92話 キマイラ戦 3
ヒュウガが目の前で吹き飛ばされた。
それを視認した直後には、巨大な拳が目の前に迫ってきていた。
身体は宙に浮いて対応出来ない。それどころか、迫ってきている拳を瞬間的に認識しただけで身体は反応すら出来ていなかった。
しかし、一瞬後には移る景色は寸前とは違っていた。巨大な拳とそれに繋がった巨大な体躯は置いてかれるように目線の先を通り過ぎていた。
「あっ、ぶねぇ!!」
その声が聞こえたのは真横で、そこには焦ったように目を見開いたエルモアが居た。
(エルモアが、俺を抱えて飛んでいるのか?)
俺がなんとなく理解したと同時にエルモアは壁を蹴り、次の瞬間にカエデやアキハの居る場所まで移動していた。
「大丈夫かアルト」
目の前の怪物から視線を外さず、声をかけるカエデの声が震えていた。
カエデだけじゃない。エルモアやミアを抱えて少し遠くから見守るアキハも不安げな表情をしている。
何が起きたのか状況も全く理解してないが、ただこいつらの不安が少しで和らげばいいと俺は「ああ、大丈夫だ」と答えた。
「......それなら、いい」
「なんだよ。なんか言いたそうだな」
「......お前がキマイラの頸を斬った直後、あの怪物が現れた」
カエデは自分の感情も俺の声も遮ってこの数瞬間に起きた事を話し出す。
「怪物?」
「あれだよ」
エルモアが指をさし示した先に目を向ける。
トンネルに巡る無数の電球に照らされたその怪物の姿を見て、俺は思わず息を飲んだ。
「なんだ......あれ.....」
前よりも一回り巨大な体躯と、背中には翼が追加されている。尻尾の蛇を二匹に増え、殺気なのか纏う圧も比べ物にならない。
そして何より異様なのは獅子、山羊、熊、馬、狼の五つの顔があること。
気持ち悪さ以上にその容態の不気味さが勝る。
「あれがキマイラの死体から現れ、お前をぶっ飛ばそうとした。それを、ヒュウガが庇った」
「......ヒュウガは?」
「......」
カエデは答えなかった。カエデだけじゃない。エルモアやアキハも顔を伏せて、誰も答えなかった。
だから俺は「そうか」と一人勝手に納得した。
「あれがキマイラかキマイラとは違う別の何かなのかは知らないが、とりあえず、あの怪物は倒すって認識で間違いないな?」
ヒュウガが、俺を庇って死んだ。
「じゃあ、倒そう。あの怪物を倒さなきゃここのトンネルは通れないし、そもそもあっちが俺らを殺そうとしてる訳だし」
俺未熟だから。ヒュウガに無理をさせた。
「カエデ、エルモア。まだ動けるよな? さっきのヒュウガと三人でやってたスタイルで行こう。そんで余裕ある誰かが頸を斬る。よし、それで行こう」
俺のせいでヒュウガが死んだ。俺のせいで。
「ヒュウガの代わりは俺がをやるよ」
未熟な俺は、せめて誰かの代わりにならなきゃ行けない。
「カエデ、エルモア。行くぞ!」
それが俺の役割だから。
『気持ち悪いな、アルト』
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俺の提案にカエデとエルモアは少し不安そうな様子を見せつつも、承諾してくれた。
エルモアが動き出すと同時にカエデが『十文字』を放つ。蒼焔の十字架が顔面に命中した直後にエルモアの最速が怪物の右腕を切り落とした。
「なぁ、カエデ」
「ああ、わかってる。多分エルモアも」
「「脆くなっている」」
前のキマイラはカエデとエルモアがどれだけ攻撃してもほとんど傷が付かない程だったが、新たに姿を現した怪物はその巨体に反して耐久度が明らかに低くなっていた。
これなら行ける。そう思った矢先、怪物はさっきまでとは比べ物にならない程の再生速度と共に、切り落とした腕とは全く違う、細く巨大な腕を作り出した。怪物はその腕を振り、勢いよく拳を放つ。
「......ッ?!」
隣にいたカエデが数十メートル先まで吹き飛ばされった。
「カエ......っ!」
人の心配をしてる余裕がどこにあるだろうか。
次はお前だとでも言いたげにキマイラの再び拳を放っていた。直前で気づいて後ろに飛び退いたのと、エルモアが助けに入ったことで辛うじて直撃は躱した。しかし、拳の威力からなる風圧にバランスを崩し吹き飛ばされる。
「痛ってぇ......おいアルト、お前盾役やるとか言ってなかったか? 出来ないなら最初っからやるなよ」
「出来なくても、やんなきゃならないだろ」
後頭部抑えながら立ち上がり、エルモアがこちらを睨む。
確かにエルモアの言う通りだが。
「俺のせいでヒュウガがやられたんだ! だから!」
「別にそういうのはいいんだよ!」
「い、良いわけねぇだろ! ヒュウガは!」
「なにやってるんですか! 次来ますよ!!」
互いの感情がぶつかり合い、言い争いになりかけるがそれを怪物が待ってくれる筈がない。アキハが声で怪物の攻撃に気づく。
俺は咄嗟に『陰層天守』で防御したようとしたが、それよりも早く蒼い焔がキマイラの腕を焼き尽くした。燃える腕を見て後ずさる怪物をエルモアが追い討ちをかけるように『黒雷』を放つ。少し遅れるもアイツが俺と入れ替わり『無限月華・陰刃』で威力を上乗せし、キマイラを吹き飛ばす。
(やっぱり、脆いよな......)
攻撃の入り易さや耐久度の低さに俺はクエスチョンマークを浮かべる。すると怪物の拳に吹き飛ばされていたカエデが戻ってきた。
「あれは、蟻の腕だ」
「カエデ! 無事だったか!」
「ああ、大剣を盾にして直撃を防いだからな」
「それで? 蟻の腕ってどういう事だ?」
無事を喜ぶ余裕も今はなく、カエデの謎発言にエルモアが耳を傾ける。
「本で見た事がある。蟻の中には自分の体重の何百倍を持ち上げられる蟻がいると。多分あの腕はその蟻の腕だろう」
「それを食らって無事なお前も凄いな」
「自慢話か? あの腕の招待暴いてくれたのは助かるが自慢話は聞きたくないぞ」
「いや、俺が言いたいのはそこじゃない」
感心する俺と呆れるエルモアを端に、カエデは怪物を見つめていた。
「あの怪物の、異能力の効果は『負傷した部位から別の動物の部位を再生する』ものだと思う」
「長いな。どういう事だ?」
「聞いての通りだ。名称はわからんが、能力は間違いない。そして、前のキマイラにはそれがなかった」
話を聞いていたエルモアが何か思いついたように手を叩く。
「まさかあの怪物、そういう作りなのか?」
「だろうな」
「そういう? 作り?」
イマイチ話についていけない俺にエルモアが丁寧に説明する。
「多分元からキマイラは二体居た。いや、正確には一回倒す前提で作れたんだ」
「一回倒す前提?」
「ああ。一体目は耐久度が異常に高い代わりに異能力が使えない。二体目、つまり今戦ってるのは耐久度が低い代わりにあの異能力が使える。ってことだろう」
「なるほど」
確かにそれなら耐久度の差にも納得いく。でもそれって。
「やる意味あるのか?」
「わからない。そもそも、キマイラが作られた理由すらわからない」
「......そうか」
わからないものを考えても無駄だと、互いに言い聞かせ怪物の方を見る。
というか、吹き飛ばしたとはいえ、ぷつりと攻撃が無くなったことの不気味さに無理矢理話を終わらせたまである。
少しして、響く足音共に怪物は暗闇の先から再び姿を現した。
カエデに燃やされた右腕は左腕と同じように鋭い爪の生えた腕に変わっている。
(......来る!)
俺は刀を強く握り身構える。
けれど怪物は動かず、それどころか刃物のような鋭利な爪で自らの巨体を切り裂いた。何度も何度も切り裂いた。
意図のわからない自傷行為に呆気を取られていると、カエデが何かに気づいたようで、アキハにミアと自分の身を守るよう指示を出したその時、切り裂かれた怪物の体から針のようなものが飛び出した。
「なっ?!」
意表を突かれた怪物の攻撃に反応が遅れた。飛んでくる針も速く防御が間に合わない。
殺られる。
死を感じたその時、針は目の前で弾かれた。
(......今度はなんだ? カエデか? エルモアか?)
何が起きたか全く状況が掴めない中、突然、灰色の長い髪と巨大な翼が視界を覆った。
「......お待たせ」
なんか終わり方微妙だなぁと思いつつ、長引かせてもぐだるだけなのでこの辺で




