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いざ街へ②

更新が予定より一日遅れてしまいました。

そして予定より少し長くなりました。



 いつの間にか日が傾いていた。夕暮れまでまだ時間はありそうだが、日没までに街に着くのか皆の心に不安がこみ上げてくる。

 森を出て街道を歩き、体感にして約四時間程が経っていた。

 手を繋いで並んで歩くハルとフローラ。

 フローラは既に息が上がり辛そうにしている。


「街はまだ遠いの?」

「い、いえ、馬車なら、あと、20分、位で……」

「大丈夫?」


 馬車ってどの位の速度だっけ?と疑問を感じながらも、ハルは息も絶え絶えなフローラが心配になってくる。


「もう街も遠くない。日没前に着くだろうから、ここで最後の休憩にするよ!」


 タイミングを図ったように先頭にいたエレナが振り返り、休憩の合図を送る。

 実際にエレナはフローラの声が聞こえていた。フローラだけではない。他にも数人限界に近い者がいる。

 それぞれが草地に座り息を整えている。

 そもそも全く呼吸を乱していないのは、ハルとスミレとエレナの3人だけなのだ。


「フローラ様、先程『20分』と聞こえたのですが、この国には時計があるのですか?」

「あ、はい、ありますよ?これは祖父に頂いた懐中時計です」


 岩に腰掛け気を抜いて休んでいたフローラは、スミレの声に振り返り、懐中時計を出して差し出した。


「少し見せていただいても宜しいですか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 真剣な眼差しで時計を見ていたスミレだが、やがて顔をあげると、フローラに盤面を見せながら尋ねた。

 

「あの、おかしな事を尋ねますが……今は何時ですか?」


 盤面の短針は7と8の間を指している。

 今は夕方前、日没が遅い地域だとしても、7時半はおかしい。

 いや、そもそもこの時計には10迄しか数字が書かれていない。


「え?『17時23分』…『昼の7時23分』ですが……」

「1日は何時間ですか?」

「えと、30時間、ですが?」

「なるほど、ありがとうございます」


 何故そんな基本的な事を聞くのだろうか、と首を傾げて答えるフローラだが、その答えにハルは理解出来ずに困惑する。

 異世界から来たことをバラす訳にも行かないため、ハルはスミレの腕を引き寄せ小声で尋ね始めた。


「母さん?え?どういう事!?」

「数字は10まで、これが三周回って1日ってことね」

「いや、え?1日が長すぎない?」

「逆よ。この世界は1日が短いのよ。30時間あっても、1時間は50分しかないし、1分が50秒しかないんだから、1日を秒に直すとーー

「あ~、うん、計算はいいや」


 秒だ分だと言われた途端、ハルは顔を引きつらせて目を逸らした。

 ハルの学校の成績は中の上。得意科目は体育。苦手は数学。

 中でも計算問題は大嫌いだった。

 因みに、1日を日本時間に直すとおよそ21時間弱である。


「……勉強もさせるべきだったわね」

「そ、そんな事よりさ、こっちに五年位居たんでしょ?エルフの里には時計とかなかったの?」

「ないわ。人間の世界にも無かったわよ。こんな短期間で精密な時計が出来るなんて……」


 技術が進歩するにしても急激すぎる。大時計ならまだしも、懐中時計が存在することが信じられない。

 スミレがいた頃には、太陽の位置を頼りに皆動いていたし、それを不便に思う人さえいなかった。


「フローラ様、ありがとうございました」


 スミレは疑問はとりあえず後回しにして、フローラに懐中時計を返した。

 情報が足りない。

 まだこの世界の事は何一つわかっていない。

 心の中に浮かんだある答えも、スミレには正解か判断すら出来ないのだ。


「母さん?大丈夫?エレナさんがもう出発するって」

「大丈夫よ。細かいことは街に着いてから考えるわ」

「街かぁ、どんな所かなぁ」


 エレナ達に続いて再び街道を歩き始める。

 ハルはまだ見ぬ異世界の街を想像し、ワクワクする心を隠しきれなくなっていた。

 街は昨夜ゴブリンキング達に襲われているし、家族を亡くした人もいる。

 不謹慎と分かっていても、異世界の街が楽しみなのは仕方のないことだった。


「もう少しで街が見えますよ」

「本当!?良かったぁ、もう野宿する必要も……!エレナさん!なんだか足音が沢山聞こえるんだけど!」


 ハルの耳は異常な程に良い。

 浮かれてはいても、警戒態勢は取っていたため、ガチャガチャと金属の擦れる微かな音さえ聞き逃さない。

 数がかなり多い。

 20人はいるだろうと、ハルは小声でエレナに告げた。

 問題は敵か味方か。


「街の方からなら、助けに来たのかもしれないね。見てくるから、スミレは一緒にきてくれるかい?」

「えぇ、構いませんよ」

「ハルは皆を宜しく頼んだよ!」

「任せて」


 仲間なら喜ばしいが、盗賊の類なら最悪。

 怪我をしているハルは残し、エレナはスミレと共に様子を伺いに向かった。


「きっと領主様よ」

「そうよ、兵を連れて助けに来てるのよ」

「でも、それならもっと早く来てるんじゃない?さ、山賊かもしれないわ」

「魔物かもしれないわよ!?」

「あぁ、私達結局殺されるんだわ」


 ネガティブな発想は次々と進み、不安が不安を産み落とす。


「落ち着いて下さい!まだ敵と決まってはいません。それに、私達にはハルさんが……勇者様がついています」

「……でも」

「大丈夫だから、安心して。エレナさんに頼まれたからには、皆には掠り傷一つ付けさせないから。ゴブリンキングが20匹きても問題ないよ♪」


 流石は領主の娘と言うべきか、最年少にも拘わらず、誰よりも落ち着いて場を鎮める。

 実は勇者と呼ばないで欲しいとハルに頼まれていたのだが、フローラはわざとその言葉を強調していた。

 勇者の方が安心するならと、ハルは皆の不安を和らげる手助けをすべく、任せなさい!とベルトに差した刀に手をかけ、胸を張って見せた。

 

「そうね、私達には勇者様がいるものね!」

「勇者様さえいれば大丈夫ね」


 勇者と崇められるのは複雑だが、この場をおさめる為には仕方がなかった。

 ハルがこれで良かったかなと隣に視線をやると、ハルを見つめていたフローラと視線が合う。


「ふふ、ハルさんが本物の勇者様であってほしいです」

「う~ん、それはちょっと……」


 誰かの為に戦う事は厭わない。

 けれど、自分は母親を探す為に来たのだ。勇者なんてしている余裕はあまりない。

 ハルがそんな事を考えていると、誰かが岩場の向こうから顔を出した。


「ハル!皆をこちらに連れて来て!」

「了解!どうやら援軍だったみたいね」


 手を振って叫ぶスミレに手を振ってこたえ、ハルはフローラ達の方を振り返った。


「ふふ、皆さんの家族もいらっしゃっているかもしれませんよ」

「!フローラ様、お先に失礼します!」

「わ、私も失礼します!」


 一人が駆け出すと、つられるように次々と駆け出して行く。

 ハルはフローラの手を握り歩き始めた。皆の姿があっという間に見えなくなり、感動の泣き声が聞こえてくる。

 良かったと呟き笑みを浮かべながらも、フローラはゆっくりとした足取りのまま進んでいく。


「フローラは早く行かなくていいの?」 

「私の父は領主ですから。魔物に襲われ混乱状態の街を放置してこんな前線に来る訳ありません」

「ん~、でもさ、街よりフローラの方が大事でしょ?来てるかもしれないよ?」

「……娘が浚われたからと職務を投げ出す筈ないです」


 助けに来て欲しい。娘が一番大事だと言って欲しい。

 大事な娘の為ならゴブリンキングとだって戦うと言って欲しい。

 でも、そんなこと領主として間違っているし、期待して、もし来ていなかったら……。

 フローラはギュッとハルの手を握り、不安を押し隠した。

 そんなフローラに、ハルはかける言葉が見つからない。


「フローラ!!フローラ!!」

「……お父様……?」


 ハルの視界にも、武器や農具を手にした男達の姿が見え始める。

 その中をかき分けて、腰に剣を差した男性が走って来る。

 フローラは予想外の人物の登場に大粒の涙を流し、身体を震わせていた。

 夢ではないか。その不安が一歩を踏み出させてくれない。

 

「フローラ、良かったね。ほら、行ってあげなきゃ」


 ハルに優しく背中を押され、転がるように走り出す。

 激しく父親の胸に飛び込むと、フローラは大声を上げて泣き始めた。


「お父様、おどうざまぁ!!うわぁぁぁ!」

「大丈夫、もう大丈夫だ。お前が無事で本当に良かった!」


 まだ13歳。

 怖くないはずがなかった。

 泣きじゃくるフローラを前に女性達は反省していた。

 何度も安心させる言葉をくれた。ずっと自分達を導き、前を向いていた。たった13歳の少女に甘えてしまった。

 

「私達フローラ様にばかり頼ってしまって……」

「何かで恩返しすりゃいいさ。悪いと思うより、忠義を尽くす方が喜んでくれるだろうよ」


 緊張の糸が切れたように泣きじゃくったフローラは、しばらくすると疲れて眠ってしまった。


「フローラを、皆を助けてくださり本当に感謝している。ありがとう」


 眠ったフローラを背負い、ユグドルド伯爵は頭を下げる。

 

「ちょ、頭を上げて下さい。フローラが落ちますよ」

「……すまない。ありがとう。本当にありがとう」

「もういいですから。ほら、早く街に帰ってゆっくりしましょう。皆夕べは寝てないんでしょ?私も流石に疲れましたから、ね?」


 永遠に“ありがとう”が続きそうな勢いだったため、ハルはわざと疲れた素振りを見せた。

 ゴブリンの群れとゴブリンキングとの戦いで実際疲れているし、脇腹の痛みを誤魔化すのも疲れてきていた。


「そう、だな。皆、街に帰るぞ!」


 ユグドルド伯爵は先頭に立ち、エレナと並んで歩き始めた。乗ってきた馬は兵士が引く。

 街はすぐそこに見えていた。


「エレナさん、実は私達お金を持ってないのですが、泊まれる宿はありませんか?宿代は働いて明日にでも払いますから」


 ハルは野宿しないで済むと気軽に考えていたが、街まで行っても金がない事に変わりはない。

 後払いを許してくれる店の有無を尋ねるスミレに、エレナと伯爵はキョトンとした顔を見せた。


「……は?いや、いやいや。勇者様から金なんて取らないよ?」

「街一番の宿を用意させよう。金の心配などしなくてよい」

「それはいけません!勇者だ英雄だと優遇していては、詐欺に遭ってしまいますよ」

「それはそうかもしれぬが……しかしだな……」


 互いに譲らない争いに、ハルはため息を漏らしながら割って入る。


「あの、街にはギルドってないの?ゴブリン一体で幾らとか」

「あ~、なんでその手を忘れてたんだろうねぇ」


 エレナが苦笑いしながら、よく気づいたとハルの頭をガシガシ撫でる。



「エレナ、依頼は領主である私がしよう。ゴブリンキングを含むゴブリンの群れの殲滅。浚われた者達の救助。報酬は合わせて20万ギルでどうだ」

「相場的には問題ないよ。スミレもそれで良いかい?」


 依頼しても受ける冒険者はすぐには現れないだろうし、今回は急を要していた。だからギルドを通さずに街の希望者を募ってやってきた。

 急いでいても、結局丸一日近く準備に掛かってしまって、全員無傷で助かる希望はほぼゼロだった。

 いくら払っても惜しくはないが、街の再建に掛かる費用はかなりの額になる。払えるのは20万ギルが限界だった。


「相場はわからないので、お任せいたします」


 スミレの記憶で宿代が一泊3000ギル位。法外な報酬ではないだろうと、エレナに任せる。

 ハルはぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で押さえ、20万ギルってどの位だろうと首を傾げていたが、スミレが問題ないと言うならいいか、とすぐに考えるのをやめていた。

 街はもう目の前。

 外壁は壊され、瓦礫が街道に落ちていた。

 門の所に、街の人が何人も立っている。浚われた者の母親や子供達、救助隊に加わった者の家族だ。


「お母さん!!」


 こちらに気づいた子供が一人駆け出す。

 それを合図に女性達も救助隊も、門で待つ家族の元にみんな走り出した。


「母さん、助けて良かったね♪宿代も手に入ったし、みんなの笑顔も見れたし、家族が再会するのっていいね」

「そうねぇ、私達もメルに早く会えると良いわね」

「うん♪」


 ようやく街に着いた。

 大冒険をした、二人はそんな気分だった。

 温かな家族の抱擁と涙を前に、ハルにスミレも笑顔で手を繋いでいた。

 


評価やブクマありがとうございます

拙い文章ですが、これからも宜しくお願いします!


次回更新は木曜か金曜になると思います。

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