ユグドルド領②
コンコンーー
扉をノックする音が聞こえ、大きく扉が開く。
部屋に入ってきたのは大きなトレーを抱えたソフィア。小さな身体で抱えているせいか、見ている者を不安にさせる。勿論それはハルも例外ではない。
「大丈夫?私が持ーーー
「結構です」
手助けをしようとしたハルは、食い気味に拒絶され、中途半端に腰を浮かしたまま止まってしまった。
「客は座っとけって意味だよ」
「師匠!」
師匠にからかわれ、ソフィアはかぁと頬を紅く染める。図星故に反論もできない。
「私の仕事なので座っててください!」
「あ~、うん」
トレーに乗っていた鍋から、皿にシチューを注いでいく。
どうぞ、と言いながらスミレとハルの前に温かいシチューとスプーンが置かれ、テーブルの真ん中にはパンの入ったバスケットが置かれる。
「……街の皆さんに話は聞きました。師匠を助けてくださり、ありがとうございます」
「えと、どういたしーー
「どうぞ、エド様も」
ソフィアは恥ずかしさを隠すため、またもやハルの言葉を遮る。
くくっ、と喉を鳴らして笑いを堪えるエレナに、ソフィアは更に紅くなりながら、エレナの前にもシチューの入った皿を置く。
「……師匠もどうぞ。温かいうちに召し上がって下さい」
「ん、ありがとう、ソフィア」
「熱でも……」
「あ??」
「あ、いえ。師匠、私もこちらで食べても?」
「好きにしな」
初めからそのつもりだったソフィアは、五人分の皿を持ってきている。
嬉しそうにエレナの隣に座ったソフィアは、ハルとスミレに早く食べるように促した。
異世界の料理はマズい、それは漫画やアニメの王道。ハルはそれを警戒していた。
木製のスプーンを手に、ハルはそっとシチューを掬って口に運ぶ。
「……!ん~!うまぁ……」
「!これは……凄く美味しいです」
それは予想外の美味しさ。
シチューを勢いよく食べているハルに、ソフィアはパンも食べろとバスケットから一つ取って無言で差し出した。
異世界のパンは固いという王道などもう無視して、ハルは躊躇いなくそのパンを口に運んだ。
「ん~、ふわふわぁ……ん、母さんのパンと同じ味……?なんかヨーグルトみたいな風味……?」
「あぁ、だって私のパンは昔こっちで教わった作り方だもの」
へぇ、と言いながらも、食べる手を止めようとしないハルは、あっという間にシチューもパンも食べ終わってしまった。
「おかわりありますから……。犬じゃないんだから、もう少し落ち着いて食べて下さい。喉に詰まってもしりませんよ」
「……い……ぬ」
おかわりを受け取りながらそっと周りを見ると、まだ皆半分程しか食べていない。呆れた様子のスミレと目が合ったハルは、おかわりのシチューを置いて気まずそうに目を反らした。
それでも、シチューの美味しさに負け、頬を緩ませて幸せそうに、止まることなく食べ続ける。
結局、多めに持ってきたシチューもパンも五人で全て食べ終わり、ソフィアは上機嫌に片付けを始めた。
「ハル、あなたそんなに食べる子だったかしら?」
「ぐ、だって美味しかったし。昨日から碌な物食べてなかったし」
「まぁ、確かに美味しかったわね。あ、ソフィアさん、料理人の方を良ければ紹介してくれるかしら?レシピを教えてもらいたいのだけど」
「……えと、その……作ったの、私です」
予想外の返事にスミレもハルも唖然とする。
ソフィアの料理だと知っていたエレナとエドは、料理をべた褒めされて照れているソフィアを楽しそうに見ていた。
「是非、作り方を教えて下さい」
「え、あ、明日の炊き出しの時、一緒に作りますか?」
「いいんですか!?ふふ、よろしくお願いします」
ハルの料理は母親であるスミレが作ってきた。少なくとも、共に暮らすようになってからは、10年近く作っている。
最近は何故か行儀が悪くなっていたが、あんなに美味しそうに食べるのをスミレは一度も見たことがなかった。
母親としてのプライドの問題である。
「う~ん……母さんのやる気スイッチを久々に踏んでしまった」
「なんだいそりゃ」
「やる気スイッチが入ると極めるまで周りが見えなくなって……。まぁ、私も人のことは言えないんだけど」
極めた結果がゴブリンキングを倒したあの強さなのかと納得し、エレナは片付けをして部屋を出るソフィアに視線を移す。
扉が閉まるのを確認して、面倒そうに息を吐き出した。
「エド、20万ギル出したら幾ら残る?」
「街の復興に500万はまわしたいからなぁ。大して残らないぞ?」
「貧乏領主め」
「悪かったな、貧乏で!」
貧乏が移るとばかりに、エレナはエドから距離を置く。
そんな二人のやり取りをみて、スミレはある提案をした。
「あの、10万ギルで構わないですよ?私達は今すぐ大金が必要なわけではありませんし、復興支援は大切ですし」
「い、いや!我々はそんなつもりで話していたわけでは……。おい!エレナのせいで……、……お前、何企んでる?」
スミレの提案にエレナはソファーから立ち上がり、ニヤリと笑っていた。
エレナにはどうしても金が必要だった。最低でも10万ギル、それだけは確保したかった。
「エド、私が間違った事があったかい?」
「……街の為か?」
「この国、いや、世界の為だよ。やるなら極めるまでやらなきゃ、そうだろ?ハル」
「え?うん?」
悪戯を思い付いた時のエレナは、人の話は絶対聞かないし、教えてもくれない。
エドにとってはそれは常識。
追及は早々に諦めて、次の話を促した。
「依頼書と依頼料の手続きを先にするぞ」
「あぁ、依頼書は……あったあった」
デスクに書類を取りに行くと、エレナは三枚の書類を持ってきた。
書類にさらさらと必要事項を記入すると、サインの欄だけを見えるようにエドの前に置く。
「サインだけで構わないよ。依頼料は討伐5万救助5万にしておいたから。とっととサインしな」
「あ、あぁ……」
わざわざ書類を書いてくれたエレナを不審そうに見ながらも、長年の信頼があるため諦めてサインをする。
エドは三枚にサインし、万年筆をポケットに戻しながらふと疑問に思ってエレナを見た。
「おい、三枚目の書類はなんだ?」
依頼は二件。本来なら書類も二枚。
エレナ曰わく、騙される方が悪い。
「ちょっとした依頼書だよ。依頼料は10万ギル。依頼内容は秘密」
「依頼主に秘密の依頼があるか!」
「グチグチ五月蝿い男だねぇ」
「うるさいだと、お前なぁ!」
エレナはエドの言葉を無視して、更に別の水晶板を用意し、ハルとスミレのギルドカードを差し込む。
水晶板には、下の方にⅠⅡⅢⅣと数字の書かれたパネルが表示されて、上の方には0の数字が二つ。
エレナが操作をすると、上の数字がそれぞれ50000に変わった。
「……はい、五万ギルずつ入金したよ。現金にしたいときには、ギルドの入口に似た水晶板があるから、おろしたい金額を入力すりゃいいから。わからない事は受付にでも聞くといいよ」
「へぇ、銀行のカードみたいにもなってるんだね無くしたら大変そう」
「ん?無くしたら再発行してやるよ。まぁ、面倒な手続きがあるけどね」
五万ギルずつ入ったカードを渡され、不思議そうにハルもスミレも見つめていた。
エレナに無視されて不機嫌なエドだが、自分の用件は終わってしまったと、立ち上がって帰ろうと扉に向かう。
「帰るのかい?」
「どうせ無視されるだけたからな。いいか、信じてるからな?悪いようにはするなよ?」
「あ~、はいはい、わかってるよ。悪いようにはしないし、むしろ感謝される話だから安心しな」
聞かれたら困るわけではないが、エレナはきちんと確証を得てから話をするつもりなのだ。
エレナが悪い結果を導くはず無いという、幼い頃からの絶対的な信頼からか、エドはため息だけを吐いて部屋の外に出た。
「まとまったら話を聞かせろよ。くれぐれも、くれぐれも、俺に話す前に動くなよ」
まるで捨て台詞のように言い放ち、エドは部屋の扉を閉めた。
エレナはやれやれとソファーに座り直し、真面目な顔でスミレとハルに視線を移す。
エレナにとって本番はこれからなのだ。
「さて、何から話すかだが、二人はエルフの関係者で間違いないね?」
「……はい、私はエルフと契約を交わしています。この子は、ハルはその相手との子供です」
「眷属の契約だね?印を見ても?」
スミレの手の甲に契約印があることに気付いていたエレナは、左手を出してスミレの手に視線を送った。
スミレは一瞬だけ逡巡したが、すぐにエレナの左手に自身の左手を乗せる。
「これは、初めて見るね。ん?この紋様……なるほど。私の勘は当たりだったみたいだねぇ」
「何か知っているんですね?」
スミレの手を離し、ハルとスミレを見比べ唸るように天を仰いだ。
「はぁ……運命というのは怖いね。ハル、ソフィアがまだ受付辺りに居るだろうから、部屋に案内してもらいな。スミレと二人で話がしたいからね」
「え、なんで私には教えてくれないの?」
「決め付けで話をしたら、ややこしくなるだろ?ハルにも後で話すよ」
でも、とハルは食い下がろうとするが、スミレに手を握られ、言葉をぐっと飲み込んだ。
「ごめんなさい、遅くなるかもしれないから、先に寝てても構わないら、ね?」
「……ううん、起きて待ってるよ」
納得いかないままではあるが、スミレに言われれば従わない訳にはいかない。
ソファーの側に置いてあった二人分の荷物を怪我とは反対の肩に掛け、部屋から何も言わずに出て行った。
「案外素直なんだね。嫌だと言うなら仕方ないと思っていたんだけど」
「あの子は……目上の言うことには逆らわないで生きていたので」
「……そうかい」
悲壮感漂う答えに、エレナは追及をせずに話を元に戻した。
「それじゃ、少し話をしようか。この国、いや、人類とエルフと精霊、そして勇者の話を」
今後、火曜金曜の週二回更新の予定にします。
まだ主要キャラも揃ってませんが、応援よろしくお願いします。