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第一幕 百合に男は必要ない⑦

 

 クレープを食べたおかげで昼飯がいらなくなった御形さんは、水族館へと足を延ばした。


『奇天烈な生き物ども展』


 僕らは入り口にそう立てたれた看板に足を止める。


「亞生くん、企画してたのは『水族館』なんだよね?」


 そのはず、だった。


「四月一日、薺は『デート』と言ったんだぞ。中学生のガキでも流石にこれは選ばない」


 僕も、そう思う。

 だって、予想のしようがないじゃあないか。今日はクリスマスだぞ? 街にはカップルが溢れかえって、映画なり舞台なり観て、ロマンティックになるんだぞ? 水族館なんて典型的なデートスポットじゃあないか。それに、ここは駅近の有名な水族館。こんな勝負の日にネタ枠の特別展やってるなんて思わないじゃあないか。


 けれど、後戻りなんてできない。


「チ、チケットは僕の奢りでス……」


「じゃあ行ってこい。あたしたちは待ってる」


 女郎花に蹴飛ばされて券売所へ向かう僕。所持金3600円と引き換えにチケットを手に入れた。




「そういえば、亞生くんもボーリング好きなの?」


 特別展の目玉、奇天烈な生き物たちの奇天烈な糞の匂いを嗅ぎ比べながら、御形さんが問うた。女郎花は「わざわざ臭い物を嗅ぎたくない」と言って遠くにいる。


「まぁね。昔はよく親が連れて行ってくれてたし、今はボーリング場でバイトしてるくらいだし。僕が平均より上手い遊びってそれくらいだから」


「桔梗ちゃんと一緒だったんだ……」


 うぇ、と咳き込む。

 独特な糞の匂いに当たったせいでもあるけれど、どちらかと言えば触れられたくない所に御形さんがズカズカ入り込んできたからだ。


「女郎花が言ってたのか? 昔、家族ぐるみでボーリングに行ってたこと」


「桔梗ちゃん、デート場所に困ったらとりあえずボーリングがしたいって言うの。それが異様に得意でね。思い切って聞いてみたの」


「それで、僕の名前が出たのか」


「それとなく、ね」


 うぇ、と。御形さんの顔が歪む。


「昔の桔梗ちゃんって、どんな子だったの? 前からあんな感じ?」


「180度違うよ。全くの別人。昔のあいつは、何ていうか、大人しかった。今みたいな寡黙って感じじゃあなくて、もう少し根本的な、根暗な感じだった。よく転ぶし、何かとあれば泣くし、何かとうまくいかない奴だったけれど、僕といれば不思議と事がうまくいくようになったんだ」


 何とも形容しがたい糞の匂いに首をかしげる。


「僕と女郎花が疎遠になった理由は聞いてる?」


「聞いてないけど、別に言わなくても良いよ。面白くないこと聞いても仕方がないしね」


 御形さんはそう言うと、匂いを嗅ぐために中腰だった体を伸ばして大きく息を吸った。最後の糞も終わったことだし、僕も同じようにする。


「亞生くんはさ、桔梗ちゃんとどうなりたいの? 元に戻りたいの? それとも……」


 一歩、前へ踏み出す御形さん。


「私から略奪したいの?」


 そう囁いた。

 あまりにも急な出来事で、心臓は破裂しそうに脈動して、顔からは火が噴きだした。


「そ、それは、どういう意味―――」


「おい、なに狼狽えてるんだ。四月一日」


 女郎花が僕を見下ろしていた。

 今にも殴りかかってきそうなほどの形相を浮かべて。


「ちょっとからかっただけだよ。ジェラシー感じないで、桔梗ちゃん。私は桔梗ちゃん一筋だよッ!」


 そんな女郎花に抱きつく御形さん。


「なら良いんだ」


 女郎花は僕を睨みながら抱き返す。100点満点で完璧な光景であった。


「桔梗ちゃん、屋上でアシカのショーやるんだって。座席の抽選に行ってきてくれる?」


「そんなの、四月一日に行かせれば良いだろう」


「亞生くんはチケット代出してくれたでしょ。今度は桔梗ちゃんの番だよ。付き合ってても、そういうのは平等にいかないとダメ」


「……、分かった。急いで戻ってくる。四月一日、薺にその汚らしい手で触れてみろ。地球の反対側まで追いかけてミンチにしてやるからな」


 そう言い捨てて女郎花は去っていった。

 相当無理のあるお願いだったけれど、御形さんにあんな上目遣いをされては、断るのは至難の業だろう。


「さて、話の続きをしよっか。亞生くん」


 女郎花の背中を見送って、御形さんは笑う。

 水槽の中を乱反射したネオンに照らされた彼女の眩い笑顔は、少し不気味だった。


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