59話 決着と看病
完全に力尽きた俺は受身を取れず倒れるように落ちた。
もう動けない。これ以上戦えない。でも手応えはあった。確かに刀は頸に届いた。これで終わりだ...
「とでも思ったかよ...」
倒れ伏せる俺の耳に届いた確かな声。思わず見上げるとそこには片腕と顎がまだ再生しきっていないロレイがいた。
(顎...まさか...!)
「お前は保証を掛けすぎた。安全策を取りすぎた。腕だけ斬っておけばいいものを足まで余計に斬ったから狙いがズレたんだよ」
狙いがズレた。
ロレイは治りかけの腕で斬られた顎を指し言った。
「四肢を斬られた時は普通に焦ったよ。まさか、最初に腕を斬った時点で四肢も斬っていたとはな...」
ロレイは俺のやった事に感心しながら重いため息を吐いた。
「そしてお前は俺が逃げると、避けられると思って足も一緒に斬った。確かにその考えは正しい。だが結果的には足を斬ったせいで俺は自分の体を支えるものが消え、落下した。そして、本来斬れるはずだった頸がズレ、顎を斬る事になった...残念だったな」
「最後の最後で俺は判断を誤ったのかよ...クソがっ!」
自分の愚かさと悔しさが胸の奥から沸き上がってくる。
今すぐにでも自分殴って、こいつの頸を斬ってやりたい。今なら小細工無しで斬れるだろうから。
けど体が動かない以上何も出来なくて、それがまたもどかしい。
「そこまで自分を責めなくていいと思うぞ」
ロレイがこちらを覗き込むように視線を合わせ言う。
「アルト、お前はあの瞬間、俺を、一瞬を超えたんだ。例え倒せなくてもそれは誇っていい。そして、死徒になってから何度でも俺に挑めばいい。受けて立ってやるよ」
「...そうか。俺はお前に負けたら連れてかれて死徒にされんのか...」
ギリギリの戦いをしてたもんだからてっきりロレイも俺を殺すつもりだと思ってた。
どうやら違うらしい。
こいつは元から俺を殺すつもりはなく、連れ去るつもりで戦ってたのか。それに俺は負けたのか。
「...そりゃ嫌だな」
俺の発言にロレイが意味がわからず首を傾げている。
(戦ってる時以外はこいつは馬鹿なのか?)
あまりにも理解が悪いもんだから俺はロレイを睨みつけてはっきりと言ってやった。
「だから!死徒になるのも、お前に勝てないのも嫌だってんだよ!!」
言い終えると同時に俺はあいつと入れ替わり刀を振るう。
『無限月華・陰やい...ッ!!」
しかしロレイの反応速度は負傷していてもほとんど変わらず、刀が届く前に蹴りを入れられてしまった。
「いくら相手が手負いだからと言っても工夫もなしに攻めるやつがいるかよ」
先程の賞賛とはうって変わり蔑むような目であいつを罵った。
「あっちのアルトならまだしも、技術も入れ替わりも、あの眼の力もないお前はじゃ俺には勝てねぇよ。大人しく寝てろ」
そう言ってロレイは俺にかなり重い重力を掛ける。
あいつも必死抵抗していたがそれでもこの重力は振り払えず、やがて体力の尽きた俺は意識を失った。
倒れる時誰かの俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
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「...ってうおぉ!生きてる!」
目を覚ますと、そこはよく見たことある天井だった。
「...何故?」
俺は意識を失う前の記憶を思い出しながら状況を整理する。
(確か俺はロレイに負けて...だったはず。けどここは東洋異能力学園、医務室の天井だ。何度も見てきたんだ見間違えるはずはない。じゃあどうやって戻ってきた?あの状況からどう戻って来る?...死に戻りでもしたか?現実味ないか。いや、異能力が存在するんだからワンチャン...ないか...)
そんなあるかないかわからないものを考えながらとりあえず体を起こす。
すると自分の右足付近に何か重さを感じた。
そちらへと目を向けみると可愛らしい寝息を立てるミアがいた。
「ずっと看病してくれてたのか」
「目覚めたようだね」
何を思ったか俺がミアに手を伸ばした時、背後から声を掛けられた。
俺は咄嗟にのばした手を引っ込め、声のした方視線を向ける。
「ユスケ...」
「大丈夫。君がヴァイズさんに手を出そうとしていたことはアキハとカザミとハヤテとカエデとエルモアにしか言わないから」
「それ全員なんだよなぁ」
久しぶりに会う友人からなかなかな挨拶を貰ったところで俺は疑問を聞くことにした。
「あのさ、俺ってどれくらい寝てた?というかそもそもどうやって帰ってきたかわかる?」
「意外と元気なんだね。でも、質問は一つ一つにして欲しいな」
「ああ、悪い」
俺は申し訳なさと醜態さに顔を隠すようにして頭を下げる。
ただユスケはそんな事を気にした様子もなく、少し笑顔になって答えた。
「まず、君は丸々三日間寝てたよ。そしてその間はずっとヴァイズさんが看病してたよ。先生達から依頼の報告書出せって言う命令を無視してね」
「そんなにか...なんか悪いことしたな」
「気に病むことはないよ。これは彼女の意思だし、君もそれなりに酷い怪我だったからね」
「酷い怪我?そうなのか?」
「眼が特にね。ヴァイズさんが運んできた時は血涙を流してから、一目見た時は失明してるのかと思ったよ。まあ、そこまで問題なかったから良かったよ」
眼から血涙...擬似認識・影世界の負担だろう。
しょうがないといえばしょうがないのだが、
「失明なんてなったら、ミア怒るだろうな...」
俺がそう呟くとユスケが意外なものを見たかのように驚いている。
どうした?
「ああ、ごめん。君がまさかそんなことを言うとは...いや、言うんだろうけど、一言目にそれが出てくるとは思わなかった」
「何故?」
「眼が見えなくなればそもそも死徒狩りとして事実上の死に値するから、普通は自分のことを真っ先に心配すると思う。けど、君が心配したのはヴァイズさんに怒られないかという事だったから...確かに、これはハヤテ達がからかいたくなるのも頷けるよ」
「なんだよそれ...俺はあくまでもパートナーとしての心配であって、それ以上の感情はない!」
「はいはい。わかったわかった」
「絶対わかってないだろ...」
それから少しの間ミアを起こさない程度の声量で談笑した後「話戻すけど...」とユスケが真面目な空気を作って話し出した。
「僕は眼は治せないよ」
「ん?治せない?どういう事だ?」
「性格には形は治せるけど、視力は治せないってこと。これは眼に限らず、耳や鼻もそう。形は治せても感覚までは治せない。それが僕の異能力だから...気をつけてよ」
「さすがに万能じゃないか...でも、しゃーない。治して貰ってるだけありがたいし...」
その先は口にしなかった。言う必要がないと思ったからだ。
「まあ、よく帰ってきたよ。よく目覚めたよ。今はそれだけでいいさ。まだ体力戻ってないだろうし動けるようになるまでは好きなだけ休んでていいよ」
ユスケはそれだけ言い残し部屋を後にした。
「ん...あると...?」
ミアが目を覚ましたのはその直後だった。
「わたし...ねれたんだ...おはようあると...」
寝起きだからか上手く呂律が回ってない。眠たそうに目を擦りながら俺のことをじっと見つめて数秒。
「アルト...起きたんだ...よかった...」
一瞬、驚いたように目を見開いだがすぐに安心したかのように胸を撫で下ろした。
「大丈夫...?どこか痛いところは...眼は大丈夫なの...?」
ミアは落ち着くとすぐに俺の体の心配をした。
「ははは...母さんかよ」
まるで母親かと思うくらい優しくて、過保護でそれが少し面白くて思わず笑みが零れる。
(そう言えば、この感じも久しぶりだな)
ミアは何故俺が笑っているのか理解できないようで、可愛らしく小首を傾げている。
(もしかしたらユスケは気を使って部屋を出て行ったのかもしれないな)
今度会ったらお礼しようと密かに思いながら俺はミアに向き直り、いくつか質問をする。
「ミア、俺が倒れた後...じゃわからんか。えっと、あの後どうやってここまで帰ってきた?ロレイはどうした?」
ミアは少しだけ暗い表情で説明した。
「私が駆けつけたのはアルトが倒れた直後...一応声は掛けたけど...ロレイは私を見た瞬間に、
「ちっ、もう来やがった...めんどくせぇな...しょうがねぇ、分が悪いから今日は引いてやる」
って言って森の中に消えてった...追おうと思ったけどアルトが心配だったから...その後は御者の人が目を覚まして、帰った...」
「そうか...色々疑問に残る部分はあるけどとりあえず、ありがとうミア」
「うん...アルトも無事でよかった...」
ミアは心の底から嬉しそうに笑った。
その笑顔に俺は思わず目を逸らしてしまう。何度も言うが不意打ちはホントに慣れない。
今回の依頼、任務は達成したがロレイという脅威は仕留め損ねた。俺もアイツもロレイに負けた。その不安は大きい。でも生きて帰って来れた。またこうやってミアと笑いあえてる。なら俺が死にかけるくらいまで戦った意味もあっただろう。そう思えた。
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深い森の奥、一人の男が斬れた腕を押さえ寝転びながら呟いた。
「やっぱあいつは俺の驚異になりましたよ...旦那...」
男の名はロレイ・グラード。アルトが仕留め損ねた異死徒であり、学園の裏を知るものである。
予定ではこの回で終わるつもりでしたが、文字数が多くなったので次回で終わりです。
お楽しみ!




