98話 また一難
「生きてるかな?」
誰かの声が聞こえる。気絶しているにも関わらず、自然と耳を通り、脳に直接届くような声。
そんな声の持ち主をハヤテは一人しか知らない。
「リヨウと、リュウト?」
「やあ、無事そうで何より」
「ん」
名前を呼ばれリヨウとリュウトが愉快そうに返事をする
「二人とも......なんでここに?」
「ヒュウガさんに呼ばれた。と言えば伝わるかな?」
「ヒュウガさんに? あぁ、そういうこと」
ハヤテの質問にリヨウは短く答える。
もう少し詳しく答えて欲しいと思うハヤテだが、この二人があの夜に居た事を思い出し納得する。
「ヒュウガさんは僕らを保険に置いといたんだ」
「保険?」
ハヤテの納得した様子を見てリヨウは座り込み、目線を合わせて話し出す。
「そう。もしキマイラの討伐が失敗した時、ヒュウガさんは君達だけでも逃がすつもりだった。そして逃がした君達と僕とリュウト、このメンバーで次の遠征の時にキマイラを倒すためにね」
「それで合流が遅れたんだね」
「いや、それはリュウトが道に迷っただけ」
「あ、そうなんだ......」
「悪い」
申し訳なさそうに頭を下げるリュウトを見てハヤテの関心が薄れていく。
「それで? ヒュウガさんや何人か見当たらないけど......失敗したのかい?」
「......キマイラは倒したよ。ただ」
「ただ?」
ハヤテは気を失う前のことを思い出し俯く。
「キマイラの内側に爆弾が仕込まれてた。それが起爆して、僕らは助かったけど、ヒュウガさんやアルト達は......」
「そう......」
キマイラが死亡したタイミングで爆弾のスイッチが入り、そして時間が経って爆発した。
死徒でありながら死亡したキマイラの体が消えなかったのも爆弾を隠すためのカモフラージュ。爆弾を仕込んでいたのはキマイラや死徒の情報を奪われないためだろう。
そこまで予想が着いていながら確証が持てず、行動を起こせなかった。結果、ヒュウガよりも気付くのが遅れ被害を増やしすことになった。
ハヤテは己の愚かさを深く憎んだ。
「ヒュウガさんが死んだって決めつけるのは早いんじゃないかな?」
「え?」
落ち込むハヤテにリヨウが笑いかける。
「あのヒュウガさんだよ? 多分無事じゃないだと思うな。それに前にも一回、死亡説囁かれたけど実際は二年間あっちこっち歩き回ってただけだったらしいし、多分無事だよ」
「慰めにしては根拠が薄いね」
「慰めなんだからそんなもんだよ」
リヨウは手を差し伸べ、ハヤテはその手を掴み立ち上がる。
「それに、君達は無事なんだ。ヒュウガさん達が無事でもおかしくない」
「それも、そうかもね......ありがとリヨウ」
「どういたしまして。さ、早く拠点に戻ろう。みんな疲れてるんだろうし、こんな時に死徒に襲われたら一溜りもないよ」
「変なフラグ建てるのやめない?」
リヨウの言葉にハヤテが少しだけ元気を取り戻した頃にはカエデや他の者達も目を覚まし出した。ハヤテと似たようなことを言って。
「......リヨウ、なんでここに?」
「そのやり取りはさっきハヤテとやったから割愛で」
全員が目を覚まし、意識がはっきりしたところでリヨウの案内で拠点に戻ることになった。
動物達はハヤテ達が目覚める前に先に拠点に行かせ、無事を伝えるようリヨウが指示を出している。
後はハヤテ達が戻るだけ。
キマイラの件もそうだが、その前の地形変化による被害も甚大で、リヨウ曰く、遠征は強制終了になるだろうとの事。
アルト達の捜索も考えて今更ながら疲れていることを自覚したように、ハヤテは足取りが重いように感じた。
それも拠点に戻れば少しは楽になれるだろうか、そう思い歩き出そうとしたその時、上空から一つの影が落ちてきた。
「よう、久しぶり。全員いるか?」
馴染みないのない声。
けれど、なんとなく嫌な感じのする声。何よりカエデとアキハがその声を聞いて目を見開いていた。
「みんなのアイドル。ロレイ君が遊びに来たぜ!」
首元に刻まれた拾壱の文字を照らされながら、最悪の敵がハヤテ達の前に現れた。
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なんでここに? 言い飽き聞き飽きた言葉がその場にいた全員の口から漏れそうになる。
表情から察したのかロレイは愉快そうな表情で話した。
「いやぁ、俺もさ、連れてきた死徒は全滅したし俺自身もヒュウガ先輩にこっぴどくやられて、撤退しようって思ってたんよ。ただ、少し休んでたら急にトンネルの方で爆発が起きて、気になって見に来たらお前らが居たって訳」
至極当然な理由だ。その当然な理由のせいで窮地に立たされているのが皮肉過ぎる。
一難去ってまた一難とはこういう時の言葉だろうと、疲れからかハヤテは関係ないことに思考が行っていた。
「死徒としては初めましての奴も多いな、まあ、殺し合おうぜ」
「ルビと発言が合ってないよ」
皮膚を刺すような殺気と共にロレイは構えを取る。より早く、リヨウがハヤテ達を庇うように前へ出て銃剣の引き金を引く。
不意打ちのリヨウの音弾は直撃し、途端ロレイの体は痺れたかのように硬直する。その隙を逃すことなくリュウトがロレイの懐へ飛び込み、そして右手から青白く輝く光を放つ。
「......ッ?!」
森を半壊させる程の火力を持つリュウトの一撃がロレイに撃ち込まれた......はずだった。
波動の一撃を放ったはずのリュウトは吹き飛ばされ、代わり眩い光の中から現れたのは左半身だけが消し飛ばされたロレイだった。
「危ない危ない。もう少しで死ぬところだったわ」
「......どういうことだい?」
「もう少し拘束が強いか、リュウトの火力があと二倍くらいあれば俺も死んでたかもな」
並の死徒どころか数字を持つキメラですら跡形もなく消し飛ばすことの出来るリュウトの火力と神経を直接狂わせるリヨウの音。それらすらロレイの前では足りないとこの男は言った。
「ハヤテ、先に行け!」
「え?」
「このままじゃ全滅する! その前に、せめてお前だけでも逃げろ!!」
「でも......」
二人のコンビネーションが効かなかったことでカエデが叫ぶようにハヤテに言う。
戸惑うハヤテをポチが無理やり背中に乗せて飛び上がる。
「逃がすわけないだろ」
「逃がせよ!」
「は? 嫌だよ」
「だから、逃がしてやれって!」
失った左半身を瞬時に再生してハヤテを追い、そのロレイを止めるようにカエデが前に立ち大剣を振り下ろす。
だが、振り下ろされる大剣よりも強力なロレイの一撃にカエデは吹き飛ばされる。
カエデを押し退けた一瞬にエルモアが最高速度で突進する。エルモアの速さも相まってロレイは避ける間もなく、彼を受け止める。
二人が稼いだ数秒はハヤテが逃げ切るには充分だった。
「あーあ、逃げちったよ......まあ、いい。六人も居れば多少は楽しめるだろ」
エルモアを押し返し、ロレイは再び構える。
カエデ達もロレイを囲むように立ち、それぞれ武器を構えた。
今の彼らは実力的にも体力的にも余裕が無い。例え六対一になろうとも、それを恥じることは出来なかった。
「六対一。良いハンデだ」
ロレイがどう感じているかは兎も角。
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先制、エルモアが再び最高速度で突っ込む。
今度は正面だから、ロレイは当然のように交わすが、エルモアも木々を蹴っては何度も突き進む。
「エルモア、お前は速いだけだからな。それに頼り切って突っ込んで来るんじゃ猪以下だぜ?」
「言ってろ!」
エルモアの動きに合わせるようにカエデがロレイの周りに囲むように蒼焔を放つ。それを合図にカエデ達は散開する。
蒼焔は目隠しの役割もあり、一瞬見失ったエルモアをロレイは再び正面で受け止める形になる。
「俺を速いだけと言ったな? 本当に速いだけか、自分の身で確かめてみろよ!」
小太刀を持った手をロレイの腕に絡ませ、逃げられないようし、空いた左手から黒い雷を放つ。
「黒雷!!」
キマイラの時のように蓄電は無いものの、黒雷はエルモアの放てる最高火力。決して生温い火力ではない。
「やっぱ、速いだけじゃねぇかよ......」
「なっ......!」
しかし、ロレイは無傷だった。零距離で、確実に命中したはずのエルモアの一撃は全く効いていなかった。
自分の最高火力が通用しなかった。その事に呆気を取られるエルモアをロレイは重力で押さえつけ、無防備な所に蹴りを入れる。
「.......ぐはっ!」
蹴り飛ばされたエルモアは大木に激突し倒れる。
「ロレイ!!」
「呼ばなくても、行ってやるって」
「ッ?!」
エルモアがやられたことに激昂し、カエデは大剣を振ろうと持ち上げるが、それよりも速くロレイはカエデの懐に入っていた。
「お前は力があるだけ。エルモアと同じ、欠点だらけの低レベル」
「くっ! かはっ!!」
鳩尾に拳を突き立てられる。咄嗟に力を入れたものの、それだけで防げるほど軽い一撃ではなく、カエデは血を吐きながら吹き飛ばされた。
「いい加減に、して下さい!!」
カエデを庇うようにアキハが現れ、いつの間に作っていたのか巨大な水の球体をロレイに叩き落とす。
その水球に威力はなく、それどころか圧死させるほどの質量もない。代わりに、水球はロレイに触れると共に彼を飲み込んだ。
窒息死のつもりか? 疑問を持ちながら水球に触れると、ロレイは液体越しにリヨウが銃口を向けていることに気付く。
「今です!」
「りょーかいっ!」
威力も質量もない水球はただの囮、本命はリヨウの音弾だった。
どんなに耐久力や防御力があろうとも、神経を硬直される音弾はロレイにも有効で脅威なもの。それを理解した上での作戦だろう。
「考えはいいけど......」
ロレイは水球を叩き砕く。すると、音弾はロレイに届く前に消失した。
「俺には通じないな!」
「えぇ......」
動きには全て音が存在する。体を動かす筋肉、揺れる空気やその空気を揺らすもの。異能力にすら音は存在する。
リヨウは自らの絶対する越える音感と音の異能力であらゆる動きの同じまたは対となる音を自由に生み出すことが出来る。
音弾の性質は以前、彼がアルトに例えたように+の力に対し-の力をぶつけて0にするようなもの。0になった動きは文字通り動きが消える。
技であれば消滅し、動作であれば止まる。
ロレイがしたのはそれと同じことだった。
リヨウの放った力に対し、水球を砕くことでその対になる力を生み出し、音弾が身体に届く前に0へと変換し消滅されたのだ。
と説明するのは簡単だが、実際にそれを行うのは決して簡単ではない。リヨウ自身が自分の絶対を越える音感がなければこの技は出来ないと自覚している程。
それをロレイはたった一撃でやってのけてみせたのだ。
「まさか、動きを封じるはずの水球が仇になるなんてね......」
発言以上にリヨウは内心焦っていた。それを見越してか、ロレイが襲いかかる。
「させないわよ!」
「無駄だっつーの!!」
「ッ!?」
咄嗟にカザミが守りに入るも、彼女の風の防御力をロレイの拳が易々と突き破る。貫通力こそ緩和されたものの、威力は衰えず四人はまとめて吹き飛ばされる。
「さっきはよくもやってくれたな! ロレイ!!」
「お? 威勢がいいな、好きだぜそういうの!」
四人が吹き飛ばされた直後、復活したリュウトがロレイに殴り掛かる。
ロレイは振り返り、リュウトの拳に同じく拳で答える。
「好きだけど、弱いんだったら別だ!」
リュウトの拳よりも速く、そして重く、ロレイの拳が叩き込まれる。
リュウトの方が火力が上、というのはあくまで最大火力に限った話。リュウトの波動の異能力は空気中の粒子を集め、一気に放つことで高い威力を誇る。しかし、その性質上リュウトの動きは一撃を重視することになる。ロレイにその縛りはない。
この二人の戦いは実にシンプル。リュウトがロレイの速さに殴り負けていた。
「六対一でこれかよ。つまんねぇな」
「つまる、つまらないは知らないが......」
「まだ終わって、ない!!」
カエデとエルモアがそれぞれロレイに斬り掛かる。
しかし、二人の刃をロレイはいとも簡単に受け止めた。
「お前ら弱ぇよ」
二人をリュウトと合わせて投げ飛ばし、一箇所に固まったところでとロレイは手をかざして、彼らに重力を押し付ける。
「Sランク二人は欠点があるポンコツ、Aランク以下も得意すら押し付けられない雑魚。そんな奴らが何人集まろうと、所詮は塵だ。俺には勝てねぇよ」
技術が、経験が、スペックが、能力が、その全ての「格」が違う。一対一だろうと六対一だろうと実力差は変わらない。
それ程までにロレイ・グラードは圧倒的だった。
「お前らの知る最強を見てろよ。ミアとヒュウガとお前らが同格なはずないだろ? 持ち上げられたかなんだが知らんが、おこがましいんだよ。その癖、いっちょまえな面して......気に入らねぇんだよ。その目が!」
重力に押さえつけられ動けない中、耳の痛い事実を突きつけられる。
カエデとエルモアも、自覚はあった。自分達がSランクに相応しくないという事に。ヒュウガやミアとは違うという事を。
他の者達も同じく、心のどこかでは自分が弱い事を自覚していた。
また、圧倒的な力の前には己の力は弱く、役に立たないのだと。
「連れて帰って死徒にしようかと思ったけどやめた。ヒュウガにやられたストレス発散だ。ここで全員死ね」
ロレイはかざした拳をゆっくりと下ろし、押し付ける重力を上げていく。
「ちっ......」
「くそが......!」
呻き声を上げながらその重力に耐え切れず倒れていく。
立ち上がる力もなく圧死しそうになったその時、突然、ロレイの腕が切れ、重力から開放される。
何が起きたのか、確認するように視線を上げるとカエデ達の前に一人と男が立っていた。
「間に合ったようで何より。さて、ロレイ君」
老人のような低く渋い声、その男をこの場にいる誰もが知っている。
「私の大切な生徒に、何をしているのかな?」
そこに居たのは、東洋の学園長ロード・ラスタ・エリックだった。




