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潮の匂い

作者: 雪見夏

 早朝、朝日が海から顔を出したばかりで青と赤のグラデーションで染まる空。夏の朝は丁度いい涼しさだ。

「行ってきます」

 私は玄関の扉を開けて外へ飛び出す。自転車に跨り太陽が登る海の方へと向かった。潮の匂いを含ませた風を胸いっぱいに吸い込んで、思いっ切り吐く。

「ん〜〜。いい匂い!」

 気分が上がってペダルをさらに回す。坂を下りトタン屋根の家々を抜けると目的地の漁港に到着する。漁師たちが船へと乗り込んでいく。何人

「おう。おはよう、なっちゃん」

「カツさん、おはようございます」

 なっちゃんっていうのは、私の仇名だ。カツさんも多分仇名。周りがそう呼んでいるから私もそう呼んでいるだけ。

「なっちゃん、今日も元気だね」

「今日もかわいいね」

 お世辞上手な、漁師のおじさんたちが私に手を振ってくる。私は「おはようございます」と手を振り返した。

 そんなおじさんたちを横目に、私は全てがトタンでできた古屋に向かう。小屋と呼ぶには大きかったが、それが一番私的にはしっくりくる。

 そこの小屋には揚げられた魚介類たちが集まる。たくさんの魚がそこに集まるので、その小屋の中は色鮮やかだ。

「おはようございます」

 私はその小屋の中にいる人たちに挨拶をする。

「あ〜、なっちゃん。おはよう」

「今日も手伝いありがとね」

 シワがれた声のお婆さんたちがそこで作業している。取れた魚介類たちの分別や、加工をそこで行っているのだ。

 私はここでお手伝いをさせてもらっている。長靴を履いてゴム手袋をし、魚の分別をする。刺網漁で釣られた魚たちはまだ、息があってパクパクと口を動かしている。たくさんの魚がピチピチと跳ねている。その中に何匹か別の種類の魚が混ざる。タコだったりエビだったり。それを分けるのが、私の手伝っている内容だ。

 昔はこの飛び跳ねる魚たちに遊ばれていたのもいい思い出で、今ではスピーディーに魚たちを分けていく。

「学校があるのに、いつも悪いねぇ」

 一人のお婆さんが話しかけてくる。

「大丈夫ですよ。私が好きでやってるんですから」

「いつも助かるよぉ。魚好きなのかい?」

「はい!」

「それはいいことだ。なっちゃんみたいなべっぴんさんがこの漁港にいてくれたら、安泰じゃ」

「ありがとうございます」

 ここにいる人たちはみんな暖かくて、初めてここに来た時も優しく迎えてくれた。ここの仕事を手伝うって言った時も、断らないで一から仕事を教えてくれて、こんな足を引っ張る一人の高校生を否定する人などいなかった。

 昔のことを思い出すだけで、胸がジーンとしてくる。


 この漁港に来たのはだいたい一年前で、その時の私は未来が真っ黒。明日を生きる希望すら失いかけていた。

 それは校内でのいじめ。陰湿ないじめは次第にエスカレートして表面にまで現れていた。それなのに先生は見て見ぬふり。家族に相談しても認められず。学校に行きたくなくて、朝家を抜け出し漁港の海を眺めていた。仕舞いには飛び込んで死んでしまおうなんて思っていた。

 そんなところをここの漁師に見つかって、古屋に連れてこられた。

 漁港のみんなは先生や親も聞いてくれなかった、私の話を最後まで聞いてくれた。その時一緒に貝の味噌汁もくれたな〜。その味は今でも覚えている。

 それ以来、私の居場所はこの漁港。どれだけ学校でいじめられていても、漁港に来ればそれも忘れるくらい嬉しくて、生きることができる。

 だから、今日も私はここに来て手伝いをしているんだ。

 

「なっちゃん、作業も一旦区切りがついたから朝ごはんにしよう」

「はーい」

 お婆さんたちが囲んでいる鍋からは、あの時食べた味噌汁の匂いがしていた。


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