87話 ヒュウガの強さ
目の前の、森を蹂躙した氷を前にヒュウガは深くため息をついた。
それは戦いの疲労からか、それとも視界の端に映ったカエデの様を見てか。
「そんなところにいるな脳筋。巻き込まれても知らねぇぞ」
......恐らく後者だろう。合流したカエデに罵倒なのか心配なのか、よくわからない文句をぶつける。
「それは悪かった。それと、俺らが居た事を考慮して範囲を抑えてくれたことも、ありがとう」
「お前らじゃない。愛しの妹の事を考えてだ。お前は巻き込まれても知らん」
文句なのか心配なのか、ツンデレなのかただ性格が悪いだけなのか、やはりよくわからない態度を見せる。それに対して真顔で「そうか」と頷き、話しを続けるカエデも中々なのだろう。
「それより、ロレイはどうなったんだ? 倒したのか?」
カエデの質問にヒュウガはもう一度ため息を吐き、例のドリンクを渡して聞き返した。
「フラグを立てるな馬鹿。倒したの定義は『殺した』か? 死徒の殺し方と照らし合わせて殺せたと思うか?」
「......殺しては、いないのか」
「殺すまでやる余裕が何処にあったんだよ......」
二度目のため息の理由をなんとなく察し、全員の雰囲気が暗くなる。
カエデがドリンクを飲み終えたのを見て「行くぞ」の掛け声とともにオレ達は歩き出した。
「もう一人の。絶殺はお前が背負え」
「なんでオレが」
「お前は疲れねぇからだよ」
「......ちっ」
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道中は静かだった。絶殺の寝息が聞こえるほどに。
普段あれだけうるさいアキハも、このくらい空気に飲み込まれているようだった。
「......待て」
突然、ヒュウガが制止してきた。
何かと聞こうとすれば、ヒュウガは「靴紐が解けた」としゃがみ込む。
「......さっきも結んだだろ」
「解けたもんはしょうがねぇだろ」
「数メートル歩く度に解けるような靴履くなよ」
「うるせぇな、アスエからの貰いもんなんだよ」
正論を言ったつもりが貰い物と言われては何も言えない。貰い物を大事するようなタイプには見えなかったが意外とそうでもないらしい。。
「ヒュウガ、別に、隠さなくていいだろ」
妙に念入りに紐を結ぶヒュウガに、少し呆れたようにカエデが言った。
なんのことかさっぱりわからない。そんな様子が伝わったのか、カエデはヒュウガの背中を見つめながら淡々と説明する。
「ヒュウガは異能力を使って周囲に死徒が居ないか調べてる」
「周囲に? どうやってだ?」
聞き返すと、カエデは不思議そうな表情を向ける。
「......そういえば、お前と話すのは初めてか。十年以上一緒に居たのにな......なんというか、変な感じだ」
何を言い出すかと思えば......どうでもいい話だった。
「いや、聞いてねぇよ。さっさとヒュウガの方の話をしろ」
本当に、どうでもいい話だ。
カエデに話すよう急かせば、少し残念そうな表情をして再び話し始める。
「ヒュウガの氷の異能力は空気を冷やしたり、自身から冷気を発することが出来る。それに、ヒュウガは温度の変化にも敏感なんだ」
「温度の変化に、敏感?」
「こうすると、少し温かくなるだろ?」
そう言ってカエデは手から蒼焔を出す。
確かに温かいが......。
「この『温かくなった』という『温度の変化』にヒュウガは敏感なんだ。それも、人が冷気に触れたことに気づくくらいに」
つまり、ヒュウガは周囲に冷気を撒き散らして、その冷気に触れた相手を判断できるのか。
「度々靴紐が解けたと言って止まったのは、死徒が居たからか?」
「恐らく。俺もある程度は出来るが、ヒュウガほど広範囲でもなければ、すぐ気づける訳でもない」
出来るだけでも凄いとは思うが、この無駄に顕著な男はそれじゃ満足しないんだろう。
それに、これはカエデが劣っている訳じゃない。ヒュウガが異常なだけだ。
「ついでに言いますと、この男、私達の身体が冷えないように私達の周囲だけ空気を冷やさないでいますよ。無駄にキザって腹立ちますね」
「別にキザってないよ。愛しの妹とその他戦力三名のための気遣いはしてるけどね」
「キモイし寒いです。カエデ熱ください」
「わかった。火傷しないように気をつけろ」
「き、キモイ......」
見苦しいやり取りに思わず呆れるが、ヒュウガの凄さに感心してる自分もいるのが腹立たしい。
ただそれ以上に、これ程のことが出来たなら、気にならざるを得ない。
「......ロレイを、倒そうと思えば倒せたのか?」
靴紐を結び終えたらしく、立ち上がるヒュウガに直接聞く。実際はどうなのかと。
「そんな余裕がなかった。そう言ったはずだ」
「じゃあ聞き方を変える。互いに有利不利の条件状況ない状態でロレイと戦ったら、お前は勝てるのか?」
ヒュウガは長いため息と共に、聞き返した。
「何故そう思う?」
鋭い視線に思わず息を飲む。
それは二人も同じようで、少したじろいでいる。
ここで言葉を返せたのは俺が強いからでもなんでもなく、ただ普段のヒュウガの曖昧な態度に対する苛立ちからのものだろう。あとはほんの少しの好奇心か。
「お前、今まで本気で戦ったことないだろ。少なくとも、オレの知る限りじゃ一度もない」
拾段と戦った時も。オレらと戦った時も。
この男は一切本気を出していない。
でも。
「ロレイと戦った時、ロレイに向かってあの大技を使った時、その片鱗が見えたような気がする。気のせいじゃないはずだ」
「......拾段の時はお前に俺の戦い方を見せるため、決戦はお前の実力を測るため、さっきのはお前らを守ることを優先したためだ」
「手を抜いた理由は聞いてない。知りたいのはあんたが本気でやったらロレイに勝てるかどうかだ」
オレの意見を聞いたヒュウガは少し考え「本気を出してないのは、俺だけじゃない」と言った。
「お前らも感じたと思うが、ロレイは慢心含めて、本気で戦っていない。まだまだ上があるだろうな」
「わかってる。だがロレイも、お前と戦った時、多少なりとも本気は出したはずだ」
今度はこちらがヒュウガを睨みつける。
その視線をどう思ったのか、ヒュウガは視線を逸らし、面倒くさそうな表情をする。
「俺もまだまだ手札は隠してるし、ロレイも本気が見えてないから安易に勝てるとは言わないが、ただ一つ言えるのは......」
ヒュウガは歩いてきた方向、ロレイを吹き飛ばした方向を見つめた。
「あいつが本気で殺るなら、俺も本気を出すしかない。お互い本気で殺りあって、どっちかが死ぬ」
断言すれば、その緊張感は嫌という程伝わってくる。
解けかけていた集中力が引き締められた。という意味では良いのか。
「行くぞ。あまり、時間がないからな」
吐き捨てるよう言っては振り返り、ヒュウガは再び先頭を歩き出した。
これが今年ラストになります。
今年は忙しくてあまり投稿出来ませんでした。
来年はもっと頑張ります。とりあえず、四章終わるくらいまでは書きたいと思っているので、どうぞ、よろしくお願いします。
では、良いお年を!




