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ソフィア

1日遅れて申し訳ありません!


 誰もいない厨房で、カチャカチャと食器を洗う音だけが響く。大量にあった大鍋は他の人が片付けてくれたのか、ソフィアの前にあるのはギルマスの部屋から下げてきた食器だけ。

 単調な仕事に欠伸が漏れる。


「さすがに眠いわね……。……そういえば、随分美味しそうに食べてくれたわよね」


 ハルの食べる姿を思い出して、自然と頬が緩む。

 ソフィアにとってあのシチューは大好きだった母親が遺してくれた味。

 

 ソフィアの父親は兵士だった。当時は今よりも南方の魔族軍との戦いが激しく、ソフィアが産まれてまもない頃に父親は亡くなってしまった。

 それからは母親がギルドの食堂で働きながら、女手一つでソフィアを育てていた。

 見るからに働き過ぎだと、ソフィアは母親に何度か注意した事があった。


『ねぇお母さん、辛くない?仕事でも家でも料理して、無理しなくていいよ?』

『無理なんてしてないわ。私の作った料理を誰かが幸せそうに食べてくれると、それだけで救われるのよ』


 ソフィアにはその言葉は理解出来なかった。『きっといつか解るわよ』と、母親はいつも優しくソフィアの頭を撫でていた。


 しかし三年前、ソフィアの母親は流行病で倒れ、ソフィアの必死の看病の甲斐なく命を落とした。

 遺ったのは母親のレシピ集。

 ソフィアの料理は、大好きな母親を思い出す為の大切なもの。

 

「『救われる』か、ふふ、今なら解るよ、お母さん」


 母親のレシピ集を手にとり、ソフィアは嬉しそうに呟いた。

 そろそろエレナ達の話も終わる頃かと、ソフィアは片付けを終わらせ、料理本の本棚に戻して厨房の電気を消す。

 ギルドの戸締まりの為にホールに向かっていたが、掲示板の前に人影を見つけて足を止めた。


「ハル?電気もつけず何をしているの?」

「あ、ソフィア。ちょうど良かった。このエルフの討伐依頼って、どういう依頼なの?」

「?どういうって、ここに書いてあるじゃない」

「ごめん、文字読めない……」


 ハルの言葉にソフィアは唖然として固まった。

 それもその筈、この国の識字率はかなり高く、農民でさえ最低限の読み書きは出来る。ハルのような、きちんとした身なりで読み書きが出来ないなど考えられなかった。


「あ~、その、こことは違う国から来たから!何故か言葉は解るんだけど、文字は解らなくて」

「違う国って、魔の国と精霊の国しかないわよね?あなた敵のスパイだったの……?」

「え、いや、えっと、スパイではないよ。それは本当に違うけど……」


 この世界の詳しい事を何も聞いていなかったことを、ハルは今更ながらに後悔していた。

 地球には数多の国がある。だから、まさかこの世界に人間の国が一つしかないとは考えもしなかった。


「(どういう事?今の話からすると、私達が向かうのは精霊の国?このエルフの討伐依頼……もしかして、エルフの血族だってバレたらマズい?)」


 難しい顔で思案するハルをみて、ソフィアはやれやれと笑ってみせた。


「バカね、冗談よ。あなたみたいな人に潜入とかスパイは不可能。スミレさんだけなら疑ったけど、貴女には無理よ、無理」

「な、それは信頼なの!?バカにされてるの!?」

「両方かしら」


 今日会ったばかりの人に、信頼される事も、バカにされるのも納得いかない。けれど、実際スパイではないので文句も言えず、ハルは不服そうに眉を顰めた。


「そうだ。立ち話もなんだから紅茶でも煎れましょうか?っと、その前に荷物を置いて来た方が良さそうね」

「……はぁ、そうだね。部屋に案内して貰うために来たんだった」

「師匠に教えてもらわなかったの?そういえば、スミレさんは?」


 ハルが一人でいる理由が思い当たらず、ソフィアは部屋に向かいながらも不思議そうに尋ねる。

 ハルはギルドの奥、ギルマスの応接室に続く廊下の扉に視線をやった。


「追い出された」

「追い……あぁ、そう、そうなんだ」


 気まずい空気の中、ソフィアは二階に上がって奥から二番目の部屋の前で立ち止まった。


「ここよ。一番奥は師匠……エレナさんの部屋。で、向かいが私の部屋。何かあったらいつでも呼んでいいから」


 ソフィアに続いて部屋に入ると、そこはハルが想像していたより、ずっと広くて綺麗な部屋だった。


「へぇ……意外と綺麗……」

「意外と?」

「あ、いや、領主さんが此処しか宿が無いことを申し訳なさそうにしてて、冒険者専用だし凄く汚いとかかなぁって……ごめん」

「営業妨害ね。確かに冒険者専用だけど、師匠が居れば皆大人しいから問題ないのに」


 ハルはエレナの謎が深まったと苦笑いしながら、二人分の荷物をベッドの横に下ろした。

 そのとき、強い痛みが走って反射的に庇うように動いてしまう。

 ソフィアはその動きを見逃さなかった。


「そういえば、怪我してるのよね?貴女が助けた人達から聞いたけど、手当てはちゃんとしてるの?」

「大丈夫、手当てはしたし、そんなに痛くないから!」

「……私、冒険者の治療も仕事の一つなの。だからちょっと診せて」


 痛くない、ソフィアにはそれが嘘だとすぐに解った。先ほどのハルのぎこちない動きは、エレナが怪我を隠す時の動きと酷似していたからだ。


「一応、応急処置は母さん……母がしてくれたから」

「いつ?」

「えと、ゴブリンキングを倒した後だから、昼前?」

「何時間経ったと思ってるのよ、バカなの?」

「ちょっ、バカって言い過ぎじゃない?」

「はいはい、いいから診せなさい!」


 有無を言わせないソフィアの雰囲気に、ハルはむぅと拗ねた顔をしながらも、大人しく服を捲った。


「ほら、布が緩んでるじゃない。ちょっと薬とか取ってくるから、面倒だから上全部脱いでおいて」

「え~……はぁ、母さんに傷見られるよりマシか」


 ソフィアが部屋を出て、向かいの部屋に入る音を聞きながら、ハルはため息をもらした。

 けれど、ソフィアに治療を頼むのはいいかもしれないと、大人しく服を脱ぎ始めた。

 傷ついたハルをみると、スミレは自分を責めて悲しむ。そんなスミレをみてハルはいつも自責の念にかられていた。


 扉の閉まる音に、ベッドに腰掛けていたハルが振り返ると、ソフィアが戻っていて、何故か頬を赤くしている。

 

「どうしたの?」

「べ、別に」


 見惚れていたとは言えず、ソフィアはハルの後ろからベッドに上がり、ハルのサラシを外していく。


「布も取るわよ」

「うん」


 サラシを外すと湿布薬が見えてくる。


「……?ハル、この白いの何?」

「あぁ、湿布薬だよ。替えなら荷物の中に有るはずだけど」


 荷物から替えの湿布を取り出し、ソフィアに渡すと、見知らぬ文字の羅列にソフィアは首を傾げた。


「不思議な物があるのね。へぇ……意外と冷たい。患部を冷やすのに便利だし……貼り付けて使うのよね……へぇ……」

「透明のフィルム……えと、これ剥がして貼るだけだよ。それと、私裸なのでちょっと寒いんだけど」

「あ!ごめんなさい!」


 一枚取り出して、ぶつぶつ呟き始めたソフィアに、ハルは苦笑しながら注意した。

 本当はそんなに寒くはないが、スミレが来る前に終わらせたかったのだ。


「とりあえず取るわね。……ハル、貴女やっぱりバカなの?」


 湿布を剥がして見えた内出血の痕に、ソフィアは愕然とした。

 『痛くない』が口だけなのは解っていたが、その予想を遥かに超えた傷痕だった。


「バカって言い過ぎ……」

「はぁ、今後貴女の『大丈夫』は信用しないことにするわ」

「え~」


 呆れながらも、持って来ていた濡れタオルで優しく拭いていく。


「……本当に貴女があのゴブリンキングを倒したのね。ねぇ、どうして立ち向かったりしたの?こんな酷い怪我して……死んでたかもしれないでしょう?」

「どうしてって言われても、初めはゴブリンキングだって知らないで助けに入ったし」

「……貴女やっぱりバカでしょう?まぁ、貴女がバカだから師匠が無事なんだから、感謝はしているけど」

「感謝っていうか……ソフィアは私の事バカって言い過ぎじゃないかな?」


 本当の事でしょう?と呆れた視線をハルに向けてから、再び傷に視線を戻す。


「……内出血が酷いわね。少し触るわよ」


 目を閉じ、肋骨の上を撫でるように指を滑らせていく。痛みでハルが小さく反応する箇所を数ヶ所見つけて眉を顰めた。


「骨が折れてるから、少しキツく固定するわね。しばらく無理は禁止、安静にしててね。この白いの貼るだけじゃ心配だから、飲み薬も出してあげる」


 テキパキと新しい冷湿布が貼られ、新しくソフィアが持ってきたサラシを巻いていく。


「おぅ、動きやすい」

「動かない。絶対安静!あまり腕を上に上げないこと。肋骨が動くでしょ」

「ごめんごめん。ありがとう、ソフィア」

「……はいはい」


 荷物から鎮痛剤と消炎剤を出すと、ベッドから降りてソフィアの前にまわった。


「これは寝る前に飲んでね。あと、今日は傷に障るしお風呂は無理だから、私が拭いてあげる」

「え、いや、いいよ。そこまでして貰わなくても」

「師匠を、街の皆を助けてくれたんだから、この位させてよ」


 少し強引かと思いながらも、ソフィアはハルの前に膝をついてズボンを脱がせようと手を掛ける。

 それを慌てて止めようと、両手をベッドから離したのを確認し、ソフィアはハルをゆっくりとベッドに倒した。


「大人しくしてて。暴れると傷に障るわ。大丈夫、優しくするから」

「……えと、ソフィア……なんで……」

「?拭いてあげるだけでしょう?前屈みになると、傷が悪化するからね」


 どうしても逃げ場はなさそうだと、天井をみながらため息を漏らし、ハルはズボンを脱がされていく事に僅かに頬を染めていた。

 ソフィアは何も気にする様子もなく、ハルの足を濡れタオルで拭き始めた。



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