魔法学
ごめんなさい!以前投稿した時に添削前のモノを間違えて投稿してました。
こちらが正しい12話になります。
足の踏み場がない。
それがスミレとハルの感想。
決して汚れてはいない。ただ、本当に足の踏み場がなかった。
「……うわぁ、ここ部屋なの?物置とか倉庫とか蔵とか……」
ハルの口から漏れたのは素直な感想だった。
壁は全て本で埋まり、ハルにはガラクタにしか見えない荷物が積まれ、床が一部しか残っていない。
「まぁ、私も最初は物置だと思ってたから、否定はしないけど。これでも私が片付けてるんだよ」
「へ、へぇ……大変だね」
テーブルの上に置かれた本を重ねて端に移動し、ソフィアは二人に座るように促した。
持ってきた黒板を壁際に立て掛け、新しい黒板を取り出して壁に掛ける。
「さて、それじゃハルの為に魔法学の講義を始めるね」
黒板にはハルには読めない文字で3つの単語が掛かれた。
「魔法には『魔石』『精霊魔法』『固有魔法』の3つが存在するの。魔力さえあれば誰でも使えるのが『魔石』精霊と契約して使うのが『精霊魔法』生まれつき備わっているのが『固有魔法』ね。因みにエルフの翻訳魔法は固有魔法だよ」
ビシッと黒板を指差しながら説明するソフィアの話を、ハルは興味深々に聞いている。
「『魔女』は精霊魔法が使える人のこと。精霊がエルフ側について人間から離れている今、精霊魔法が使える者は一人もいないの。つまり、魔女は存在しない。まぁ詳しい話は今度でいいわね。とりあえず、今日は魔石の説明かな」
床に置かれた大きな木箱から、木箱を取り出してテーブルに乗せる。
蓋を中には開けると中には様々な魔石が入っている。
ファンタジーだった魔法がハルの目の前にある。使えるのなら使ってみたい、それは当然の心理だった。
「『魔導師』は魔石を杖や武器に融合させて攻撃する人のことだよ。因みに、魔石は日常生活にも広く使われてるの」
「それが魔石?……使ってみたい!」
「ん?あ~、確かに魔力さえあれば誰でも使えるけど、ハルは自分の固有魔法すら使いこなせていないから」
「向こうには魔力って概念がなかったのよ。ハルは魔力の使い方が解らないだけだと思うわ」
「なるほど、だったら~……」
ソフィアは箱の中から魔石をひとつ取り出した。
水色の3cm程の小さな魔石。
窓際の空の花瓶をテーブルに置き、ソフィアは魔石を花瓶の上で握り締めた。
「これは水の魔石。魔力を流すと水が出るの」
手の中の魔石が青く光ると、蛇口を少しだけ捻ったように水が出てくる。
ハルは目を輝かせて、すごいすごいとその様子を見ている。
「魔力の量と魔石の大きさで一度に出る水の量が変わるんだよ。はい、掌に意識を集中して」
魔石を受け取り、ハルはソフィアを真似て花瓶の上で握り締める。
こういうのはイメージってアニメでは言うよね、とハルは水の流れをイメージする。
ーーポタ……ポタ……
「……あ、あれ?」
必死に魔力を流そうとするも、ハルの手から出たのは雫が数滴垂れるだけ。
「ちゃんと魔力を感じて」
「そう言われても……。私に魔力を流してくれたりしないの?」
「馬鹿言わないで。あれは師匠みたいな魔力操作が得意な人じゃないと危険なのよ」
絶対に生き物に魔力を流してはいけない。
それはソフィアが初めて魔力の流し方を教わった日に言われた言葉。
完璧な魔力操作をしなければ、相手が死ぬ。
それは決して脅しではないと、近所の子供が飼っていた犬に魔力を流して殺してしまったことで発覚した。
「じゃあ練習あるのみか」
ハルが諦めようとしたとき、背中から温かい熱のようなものが流れ込んだ。
「母さん?」
「ほら、魔力の流れを感じなさい」
「ちょっ!何してるんですか!危ないからやめて下さい!」
今危険だと言ったばかりなのに、とソフィアは慌ててスミレの手首を掴んでハルから離した。
「大丈夫よ。向こうで定期的にハルに流していたけど、何も問題は起きなかったもの」
「は!?バカですか!?もしハルが死んだらどうするんですか!」
「ふふ、貴女って意外といい子なのね♪」
「馬鹿にしてます!?」
二人のやり取りを呆れながら見ていたハルだったが、スミレの温かい魔力を思い出して、もう一度魔石を握り直して目を閉じた。
「温かくて、日だまりに居るみたいで、優しい気持ちになれる……。あれは母さんの魔力だったんだね」
ハルの周りが青白く光り、ふわっと風が巻き起こる。
眩しい程に輝いた魔石からは大量の水が溢れ始めた。
茫然とそれを見ていたソフィアだったが、花瓶から溢れる水に気付いて慌ててハルの体を揺すった。
「ハル!止めて!溢れてる!」
「!」
ハルが目を開けると花瓶から溢れた水がテーブルだけでなく床にまで広がり、大きな水溜まりを作っていた。
「ごめん、目瞑ってたから……、でも凄い……コレが魔法……」
「……あの小さな魔石でなんて量の水を……」
「呆けてないで早く拭かないと本棚に辿り着いちゃうわ。雑巾とかない?」
荷物が濡れないように片付け始めたスミレに促され、予想外の掃除をすることになってしまった。
数十分掛けて床の綺麗に拭き終えると、ソフィアは改めて講義を始めた。
「ハルの魔力は凄いね。あの小さな魔石でこんな大掃除になるとは思わなかった……」
「はは。でも、色も大きさも違う魔石がこんなにあるって凄いね。そういえば、魔石ってどこにあるの?洞窟とか?」
「……」
それも説明しなきゃダメなのかぁ、とソフィアは額に手を当てて天を仰いだ。
「『魔族や魔物』と『人間や動物』の大きな違いは、動力の違いでね。人間は心臓、魔族は魔石で動いてるの」
「じゃあ魔石は魔物から取れて、魔物の強さで魔石の大きさが違うってこと?」
「正解♪魔物の大きさではなく、強さで大きさが変わるの。魔物と魔族では魔石の種類が少し違うけど、理論は同じよ」
「へぇ……」
ハルはソフィアが出した大きさや色の違う魔石を楽しそうに見ている。
「赤は火の魔石、青は水の魔石、黄は雷の魔石。これらは生活に欠かせない魔石ね。あと透明のは無属性の魔石で、水晶板の原料になるの。一般的に使われるのはこのくらいね」
それを聞いて、ハルがずっと感じていた疑問が漸く解決する。
天井からぶら下がった電球。テーブルの端に置かれたスタンドライト。そのスタンドライトから壁に伸びるコード。
雷の魔石という黄色の魔石を手に取り、ハルは少しだけ魔力を流してみた。
「電気だ……母さん知ってたの?」
「知っていたけど、昔はコンセント式はなかったわ。100年経てば時代は変わるわねぇ」
スタンドライトのコードに触れながら、スミレは感慨深そうに呟いた。
精巧な時計や、コンセント式の家電。それらが100年という年月を浮き彫りにする。
けれど、ソフィアにとっては二人のそんな想いなど些細なこと。
楽しそうに電気を発生させるハルを見て、ソフィアは困惑していた。
ハルの魔力は、国一番の魔力を誇るエレナをも凌いでいた。しかも、通常一週間は掛かる魔力操作を一瞬でやって見せた。
エルフ故にハイスペックなのか、単にハルが優秀なのか。
「……ハルは、もしかして本物の勇者なの?」
「え?まさか。皆がそう呼んでるだけでしょ」
「私もさっきまではそう思っていたけど……」
この世界の誰もが知っている勇者の物語。
「……人類が絶滅の危機に瀕したとき、金色を纏いし勇者が異界より現れる。精霊の寵愛のもと勇者は全ての種族の心を一つとし、終に魔王を討つであろう」
ソフィアは有名な一節を諳じて、ハルの髪を一房手で掬い上げた。
「異界からは30年に一度位の頻度で人がくるけど、……こんな綺麗な金色はハルが初めてよ」
「それは……。でも、魔王はさすがに無理だと思うよ」
小さく首を振ったソフィアは、先ほどハルが魔力を流した魔石を手に取った。
「……うちの師匠は元王国魔導師の総隊長だったの。そんな師匠でも、魔王の足元にも届かなかった。でも、師匠はエルフ軍や獣人軍には互角だったのよ。まぁ、エルフ軍の長に負けて魔導師を続けられなくなったらしいけどね。で、貴女は現役ではないとしても師匠の魔力量を上回ってる。訓練を重ねればまだまだ強くなる。貴女なら、ハルならエルフの長にも魔王にもきっと届くわ。それにエルフだもの、皆の心を一つにする事だってきっと出来る。そんな気がするの」
『心を一つに』
その瞬間、ハルはビクッと反応して俯いてしまった。
元々、何も考える必要のない訓練が好きだった。
嫌な事があると、ひたすら竹刀を振り続けていた。
それは人の心から逃げるための、訓練というより、『現実逃避』だった。
ハルは日本にいた頃の自分を思い出し、申し訳なさそうにソフィアの手を握る。
「ごめん、やっぱり私は勇者じゃないよ。魔王を倒すより、種族の心をって部分がまず不可能なの。それに魔王退治なんてしてる暇ないよ。私は父を、もう一人の母親を探しに異世界に来ただけなんだから」
ごめんね、とぎこちない笑顔で言うと、ちょっと気晴らしをしてくるとハルは部屋から出て行ってしまった。
ソフィアとスミレの二人の間に気まずい空気が流れる。
「……わたし、何か、まずいこと言いましたか?」
「……はぁ、別に貴女は悪くないわ。悪いのはあの子の心が壊れるまで気付かなかった私なの」
スミレの脳裏に、まだ幼い愛娘が、何も映さぬ虚空の瞳で掌を鮮血に染めながら竹刀を振り続けていた姿が過る。
「……ごめんなさい。私はあの子が勇者であることを望まないわ。心の問題以前に、預言の最後の一節があるかぎり、ね」
「それは……」
わざとハルに教えなかった一節。
民間に伝わるモノとは違う、預言書にのみ記される最後の一節。
『勇者は人々の希望となるであろう。だがしかし、その信頼が崩れた時、勇者は無念のうちに灰となりて儚く散るであろう』