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帰郷


「ハル、お父さんの話聞きたい?」


 おもむろにそう切り出した母に、少しだけ違和感を覚えた。

 それもそのはずである。

 彼女は今まで娘に一度たりとも父親の話をしなかった。ハルの祖父や祖母、親戚の誰からもハルは父親の話を聞いた記憶がない。唯一聞いていたのは、当時16歳だった母を誘拐し妊娠させた、『クズな外国人』という祖父の言葉だけだった。


「別に無理して話さなくてもいいよ?」


 これまで頑なに話そうとしなかった母を心配するも、彼女は愛しむように微笑んでハルの手を握った。


「ハルには知って欲しいの。貴女の父親とどうやって出会ったのか。それに、彼女がどれほど素敵な人か、どれだけ貴女を愛しているか。そして私が、どれほど彼女を愛していてどれだけ彼女に会いたいか」

「お母さん……」


 今まで、祖父の話を本当だと思っていた。母は拉致監禁され、性的暴行を受けたのだと。母はその辛さから父の事を話せないのだろうと思っていた。

 鏡を見るのが嫌いだった。

 そこに写るのは、父の遺伝子を色濃く受け継いだ日本人とは違う姿。

 だから、ハルにとって母の言葉は衝撃的な程に嬉しい言葉だった。

 自分は犯罪者の子供ではないのだ。

 ハルのエメラルドグリーンの瞳から、気付けば涙が溢れていた。


 落ち着かせるように、母が優しく頭を撫でる。


「聞かせて、お父さんの事。母さんが愛した彼女の……え、彼女……?」


 母親の言葉をゆっくりと反芻する。何度反芻しても、母は父親の事を『彼女』と呼んでいた。


「え、母さん?お父さんって……まさか!」

(えぇ!?もしかしてニューハーフなの!?)

「ふふ、そうよ。彼女は、貴女の父親は女性なの」

「に、ニューハーフとのハーフで……え?」

「ご、ごめんなさい。言い方間違えたわね。オネェさんじゃないわ。本物の女性なの」


 混乱状態のハルはなんとか考えをまとめようと逡巡するも、諦めたようにテーブルに伏せた。


「最初から説明を要求します」

「そうね、じゃあ出会い編から全部話すわ」


(長くなりそうだなぁ)

 ハルは嬉しそうに語り出した母に苦笑しながら、のんびりと話を聞くことにした。


「あれはね、まだ私が16歳の頃のことよーーー」



ーーーーー


 これは、ハルの母親スミレと、もう一人の母親メルが出会い別れるまでの物語。


 スミレの家は地元では知らない人のいない名家だ。

 広大な日本庭園にバカでかい屋敷。どこまで続くのか分からないような塀。今でこそ離れで暮らしているが、当時はこの大きな屋敷で暮らしていた。

 古くから続く薙刀と合気道の道場に加え、父親は家業を継ぎながら事業も成功させ、母親は華道、茶道、日本舞踊の師範をしていた。それゆえに、スミレは物心つく前から英才教育を施され、厳しい躾を受けながら生きてきた。

 父を除く異性との交流は一切禁止。一貫教育の女子校に幼少時代から通わされ、同級生との必要以上の会話も禁じられていた。

 勿論テレビも無ければスマホもない。

 小説でさえ、くだらない、という一言で読む事を禁じられた。

 それは本当に窮屈な生活だった。

 抜け出したいとずっと願っていた。

 友人から借りてこっそり読んだ小説のように、異世界にでもいけたら……それがスミレの願いだった。


 その願いは、すぐに叶えられた。

 勉強中に押し入れから光が漏れ、スミレは迷うことなく飛び込んだ。

 まさか魔物の巣の真ん中に落ちるとは知らずに。


 結論だけを簡単に説明するなら、スミレは助かった。

 50匹を超えるウルフの群れを相手に、合気道だけで立ち向かいながらも途中死を覚悟していた。

 それを助けたのが、ハルの父となる女性。

 灼熱の炎を髪にまとい、紅く燃える瞳でウルフを睨み付け、風と炎の魔法で次々とウルフを倒していく。

 その姿にスミレが惚れるのはもはや必然だった。


 二人はすぐ恋に落ちた。

 互いに惹かれ合い、身体を重ね、永遠の愛を誓い合って、同じ時を生きる契約も行った。


 彼女の名は『メルク・ヴェスナ』

 風の精霊と炎の精霊を宿す、珍しいエルフだった。

 普段のメルクは透き通るような金のウェーブがかったロングヘアーで、瞳はエメラルドグリーン。エルフにしてはやや粗野で乱暴な性格をしていて、スミレ曰わく、それがいいらしい。

 森の奥にあるメルクの家で、幸せな日々を過ごした。エルフ秘伝の女同士で子を為す秘術を繰り返し試し、スミレが身ごもったのは出会いから五年が経った頃だった。

 二人は幸せだった。


 幸せな二人を引き裂いたのは、人間だった。

 あまりに幸せな生活に、油断が生じていた。

 メルクは人間への憎しみをすっかり忘れていた。

 遊びに出ている所を盗賊に襲われ、メルクを庇ったスミレは深い傷を負って崖から落ちた。



「は!?崖から落ちた!?え、大丈夫だったの!?」


 それまで黙って聞いていたハルも、流石に聞き返していた。


「それがね、途中で意識無くなってしまったの。目が覚めたら自分の部屋で、怪我も消えていたし、服装も最初異世界に行った時の服に戻っていたし、鏡に映っていたのは高校生の頃の姿のままだったわ」

「え、でも……私は?」

「不思議よね、短かった髪は一瞬で伸びて、せっかく少し大きくなった胸が一瞬で……」


 悲しそうに顔を覆うスミレにため息しか出ない。


「で、私は?」

「慌てて病院に行って確かめたら、ちゃんと妊娠したままだったわ♪メルとの契約も残っているのよ」

「まぁ……産まれてるんだからそうだよね……」


 スミレは愛しげに左手の甲にあるメルクとの契約の紋様を撫でている。

 それは普段からよく見かける光景だった。

 百合の花を象った紋様は左の手の甲全体に描かれ、薬指の指輪に絡んでいるようにも見える。

 スミレはいつもその契約印を撫で、口付けていた。


「……異世界なんて突拍子も無いこと言ってるから、お祖父ちゃんに精神病扱いされてたんだね」

「ちょ、本当の話なのよ!異世界はちゃんとあるし、メルの事も……信じられないかもしれないけど……でも……」

「信じるよ。母さんが言うなら私は信じる。母さんの顔見てれば嘘じゃないって解るよ」


 それは本心だった。

 父親が犯罪者でないなら、むしろ異世界でもなんでもいいとさえハルは思っていた。


「でも、どうして今更話したの?」

「実は、昨日夢を見たのよ。綺麗な女の人がね、ハルを連れて帰ってこいって言うの。ハルを故郷に帰す時だって」


 もしかしたらあれは神様で、ハルを必要としているのかもしれない。ハルを安全に育てる為にこの世界に戻ったのではないか。

 スミレは起きてすぐにその疑問に至っていた。

 もうハルは16歳。

 今年の剣道全国大会では見事日本一に輝いた。日本刀も家の力を少し使って真剣を手に入れた。いつ異世界に行く事になっても構わないように準備してある。


「私もあなたに真実を話して、ハルの故郷に帰るべきだと思ったの。勿論、二人でね♪」

「異世界が故郷かぁ……」


 残念な事にハルには友人と呼べる相手が居ない。人というのは噂話が大好きだ。それが、街一番の資産家の孫娘なら尚更噂の的になる。

 家族と呼べるのも母であるスミレだけ。祖父母や伯父は、ハルを娘を狂わせた犯罪者の娘として忌み嫌ってきた。


「……ママに会ってみたいな……」

「ママ?メルのこと?」

「うん、母さんは被るから変だし。だったらママでしょ?メルクママ」

「ふふ、絶対に喜ぶわね♪」


 普通は行きたいと願ったからと行けるものではない。

 けれど、ハルは特別な存在だった。

 楽しく話をしている後ろで、居間の襖が突然光始める。


「母さん!……もしかして、異世界に行けるの?」

「もぅ、今まで何しても現れなかったのに。ハルに話した途端現れるって理不尽じゃないかしら」


 頬を膨らませて文句を言いながらも、スミレは念の為に用意しておいた二人分のリュックと、日本刀と薙刀を持ってきた。


「ハル、行く……いえ、帰るわよ。異世界に」


 深呼吸をして差し出された日本刀を受け取る。

 ずっしりと重いはずの日本刀が、むしろ軽く感じる。

 ハルの心に積もって絡みついていた忌々しい感情は全て消え去っていた。


「帰ろう、ママのところに。私の本当のふるさとに」



次回更新は三日後位になる予定です

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