ゴブリンとの戦い②
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交代で見張りをしながら一夜を明かして、うっすらと空が白み始めたころ、スミレはそっと洞窟の外に出た。
「今日中に街が、せめて街道が見つかるといいけど……」
向かう方角だけはわかっていた。ただ、その途中に街が無ければキツい旅になってしまう。
食糧の入った荷物はゴブリンに盗まれた。たとえ取り返せても、食糧は食べられてしまっている可能性の方が高い。
「想定外の事が続くわね。メルにちゃんと会えるかしら……」
「弱気な母さんなんて久しぶりに見たかも」
独り言として漏れた呟きを聞かれ、申し訳なさが増していく。
準備万端と異世界に連れてきて、ほぼ身一つになってしまったのだから、罪悪感を抱くのは当然だった。
けれど、ハルは気にした様子もなくスミレの隣に立った。
「想定外は旅の醍醐味よ♪そんなの気にしないで、早く家に帰ろう?ママが待ってるよ!」
「……ありがとう、ハル」
なんのこと?と笑ってみせ、ハルは焚き火を消し出発の準備を始めた。
空腹はあったが、途中で見つけた木の実を食べながら街を探すことになり、二人は並んで森の出口を目指して歩く。
ーーオォォォ!!!
気味の悪い叫び声と同時に、森の鳥達が飛び立った。
「母さん、今の……」
「……大型の魔物ね。早く森から出た方がいいわ」
二人は足早に森を走り抜ける。
数分で森から抜けることが出来て、安堵感から立ち止まる。
そこは見渡す限りの平原だった。
いや、正確には遠くに雪化粧をした山脈が見えるのだが、少なくともその山脈まで人工的な物は何一つなかった。
「えと、まさかあの山越えるとか言わないよね?」
「困ったわね。メルの気配はあっちだけど……、本当に想定外のことばかりだわ」
スミレとメルクの契約印。それは眷属としての契約だった。
眷属であるが故、主であるメルクの位置を把握出来た。ただ、それは方角だけであって、それまでの道順や距離を教えてくれる訳ではない。
楽観視し過ぎていた。
武器も食糧もない。おまけに道も分からない。
「森の周りを歩いてみる?何か見つかる……母さん!」
振り返って母親を見たハルは、その後ろにゴブリンが襲い掛かっているのに気付いて、咄嗟にスミレの腕を右手で引っぱって抱き寄せた。
「大丈夫!?」
「あ、ありがとう。これはマズい状況ね」
二人の周りを取り囲むように、大量のゴブリンが現れる。
数は30を悠に超えている。
二人は背中合わせに立ち、深呼吸をして精神を集中させる。
まるで合図したように同じタイミングでゴブリンの群れに突っ込む。
(っ…重心が低すぎる!)
ゴブリンの身長はハルの腹部程しかない。
ハルは、普段よりも重心を下げて竹刀を振るう。打撃がゴブリンに当たるが致命傷には至らない。数が多過ぎて急所に正確に当たらない。
それはスミレも同様だった。
「あ~、もう!どうしてこうなった!?」
(何か手を考えなきゃ!!くっ…!剣道の要領じゃダメなんだ!これは実践、殺すために振るう剣!)
身体が軽い。
殺す。そう意識した瞬間、身体の力みが取れていた。
重心は更に下がり、全身のバネを利用して竹刀の速度があがる。攻撃の威力は増していき、まるでゴブリンの急所に導かれるように攻撃が入る。
死穴を突かれ、首や背骨を折られ、ゴブリンは次々と倒れその命を散らせていく。
気付けば、あたりは一面ゴブリンの死体が転がっていた。
「……なんて強さなの」
スミレが10匹程倒した時には、もうゴブリンは残っていなかった。
今握っているのは竹刀で、刃物ではない。
これが刃物だったらと考えると、スミレは畏怖すら感じていた。
だが、ハルはそれどころではなかった。
20匹を竹刀で殺した。それも、普段より低く速く正確に。
終わったと気を抜いた途端に、どっと疲労が襲ってくる。
「母さん……怪我してない?」
「大丈夫よ。ハルは怪我してない?」
スミレは、肩で息をしながら地面に座り込んでも、第一に母親の安否を尋ねるハルを見て、娘に畏怖した自分を情けなく思った。
「刃物のついた武器が欲しい……」
もし竹刀で無ければ、もっと楽に倒せたのに。同意するスミレの言葉を聞きながら、くぅぅぅ~~……と鳴り響く腹の音にハルは顔をしかめた。
「刃物と食糧が欲しい……」
山脈まで延々と続く平原。二人はほぼ同時にため息を吐いていた。
「とにかく、少し休んだら何か食べるものでも探しましょ?今後の事はそれから考えましょう」
スミレはハルに手を差し伸べ、優しい笑みを浮かべていた。
その手を掴んで気怠げに立ち上がる。
「ゴブリンはもうコリゴリ。暫くは戦いたくないなぁ」
「ハル、そういうのフラグになるから言わない方がいいわよ?」
「いやいや、まさかそんなこと……」
『きゃぁぁぁぁぁーーー!!』
オォォォォォゥ!!!
女性の悲鳴が森の中から聞こえてくる。ほぼ同時に森を出る前に聞こえた低い魔物の声も響いてきた。
「大型の魔物はさすがに危険すぎるわ。様子を見てから……ハル!?待ちなさい!」
たとえ助けを求められても、己の命を第一に考えるのが常識。
困っている人を見たら助けろ、なんて言うのは、ただの偽善者。実際に行動出来るのは、よほど自分の力に自信の有るものか、お人好しの馬鹿だ。
それを理解しているスミレは、隠れて様子を見ようと提案したが、残念ながらハルは既にその場所にはいなかった。
ハルは後者だ。お人好しの馬鹿。
ある程度戦えるが、竹刀で大型魔物に対抗出来る自信は流石になかった。
けれど、悲鳴を聞いた瞬間、身体は勝手に動いていた。
「ハル!!待ちなさい!」
遥か後方から、自分を呼び止める母親の声が聞こえる。
それでも駆け出した足は止まらない。
開けた場所に出ると、そこに居たのは巨大なゴブリンだった。
つり上がった目が怒りで血走り、牙の隙間から興奮による涎が垂れている。左手には女性の頭を掴んでぶら下げていた。
殺さないでと、命乞いをする声が聞こえ、まだ殺されていなかったと安堵の息を吐いた。
「その女性を離せ!!」
ヒーローになりたい訳ではない。命が惜しくない訳でも、怖くないわけでもない。
でも、助けたい。
「はぁぁぁ!!」
姿勢を下げて走り寄り、近くの岩場を利用してゴブリンの腕の高さに飛び上がり、腕の関節の外側目掛けて全力で竹刀を振り下ろした。
関節というのは強化の難しい場所で、指の筋に直結している。
そこを強打されてゴブリンは女性を落としていた。
「ハル!任せて」
かなりの高さから落下していたが、ハルを追っていたスミレがすかさず飛び出して受け止めた。
岩場に着地していたハルはそれを見て安堵し、竹刀を構えなおす。
「全力で痛がる程度かぁ。これはマズいかなぁ」
ハルの身長は女性にしては高い。けれど、このゴブリンの膝程度しかなかった。
ゴブリンキングと呼ばれるタイプのゴブリンである。
怒りに満ちた視線をハルに向ける。
猛烈な殺意を込め、竹刀で打たれた腕を振り下ろす。
それを待っていたように、振り下ろされた腕を避け、腕に飛び乗ってゴブリンキングの顔面目指して走り出した。
首の後ろから、捻りを加えた強烈な横薙を放つ。
嫌な感覚がした。
骨ではない。
竹刀が折れる、嫌な感覚。
「なんて硬さなの!?」
「ハル!!逃げて!!」
「え?」
愛用の竹刀が折れる程の強打に、ゴブリンキングは僅かに声を上げただけ。
唖然とするハルの耳にスミレの悲痛な叫びが聞こえた時には、もう避ける事など不可能だった。
虫に刺されたから叩き潰した、ゴブリンキングにはその程度の事だった。
「かはッ……!」
どこかの骨が折れた音がして、押し潰された空気と共に血が飛び出す。
それでも、ハルはなんとか意識を保って二撃目を避けて地面に飛び降りる。着地の衝撃で口の中に大量の血液が上がり、咽せながら吐き出した。
「ハル!!」
「ゴホッ……はッ、だいじょうぶ……」
「全然大丈夫じゃないでしょ!?下がってて、此処は私がーーー
「母さん!」
ゴブリンキングは話し合いを待ってはくれない。
慌ててスミレと共に後ろに飛び退き、ゴブリンキングの振り下ろした腕を避けた。
戦況は極めて不利な状況だった。
その様子を拳を握り締めて見ている者がいた。
少女は明るいブラウンの髪と瞳をしていて、他の女性より綺麗な高価な服を着ている。まだ13歳くらいの、幼い顔立ちをしている。
少女は洞窟の中に入って行くと、ゴブリンのお宝の山を見付けて漁り始めた。
黄金の置物や金貨、宝石などあらゆる高価な宝から、ただの鍋や桶などのガラクタまで、本当に色々な物が積んである。
「こんな時に何してるの!?」
「あの人の動き凄かったわ!武器、剣とかあればもっと戦えるはずでしょ!!」
「……手分けして探すよ!」
少女と女性達は 必死にガラクタの山を掻き分ける。
見知らぬ助っ人が戦っている間に逃げ出しても良かった。だが、助けに来てくれた恩人の役に立ちたかった。
「ねぇ、あそこ何か光ってるわ!」
まるで見付けてくれと主張するように、二つの武器が薄暗い洞窟に光を放ち始める。
少女とそばにいた女性が一つずつ手に取り、洞窟の外に駆け出す。
間に合ってくれと願いながら、彼女達が洞窟から出たとると、ハルとスミレは武器も持たずにゴブリンキングを翻弄し始めていた。
致命傷どころか、傷一つ付けられるわけではない。
けれど、ゴブリンキングの力任せな攻撃も二人には通用しない。
「武器を持ってきました!使って下さい!」
岩場の途中にある洞窟の入り口から大声で叫び、少女と女性はそれぞれの持っていた武器を二人に向かって投げた。
「「!!」」
二人は投げられた武器に驚きながらも、絶対勝てるという確信に口角が上がっていた。
「悪いけれど、娘に怪我を負わせた貴方には……死で償ってもらうわ」
先に武器を受け取ったスミレは、武器を八相に構えて冷たい殺意の籠もった笑顔をゴブリンキングに向け、一足で距離を詰める。
(こわ……)
母親の笑顔に引きながらも、遅れて武器をキャッチし、ゆっくりと鞘から抜く。
色々と思うことはあったが、考えるのは後回しにして、深く息を吸ってからゴブリンキングに向かって走り出した。
ハルの目の前では、スミレがまるで舞を舞っているように愛用の武器、薙刀を手にゴブリンキングの手足を斬りつけていく。
ゴブリンキングは低い呻き声をあげ、溜まらず尻餅をつくように倒れていく。
「母さん!任せて」
そのタイミングを図っていたように、ハルはゴブリンキングの身体を走ってあがり、身体を捻って横に一回転して、日本刀でゴブリンキングの首に鋭い横薙を放った。
喉から血飛沫をあげながら、ゴブリンキングは後ろに倒れて動かなくなった。
「ふぅ、やっと終わったよ」
ゴブリンキングの上から飛び降り、スミレの前に着地する。
戦いは終わった。
だが、スミレの心は晴れなかった。
愛する娘が、攻撃を受け、血を吐いた。
死ぬかと、目の前で愛する娘を喪うかと思った。
戦いが終わった安堵から、スミレの目には涙が浮かんでいた。
「母さん?え、えと、なんで泣いてるの!?」
「泣いてないわ!」
「え~……?泣かないでよ、ね?」
「……もう二度と無茶しないで。二度と怪我しないで。絶対……死なないで……」
身勝手だった自覚はあった。
母親の制止を聞かずに飛び込んだ。
けれど、一切後悔はしてなかった。
気付いてしまったら見殺しになんて出来ない。もし、同じ事が起きたら、自分はまた同じ事をするだろう。
そう思うからこそ、ハルはスミレの言葉に頷く事は出来なかった。
「……強くなるから。絶対死なないように、私、誰よりも強くなるよ」
ハルに言えるのはそれだけ。
無茶はする。もしかしたら怪我もするかもしれない。
でも、絶対に死なない。
誓うよ、とスミレの手を握る。
その瞳は、澄んでいてとても力強いものだった。
ブクマや評価をして貰って、なんだか嬉しくて調子に乗りました
感想も欲しい、なんて図々しいですね
まだ四話目なので、頑張って続きを書いていきます。
よろしくお願いします。