚なのだろう。

 拓也の鬼灯親交会への参加は、保護司の推薦によるものだったらしい。鬼灯親交会を主催したガリラヤの地は、ラエム教の下部組織である。恐らくは、その保護司もラエム教の関係者であろう。拓也は、渋々ながら会に参加したと聞いている。そこで火災に巻き込まれ焼死した。

 このままいけば、両親には生命保険金の二千万が降りる。彼らは、そのほとんどを教団へと寄付するだろう。

 しかも、拓也はもともと信者だったのだ。教団の集まりにも参加していた。だが、中学生になると同時に教団から離れていった。たびたび警察に補導されるような、素行不良の少年と化す。

 教団から離れていった信者が、悲惨な末路を遂げる。これは、教団としては格好のネタだろう。事実、ラエムの信者内では拓也の死のニュースは急速に広まっている。表面的には気の毒そうに語るが、内心では違うことを考えているだろう。


 教団を離れたから、罰を受けた──


 このように思っている信者が大半のはずだ。カルトには、有りがちな手法である。

 この事件は、最初から仕組まれていた……有り得ない話ではない。拓也が死ねば、教団に金が入る。信者たちの信仰を強めることにも繋がる。

 もっとも、それが全てではないだろう。ラエム教が全てを仕組んだのだとしたら、引っかかる点がある。被害が、あまりにも大きすぎるのだ。死者は五十人を超えるだろう。二千万円は、五十人を殺害してまで欲しい金額ではない。

 そこで浮かび上がるのが桐山譲治だ。教団は、最初は山での事故、という形で拓也を殺すつもりだった。が、桐山が計画に紛れ込んでしまったのだとしたら? 

 拓也を殺すところを桐山に見られてしまった教団は、目撃者の彼を消そうとした。だが、返り討ちに遭い五十人以上が殺されてしまった。挙げ句、肝心の桐山には逃げられてしまう。苦肉の策として、全てを燃やし尽くし事件そのものを無かったことにした。

 これなら、桐山の知らぬ存ぜぬの態度にも合点がいく。仮に教団の犯行について証言すれば、己のしでかしたことも警察に知られることになる。それを避けるため、何も見ていないし聞いていない、と言わざるを得なかった……。

 あまりにも突飛な推理ではあるし、おかしな点も少なくない。桐山を知らない人間なら、バカバカしいと一笑に付すだろう。

 だが、大下にはわかっている。桐山ならば、五十人を殺すことも不可能ではないだろう。


 大下は、スマホを取り出した。もうひとりの犠牲者である石野怜香の母親・石野明美イシノ アケミに会うつもりだ。この人物は、少々厄介ではある。だが、会って話を聞かねばならない。

 さらに、調べなくてはならない人物がもうひとりいる。火の不始末をした挙げ句に、行方不明になっているボランティアのナタリー藤岡だ。 

 彼女は、アメリカ人と日本人のハーフとのことだ。アメリカで生まれ、三年前に来日し日本で生活している。一年ほど前からボランティア団体に所属し活動していた。

 そんな彼女が採用された経緯は、実にいい加減なものだった。ガリラヤの地の職員に頼まれ履歴書を提出しただけで、あっさり採用が決まり鬼灯村に派遣されたのだ。しかも、身分を証明するようなものは提出していない。今時、アルバイトでも身分証が必要な場所もあるというのに。

 身許もはっきりしていない女性を、ボランティアとして迎え入れた。挙げ句、そのボランティアが村をまるごと消し去るような大火事を起こす。これは、どう考えても異様だ。

 ふと、先輩刑事である高山の言葉を思い出す。


(お前だって、家庭を持って平和な人生を歩みたいだろうが。だったら、ここまでにしておけ。どっかのアホの不始末により火事が起きて、大勢の尊い人命が失われた。ところが、頭のおかしいガキが運よく生き延びちまった。それだけの話だよ)


 ここまでにしておくのが、正解なのかもしれない。

 しかし、今さら引き返すことなど出来ない。こうなったら、何が何でも真相に辿り着く。



 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 視点人物が変わって、シリアスな場面になりましたね。 それにしてもガラリヤの地の胡散臭いこと……(。>д<)。 [一言] 映画を見ているみたいな、素敵な読み心地です。
2021/01/20 15:20 退会済み
管理
[一言] 視点が戻りましたね! なにがあったのか語られないまま、先にネタバレ的な伏線を小出しにする手法ですか?! まんまと嵌って、ワクワクしています。 ……私チョロい!w 昨年後半から作品を読ませて…
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