Who am I ?
思いついた短編。
人類が労働から解放されて既に一世紀以上経った。
機械による代替…も大いに労働解放に貢献していたが決め手となったのはクローン人間の規格化と大量生産だ。
機械にさせることのできる労働には限界があった。どこまでいっても最後には生きた人間の腕が必要になる。どんなものも末端の末端では人が働く必要がある。ならばその人を生産してしまえばよいという非常に単純な考え方だ。
クローン人間には倫理や道徳で色々な意見が展開されたが、世界人口が半分以下になるほどの戦争で疲弊した人類にそんな綺麗事を言っている余裕なんてものは無くて、確実に優秀な人材を人間よりも安価に雇えるクローンは瞬く間に労働力として使われるようになり、急速成長学習が確立されたことで完全に人類は労働をやめて全てクローンと機械による労働で生活を始めた。
私は人間だ。私は沢渡千尋。十五歳。
労働から解放された人類は金銭という概念を維持する必要性が無くなった。資本主義は意味を失い、ほとんどの国は配給される金銭で生活するようになった。それも飛びぬけて多いから使い切ってしまうなんてことは滅多にない。
今日も国から金銭がチャージされたカードを持って、街へ食事へ向かう。一人で。
両親は一ヶ月前に亡くなった。自動運転車がバグを起こして不慮の事故を起こしたのだ。親戚に住ませて欲しいと頼んだけれど、なんだか嫌がられているみたいで「家事従事仕様モデル:エミを贈るから一人で生活してほしい」とのこと。どうにも親戚は私に対してよそよそしい。両親が生きてた頃からだ。
ああそう、一人で生活してるとは言ったけれど家にクローンは一体居るな。
「やっぱりこの辺りは道に迷うなあ。メイド連れてくれば良かった。」
いつもは車かクローンの案内だけで向かっていたから一人だと長く住んでいる街とはいえ迷う。連れてくれば良かったと後悔しているけど今日はお父さんの部屋で遺品整理させてるから連れ出せなかった。もう一体雇おうかな。
「ん?あ!ここに居やがった!全く!不良品なんて売りつけやがって!オラ、来い!」
「えっ!?ちょっと…何するんですか!」
突然、道端から面識もない男性から袖を掴まれ、ぐいぐいと車の中へと引っ張られる。
「何じゃねえ!”仕事”放り投げてこんなとこに居やがったか!全く呆れるぜ!行くぞ!」
仕事なんてクローンじゃあるまいしなんで私が?体格のいい色黒スキンヘッド男の力に抗えず、私は商用バンの中に放り込まれる。人にする扱いじゃない。
「クソ…特殊業務仕様C001は客からのクレームが多すぎる!こんな不良品のクローン作ってるだなんて今どきおかしいだろうが…!」
「あの…私はクローンじゃ…」
「その言葉は聞き飽きたわこのクソ野郎!」
バチンと音を立てて頬を叩かれる。あまりの勢いに車のドアに頭を叩きつけてしまった。痛い。どうして私がこんなことにならなきゃいけないんだ。人さらいだろうか。携帯を触ろうにも隣には男がいて下手に触ればまた何かされるに違いない。
「ただでさえ特殊業務仕様は生殖器を付けないと行けないからコストがかかるってのに…!オイ、今日は一時半から仕事だ!」
「仕事ってなんですか…」
「ああ!?お前学習されてるんじゃないのか!?セックスだよセックス!特殊業務仕様はその為に下にニンゲンサマと同じのついてんだろうが!」
えっ、嘘。なんで、私がどうして。
もしかして人攫い?闇業者が”人間”の売春斡旋とかニュースで見るし。嘘、嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ!
「ん?電話?」
恐怖で覆いつくされた私の心の悲鳴を突き抜くように携帯電話の音が鳴る。私のではない。きっと、男のだ。
「はいはい、えっ!?C001が見つかった!?いやいやそんな訳…はあ、えっ…?はあ…分かった、そのまま送ってくれ。」
男はとても驚きながらキョトンとした顔で電話を切り、こちらを向いて一言だけ喋った。
「おい、右肩見せろ。」
「右肩…ですか?」
震えて声があまりでない。涙は出そうだが声を上げれば殺されてしまいそうな雰囲気だっただけに流れ落ちずに目が潤む。
「そうじゃない素肌で見せるんだよ!早く!」
「えっ、はあ…」
従わないとどうなるか分からない。今この男に犯されてしまうのだろうか、そう考えながら決死の思いで上を脱いだ。
「いやちょっとそこまで脱げとは…って、おいおいコレって…嘘だろ…」
「すまなかった!!!本当に!申し訳なかった!!!三万クレジットで許してくれ!頼む!」
路上であるのにも関わらず男は私の前で土下座をしながら謝罪をしていた。
どうやら私を店に所属するクローンと勘違いをしていたらしい。私と瓜二つなクローンが居るらしく、クローンであるのにも関わらず素行が悪く脱走を当たり前のようにしていたので道を歩いていた私を脱走したクローンと間違えてとっ捕まえてしまったのだ。
少女の前で大の大人が土下座をする異様な光景だが幸い”人間”が居ないのか誰も気にする人はいない。
「私がどれだけ怖い思いしたと思ってるんですか!!!私まだ十五ですよ!!!!キスもしたことないのに!!!!」
言ってから気づいたけど凄い恥ずかしいこと言ってしまった気がする。どうせ人はいないけど。
「本当にすまねえ…それくらいびっくりするほどウチのと似てたんだ…。お嬢さん、遺伝子提供とかしたことあるのかい?」
「まさか!体力評価とか頭脳評価以外でする自発的遺伝子提供なんてアレなことにしか使われないって知ってますし。」
「う~ん、でもびっくりするくらい似てるんだよな…。これが写真だ。」
男は立ち上がって携帯電話の写真を見せる。
そこに写っているのは…確かに私だ。私の写真と言われても何の疑いも持たないほどに私の顔をしている。他人の空似でここまで似るなんてないと思うし、もし血縁者が遺伝子提供していたとしてもここまで私の顔にはならないと思う。
「もしかしてなんかの診断の時とかに遺伝子抜かれて闇…じゃなくてクローン製造業者に渡ったのかも知れねえなあ…悪用される前に役所で遺伝子提供記録とか同型クローンが居ないか調べてもらった方がいいぞ。勝手にクローンとすり替えられて殺された事件とかも聞くしなあ。」
「そうですね…今度調べてみます。」
「じゃあ俺は戻らなきゃいけないから、ごめんな本当に!」
「あ、はい。…あ、あの五万クレジット」
「えっ?増えてない?」
「お帰りなさいませ、千尋様。ご夕食はいつ頃がよろしいでしょうか。」
「ん、お腹空いて無いから七時過ぎとかでもいいよ。」
なんというかしばらく外出が怖くなってしまうような出来事だった。あれはただの人違いだったからよかったけれど、もし本当に人攫いならあの後どうなっていたかだなんて想像もしたくない。クローンのような扱いを受けるのなんてまっぴらだ。
「かしこまりました。では掃除の方に戻らさせていただきます。」
「あ、エミー」
「何でしょうか千尋様。」
「ちょっと探して欲しいものあるんだけど。」
過去に受けた健康診断やら何やらの書類は確かどこかにまとまっていた。その時に遺伝子を抜かれるようなことをされていたのならそこが多分、私のクローンが生まれた原因だ。自分の顔姿のクローンが居るなんて恐ろしくて仕方ない。というか私と同じ顔が娼婦やってるのって恐ろしいなんて程度じゃないでしょ。
「こちらで全てになります。」
「んー後自分で見るから、掃除戻ってー」
「かしこまりました。」
なにか怪しいのは無いかなと紙の書類を漁る。こんなところはアナログなんだよなあと愚痴をこぼしながら一時間。
五歳の頃の検査表。何故か二枚ある。
同じものが間違えて二枚印刷されたのかなと思ったのだが明らかに検査内容と結果の数値が違う。そして片方はやたら検査が多い。
五歳の頃なんてはっきりと覚えていないから分からないけれどこんなにたくさん検査したような記憶は無い。生まれつき健康優良児だったし。特に大きな病気もしなかった。それは確かだ。両親がよく「千尋は本当に健康だから~」と言っていた。
じゃあこの検査表は?私のなのか?
「失礼します。」
ノックの音が割って入る。掃除が終わったのだろうか。報告してほしいとは特に言っていないが何か変なことでも起きたのだろうか。
「どうしたの。」
「あの、お父様の部屋から千尋様の写る写真が見つかりまして」
父は私の写真を撮るのが好きだった。家には今どき印刷までしてフォトフレームの中に家族の写真、私の成長日記のような写真がたくさん飾ってある。私の写った写真はほぼ全て飾っているんじゃないかってくらいだ。そんな父の写真でしまってあるものがあっただなんて、どんなものだったのだろう。
「写真?見せて。」
私はその写真も見て、目を疑った。知らない。こんな私は知らない。何か私は重要な何かを勘違いして生きている気がする。私は何者なの。私はどこから来たの。私は…
「こんにちは。叔父さん。突然家に呼んでしまって。」
「本当だ。金と労働力ならエミを渡しただろうよ。要件なら手短に済ませてほしいな。」
何も言わずに写真だけを彼に見せる。
「…。そうか。」
そこに写るのは病棟の一室のベッド、そこで管に繋がれて眠る私。囲む両親。本人が眠っているのに、置かれているのは5を形どったビスケットの乗ったケーキ。
「こんな記憶、私には無いんです。」
「教えてください!私は誰なんですか!私は何者なんですか!」
叔父は沈黙を止めることは無い。
「私は…人間なんですか…?」
長く、沈黙が続く。
涙する私の前で叔父は下唇を噛みながら沈黙を続けていたが、数分経ってようやく口を開いた。
「”沢渡千尋”は幼いころから体が弱かった。」
「生まれた時から持病を持っていて、最初から長くは生きられないだなんて兄は言ってたよ。」
「だから五歳の頃にはもう植物人間だった。酷く悲しんでたよ。ずっと待ち望んでた子供が、生まれたらこんなだなんて。」
「だから兄は”沢渡千尋”のクローンを遺伝子改良を用いた上で作った。知ってるだろ、労働目的以外でも臓器のスペアに自分のクローンを作ることは国で認められてる。遺伝子改良も今やちょっと金を積めばやってくれるようになった。」
「そんな…」
「で、彼はそのクローンの右肩には識別チップを入れなかった。チップを入れなければクローンと人間の区別なんて付かない。兄には業者にコネがあったから、そんな悪いことも出来たんだろうよ。」
「待ってくださいよ、」
「そして、”沢渡千尋”は亡くなった。享年五歳。」
目の前に並べられていく事実の連鎖に私は押し殺されていく。
分からない。分からない。分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。頭が理解を拒んでいる。そんなの本当のことじゃないただの作り話で、私を騙してる。そう信じたがってる。
「今、本物は墓の下に居る。」
だってそうじゃないか、私が
「君は”沢渡千尋”のクローンなんだ。」
クローンだっただなんて。
声も出ない。立っていることすら出来なくて、膝からその場で崩れ落ちる。あれだけの見下して、人だと思わないで生活してきたクローンという存在は私自身だった。
どうしたらいいのか分からない。
「街中できっと同型でも見かけたんだろ?業者が他にデータを回したりしてたんだろうさ。」
きっと今娼婦として働く同じ仮面のあの子も私と全く変わりのない存在だ。
「正直に言うと、僕はクローンを人と思い込んで思い込ませて生活するなんて、気味が悪くて出来なくて。兄夫婦と違って聖人君主じゃないから。」
「…私は沢渡千尋じゃない。私は誰なんですか。私は人間なんですか!私は人間であっていいんですか!」
「君はクローンだよ。”人間の”。その事実に変わりはない。」
私は人としてこの社会に生きることは出来ないのだろうか。私は私自身のアイデンティティを失って、一体誰として生きればいいのだろうか。
「でも、兄夫婦が”キミを”十五年間確かに愛し続けたことも、事実だ。」
「…!」
その時、横目に父の撮った写真が映った。
色々な思い出。父は本当に私を色々な所へと連れて行ってくれて、どこまでも優しく接してくれていた。それは写真に残された記録だけではなく、私自身の記憶の中に確かに残っている。
全部本当にあったことで、嘘偽りのないことだ。それだけは、揺るがない。
「じゃあ、帰るよ。僕は”知ってるから”気味が悪いんだ。肩にタグ無いんだから、気付かれなければどうってことないよ。」
叔父は振り返ることなく帰っていった。
「千尋様。ご食事の用意が出来ました…叔父様の分は必要なかったでしょうか?」
「…ああ、いいよその分はエミが食べな。あと、私のこと呼ぶの『千尋』でいいから。」
「はあ。かしこまりました。」
「…その畏まり方も良いって」
「えっ?あの…」
「ふふふ…あははは!」
…きっと知らなければ知らなかったで、きっとなんてことは無かったんだ。
私は本当に沢渡千尋じゃない。それは揺るがない事実で、今こうやってすり替わってようが変わる事実じゃない。
でも、私は私。誰かに愛された私が私なのは事実だ。