表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大掃除にライバル心を燃やすものたちと行き逢った話

作者: 三平×2

 暮れも押し詰まった、師走のとある休日。

 大掃除に大わらわの予定だった僕の部屋で、二人の付喪神が火花をバチバチ散らせながら睨み合っている。

 片や箒の付喪神である「箒神(ほうきがみ)

 片や雑巾の付喪神である「白容裔(しろうねり)

“神”という冠はついているものの、付喪神とは器物が年月を経て魂を得たモノ。つまりは妖怪である。

 まあ妖怪とは零落した神々ともいわれているから、神という認識でもあながち間違いではないのだろう。

 そんな二人のカミサマが僕の部屋の掃除の主導権を巡って、一触即発の視殺戦を繰り広げているのだ。

「こちらのお部屋はワタクシがお掃除いたしますから、そちらはご遠慮いただけるかしら? だいたいそちらは拭き掃除専門でいらっしゃるのでしょう? 掃除とは先ず掃き清めることから始まるのですよ?」

「あのねえ。掃き掃除なんて、所詮上っ面だけの掃除じゃないですか? 大雑把にしか埃を浚えないんですから。掃き掃除の尻拭いは拭き掃除がしてるんですよ? 結局拭き掃除だけですべての掃除はまかなえるんです!」

 英国調の正統派メイド服。頭には小さめのキャップをちょこんと乗せて、竹箒をまるで山伏が持つ錫杖のように構えているのが箒神。

 橙色の格子柄着物にタスキがけをし、手ぬぐいを姉さん被りにして、濡れ雑巾をヒュンヒュンと音を立てて回しているのが白容裔。

 年の頃なら二人とも二十歳前後か。どちらも女性の姿である。

 僕が感じ視る妖怪たちは、そのほとんどがなぜか女性の姿だ。

「妖怪をどう感じとるかは個人の資質と感性と趣味の問題」

 かつてある妖怪に断言されたことがあるが、彼女たちの容姿服装仕草属性などは、僕が勝手にそう視てしまっているのだという。

 確かに個人的な印象でいえば僕好みであるという事実は否めないが、それを認めてしまうのもなんだか悔しい。

「埃や細かなゴミをそのままに拭き掃除から始めると、落ちている砂粒などでフローリングを傷つけるのです。それに雑巾に付いた埃を何度も払わなくてはなりませんから非常に効率も悪くなります。これはヤフー知恵袋のベストアンサーにも選ばれている、れっきとした事実なんですよ?」

「箒ってのはねえ。細かな塵を舞い散らかすんですよ。舞った塵はまた落ちてくるまでに数時間もかかって、それを吸い込むとハウスダストアレルギーの元になるんです。これは朝のワイドショーでも特集されていた、正真正銘の事実ですよ?」

 ネットやワイドショーの情報を鵜呑みにしている妖怪というツッコミどころはひとまず置いといて、確かにどっちのいうことにも一理あるけれども、僕としてはさっさと掃除機をかけてしまいたい。

 箒よりも効率的だし、窓を開けて換気をすれば塵対策だって大丈夫だろう。ただし今それを主張する勇気は僕にはない。

 箒と雑巾でこれだけ揉めているのだ。科学で進歩した掃除用具を持ち出したら、部屋の主の僕自身がこの二人に祟られかねない。

「でしたら!」

 箒神の大人びた声がピシャリと響く。

「どちらが先に掃除に取り掛かるかは、御主人様に決めていただきましょう!」

 急に矛先がこっちに向いた。

 これは比喩ではなく、彼女が持っていた竹箒の柄が、まるで槍のように僕の喉元に突きつけられたのだ。

「なるほど、それはいいですねえ」

 白容裔が不遜に微笑む。

「アタシは大旦那様の言いつけならば従いますよ。まあよもや大旦那様が、お申し付けを取り違えられるとは思いませんけれども?」

 御主人様だ大旦那様だとは言っているが、まったく使用人らしい控えめさが感じられないこの二人。もっとも彼女たちを雇用した覚えは僕にはないのだが。

 二人の無言の圧力と燃え盛るような瞳の視線がプレッシャーとなり、ジリジリと僕を圧し焦がす。

 ああ僕はただ、早く掃除を始めたいだけなのに。掃き掃除と拭き掃除、正直どっちから始めたってかまやしないんだ。

「じゃあ、まあ、その、とりあえずってことで先に掃きそ……」

 パァァァーンッ!

 弾けたような音が鳴った。

 白容裔がヒュンヒュン回していた濡れ雑巾を、力いっぱい床に叩きつけたのだ。

 たっぷりと水分を含んでいた雑巾は、四方をピンと張ったまま床に綺麗にへばりついている。

「あらすいません大旦那様。少々手元が狂ってしまいました」

 雑巾をひょいとつまむと、白容裔はまたそれを回し始める。

 濡れた布の攻撃力の高さは僕も承知している。

 あの重量感あふれる打撃音を聞かせられては、考え方を改めるより他はない。

「いや、そうじゃなくて、その、選ぶ選ばないじゃなくて、じゃあ、あくまで順番という意味での先ということで、ふ……」

 ブンッッッ!!!

 拭き掃除の一文字目を口にしたその刹那、箒神の振り下ろした竹箒の柄が鼻先をかすめる。

「申し訳ございません御主人様。ワタクシ次は手元が狂います」

 堂々宣告された。

 これは殺人予告と同義なのではないだろうか?

 片手で竹箒を構える箒神の姿は、まるで北欧神話の戦女神のように神々しい。まあ神だから当たり前か。

 もはや僕に逃げ道はない。大掃除がこんなことになるとわかってたなら、普段から掃除を欠かさなかったのに……。

「アタシは絶対譲りませんよ? 今日この日この大掃除のために、この雑巾を新調したんですからね!」

 そう言って雑巾をヌンチャクのように振り回す。古雑巾の妖怪が雑巾を新調するというのはいかがなものか。

「ワタクシだって引き下がるつもりはございません。さあ早く彼岸へとお帰りなさい! ワタクシが逆立ちをしないうちに!」

 長居をする客を帰すには箒を逆さに立てるといいという御呪いがあるが、それなら今手に持ってる箒でいいじゃないか。何も自分が逆立ちすることはないだろうに。

「かつては祭事に使われていた、箒すなわち『掃き出し払うモノ』の言の霊ですね? ふふ、そんな迷信をアタシが信じるとでもお思いですか?」

 キミ自身がそんなこと言っちゃいけない。妖怪も迷信も紙一重。信じられてこそが花なんだから。

「なら掃除用具としての負けを認めさせるまでです。さあ」

 つとめて冷静なまま竹箒をサッと一振りし、正眼に構える箒神。

「ふふん。誰が負けるですって? この雑巾が顔に巻き付いたら最後、あなたは息が出来ないまま彼岸へと葬られるんですよ! 江戸二〇〇年の歴史を持つこの奥義! かわせるものならかわしてごらんなさいな!」

 どこから出したのか三枚になった雑巾を、まるでナイフでも放るかのようにお手玉する白容裔。

 その戯画的に描かれた殺し屋のような所作に「いやいや、キミたち掃除の意味を履き違えてないかい?」とツッコミたくなる。

 だいたい箒神が箒を刀の代わりにするっていうのも、どういう了見なのだろうか?

 山の神や厠神などと並びお産に立ち会う神様とされる箒神。

 女性が箒をまたいだりして粗末に扱うと、わざとお産に遅れてきて難産にさせるという言い伝えがあるのだが、その本人が箒を刀にチャンバラをする気マンマンというのは自己矛盾も甚だしい。

 一方の白容裔も白容裔だ。

 確かにその名と姿が記されたのは江戸時代の妖怪絵師、鳥山石燕が描いた「百器徒然袋」が初出である。

 そもそもは吉田兼好の「徒然草」に登場する「白うるり」という正体不明の言葉を石燕がもじって、古布巾の化け物として創作された妖怪だ。

「雑巾が顔に巻き付き窒息死させる」というのは、昭和中期以降に創作された怪談が、子供向け妖怪図鑑で白容裔と結び付けられた後付け設定にすぎない。

 奥義の歴史は二〇〇年ではない。いいとこ四十年なのだ。

「────」

「────」

 もはや殺気は爆発寸前。最高潮に高まっている。

 ちょっとでも火花が散ればすぐにでも引火するような空気の中、その音は唐突にベッドの下から聞こえてきた。

 ピピピッ。ピー。ぶぅーーーーーーーん。

「!?」

 切迫した空気にそぐわぬ機械音に緊張感がそがれた二人は、それでも臨戦態勢を崩さずぬままに、音の元へと視線を移す。

 ぶぅーーーーーーーん。

 大きめの動作音とともにベッドの下からぬるっと現れたのは、ロボット掃除機「ルンバ」だった。

 ルンバはゆっくりと移動しながら小さなゴミを吸引していく。

 最新鋭の掃除用具の登場に二人の目は大きく丸く見開かれた。

 僕は彼女たちとは別の意味で目を大きく見開いた。

 まずい。

 これはまずい。

 掃除機の提案すら躊躇したのに、さらに進化をたどった最先端の掃除用具なんて、問答無用で叩き潰されるに決まってる。

 僕にしてはそこそこ高価な買い物だったのだ。購入してまだ一ヶ月も経ってない新品なのだ。困る。非常に困る。

 おそるおそる様子をうかがうと、二人揃って顔を高潮させ、怒りを抑えているかのように体を小刻みに震わせている。

「あ、あの二人とも、これは別に掃除目的の機械なんじゃなくて、たまたま掃除的な機能もおまけ的に備わってるオモチャっていうかアクセサリーっていうかマスコットっていうか……」

「御主人様!!!」

「大旦那様!!!」

「はいっ!!!」

 あまりの剣幕にゴクリと唾を飲み込んだ。次に繰り出される質問に巧く答えられなければ、おそらく僕のルンバは彼女たちの手により天に召されるだろう。

「こ」

「こ?」

「この子、抱っこしてもいいですか!?」

「この子!?」

「ず、ずるいですよ! ワタクシが先です!」

 ハァハァと荒い吐息を漏らしながら、じりじりとルンバににじり寄る箒神と白容裔。こわごわ差し出される二人の手をよそに、ルンバは無機質に方向転換させながら部屋を移動し、己の職務をまっとうしている。

「かわいい……」

「ホントに……」

「こんな甲斐甲斐しく掃除をするなんて……」

「なんて聡明なのでしょう……」

「あ、あ、あ、こっち来た! ねえこっちに来ましたよ!?」

「さ、さ、さ、触っても大丈夫でしょうか!? 触っても泣いたりしないでしょうか!?」 

 張り詰めていた殺気はどこへやら。自分たちの遠い子孫を初めて目にした掃除用具の化身たちは、まるで初孫と対面したかのように顔をデレデレに緩ませている。

 箒神はもはや箒を放り出した。もしも他の産神がこの姿を見たなら、呆れ返って声も出ないだろう。

 大掃除とは新たな神をお迎えする準備でもある。ならばこの場合、祀られるのはルンバなのだろうか?

 箒も雑巾も掃除を忘れ、絶望的な進行状況に陥っている今年の大掃除を前にして、僕はあることを心に決めていた。

 来年の大掃除は絶対十月にやることにしよう、と。

 八百万の神様たちが皆、出雲大社に出払っている神無月ならば、付喪神に掃除を邪魔されることはないだろうから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ