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神血のヴァルキュリヤ  作者: 和太鼓
7/20

七話 溶解

目を覚ますと、そこは木組みの世界だった。

焦点の合わない目で、ぼぅっと茶色い世界を眺める。

ガラス窓から差し込む日差しが暖かい。

ここは……。


「おぉ! 目が覚めたんか!」


突然聞き慣れた声が響いた。

大きい声でもないのに頭に響く。


「おい! 泰護! 守世が目ぇ覚ましたぞ!」


たいご……?

頭の中に疑問符を打ちながら、上体を起こす。

寅次郎が慌てて支えつつ、布団の背上げ機能を稼働させる。

背もたれになった布団に再び身体を預け、動かない頭でぼんやりと考える。

たいご……たいご…………


「ああーー!!!!」


思い出したっ!

昨日の放課後、彼と一緒に色んなところを回ったこと。

その晩に、『モノ』と遭遇したこと。

指令に反して戦闘を行ったこと。

今までに見たことのないタイプの『モノ』と戦い、今までしたこともない変身をしたこと。

そして……


「最後は、泰護さんに助けられた……」

「助けられたのは僕の方だよ」


聞きたかった声が降りかかる。

ハッと顔を上げると、そこには彼がいた。

同時に顔が熱くなる。

回想が思いがけず声に出ていたようだ。

恥ずかしさと、そして声が聞けた安心で顔が熱くなり……


「あ……」

「おいおい、起きたばっかの女の子泣かすなんてお前も罪な男やなぁ」

「いや、えと……」


涙が止まらない。

笑いたいのに。

嬉しいのに。

ただただ涙が溢れでてくる。


「寅次郎、こっち来い」

「おま……泣いとるんやぞ、ほっとくんか?」

「お前なぁ、一人にしてあげようっていう配慮はないのかよ」


泣いてる人のすぐ隣でギャースカ騒ぐのもどうなんだろう、と心の中で笑う。

でも、そんな漫才を続ける彼らのお陰で少し心が落ち着いた。


「とりあえず、僕らは一旦出るから落ち着いたらまた呼んでくれ」


そう言って部屋から出ようとする二人。

なんやかんやと言いながら部屋に残りたそうにする寅次郎と、早く一人にしようと引っ張りながら出て行く泰護。

二人とも、態度は違えど優しい。

その優しさがとても嬉しい。

そんなことを思いながら二人を眺めていると、不意に背筋が凍った。

去りゆく泰護の後ろ姿が、昨晩の湖岸での後ろ姿と被った。


「たっ……泰護さんっ!」


痺れる左手を無理に使い、身体を起こす。

離れるのが、怖い。

また、あんなことに巻き込んでしまうのが怖い。

離れたら、失ってしまうかもしれない。

震える右手を胸に押し付け、前屈みになる。


「お、おい! どうした! 」


慌てて駆け寄る二人。

その二人に対して首を振り、異変が起きたわけではないと伝える。


「落ち着け、大きく息を吸い込め」


硬く噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。

しゃくりあげながらゆっくりと息を吸って、吐く。

背中をさすられ、優しい声を聞くうちに少しずつ落ち着きを取り戻していく。

そんな私の様子を静かに見守る二人。

何か言いたげな寅次郎と私の背中をさすりながら後悔を顔に浮かべる泰護。

寅次郎の言い分もわかるが、泰護は泰護で私のことを考えての判断だったことも分かっている。

ただその背中に、私が昨日の彼を重ねてしまった。

私のせいで、また彼らには余計な心配をかけてしまった。


「大丈夫……大丈夫です。ごめんなさい」

「謝ることはないよ。落ち着いてきたか?」


心配と後悔が如実に顔に表れている泰護。

彼のせいではない。

また、私のせいで彼にこんな顔をさせてしまった……。

強い後悔と共に、私を心配してくれるその様に愛しさを感じる。

もっと彼と話したい。

もっと一緒に過ごしたい。

自分でも不思議なほどにすんなりとその想いを受け入れることが出来ていた。

もはや、昨晩の罪悪感はない。

あるのは夢の中にいるようなふわふわとした現実味のない幸福感。

ただ、彼への想いで胸が張り裂けそうになる。

起きて彼の顔を見てから、ずっと話をしたかった。

もはや彼の感情を慮ることなどできない。

ただ、話したい衝動に駆られる。

大きくなる想いに突き動かされ、思わず彼の袖口に手を伸ばした。

驚いた顔の泰護をみると、自然と笑みがこぼれる。

背中に受ける暖かな光の後押しを受けすて、想いのままに言葉を紡ぐ。


「……泰護さん、少しお話をいいですか?」



****************


丸二日。

それだけの時間、錦守世は眠り続けていた。

その寝顔を見ながら、あの後は……と回想する。

寅次郎に案内され彼女の家に着くと、そこには紋付羽織袴を身に付けた人やスーツで決めた人など、いかにもその筋なのであろう人々が詰めていた。

雰囲気に飲まれ、どうしていいかわからなくなりそうになりながらも寅次郎に続いて屋敷に上がるとこれまたいかにも医療関係者と思しき服装の人々。

果てしない不安が胸の中に広がるのを感じながらもそこで錦を引き渡し、僕は退散する運びとなるはずだったが、そこで僕も力尽きてしまった。

翌朝、目を覚ますとそこは錦家の隣、寅次郎の家、つまり三井家の布団に寝かされていた。

錦家もなんかよく分からないくらいの豪邸だったが、三井家もこれまたよく分からないほどの豪邸。

僕とは生きる世界そのものが違う。

何度目か分からないその言葉をここでも噛み締めることとなった。

それから丸一日、三井家に世話になりつつ錦の容態を案じていると昼にようやく面会の許可が下りた。

広い日本家屋の中、無数の扉や襖を素通りし、一つの襖の前に案内される。


「錦……さん……」


そこに眠る錦の姿は、痛々しいものだった。

頭部しか見えないものの、その大半は包帯やガーゼなどで覆われていた。

思わず目頭が熱くなる。

こんなにボロボロに……。

駆け寄りそうになるその足を必死に止め、静かに歩み寄った。

それから数時間。

彼女の寝顔に何度も問いかける。

あの時何があったのか、そしてその直前、最後に彼女が何を言おうとしたのか。

そして……


「いつになったら目を覚ましてくれるんだよ……」


おそらく僕を守るために、これだけボロボロになったのだろう。

言い方を変えれば、彼女をあそこまで傷つけた原因の一つが僕ということ。

口の端から、言葉が、想いが、漏れ出してゆく。


「そんなにぼろぼろになるくらいなら……逃げて欲しかった……!!」


僕なんかよりも価値のある君が、僕よりも傷つく事なんかあってはならない。

そんなことになるくらいなら、僕を見捨ててでも逃げて欲しかった……。

そういった思いを抱えて慟哭する。

寅次郎は僕の斜め後ろに座っていた。

おそらく僕の声が聞こえていたであろうに終始口を開くことはなかった。

僕の親友として、錦の幼馴染として、何も言うことができなかったのかも知れない。

窓の外には美しい湖と山、そして街並み。

落ちてゆく夕陽がそれらを美しく染め上げている。

部屋の中が一段と明るく照らされ、やがて橙色の光は静かに山の向こうへと去っていく。

その間二人は何も言わず、ただ、静かに三人の時間が過ぎるだけだった。


事態が動いたのは翌日の昼。

身体に残る疲れと目を覚まさない錦への心配で学校どころではなかった前日と違い、土曜日のこの日は心置きなく錦のそばにいることが出来た。

錦家の人々も僕らが見舞いに訪れることに関して迷惑そうな顔一つすることなく丁重にもてなしてくれる。

ただ、少し気になるのが僕らと同じように錦家に詰めている背広組。

度々家の中で遭遇することがあり、その度に僕ら二人にジロジロと舐め回すような視線を送ってくる。

不快ではないが、何か不安を煽るような視線。

それが少し不満だった。


「まぁ、そうは言っても害はないし……」


そうひとりごちながら、お茶をすする。

初夏の日差しが心地よい。

目の前には立派な日本庭園。

今、僕は錦の部屋のすぐ側の縁側にいた。

部屋の中では今、お手伝いさんが眠り姫のお世話をしていた。


「どれほど心配でも、流石に今は中に入れないからなぁ」


そう呟くと、もう一度静かにお茶をすする。


「石山様、お嬢様のお世話が終わりましたのでどうぞ中へ」


そこへ突然背後から声を掛けられた。

慌てて振り返ると和装で気品に満ち溢れた白髪の婦人。


「三井様にはお先にお声をかけさせていただきましたのでお部屋の中におられます」

「あ、わざわざありがとうございます」


慌てて居住まいを正し、お手伝いさんに頭を下げる。

初めてこの婦人と会った時は、この家の主人と見間違えた。

優雅な身のこなしで、その中には優しさと芯の強さが同居している。

錦家に僕が入り浸ることができているのも、この人の配慮によるところが大きい。


「色々な無理を聞いてもらいまして……本当に申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそろくなおもてなしもできませんで……」


口ではそういうお手伝いさんだが、実際には至れり尽くせり。

やりすぎず疎かにならずという絶妙な、まさにプロの仕事だった。

そんなお手伝いさんに、気になっていたことをぶつけてみる。


「そういえば、この間から正装の方々が多くいらっしゃるようですが……」


そう問いかける僕に対し、静かにお手伝いさんは頷く。


「先日のお嬢様の戦闘が、上層部の方で注目されているようでして。そういった点で色々と調べておられるようですね」


『注目』という言葉をお手伝いさんは使った。

それだけ聞けば、悪い意味では無いように思う。

だが、彼らから向けられる視線。

そこからなんとなく感じるのは『注目』というよりは、『問題となっている』ということ。

そう考えると、ますます不安が大きくなる。

そういった悪い予感が顔にも表れていたのか、それ以上お手伝いさんも何も言わない。

そのまま、数秒か数十秒か。

その沈黙は突然破られた。


「おい! 泰護! 守世が目ぇ覚ましたぞ!」


その瞬間、不安も疑問も全てが吹き飛んだ。

慌てて手にしていたお茶を置き、立ち上がる。

お手伝いさんに頭を下げ、走らないように、それでも出来るだけ早く錦の元へ向かう。

心の中に、夕陽の中の彼女の笑顔が輝く。

あの日見た笑顔。

それをまた見ることができる。

早く会いたい。

早く話したい。

早く……謝りたい……。

いろんな想いをごちゃ混ぜにしながら部屋に入ると、午後の日差しに照らされた錦がぼんやりと座っていた。



******************


「で、話をしたいっていうのは?」


最後に話してから二日。

以前と比べて明らかに様子が変わっている。

どこがどう違うか、はっきりとはわからないが、それでも明らかに何かが大きく変わっていた。


「えと、あの……」


話をしたい。

そう言ったにも関わらずしどろもどろになる錦。

目線はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

恐らく、起きたばかりで色々混乱しているのだろう。


「まあとりあえず落ち着け。ゆっくりでいいぞ」

「はっ、はい!」


勢いよく返事をする錦。

で、その後すぐにでれーんとだらしなく緩む顔。


「よし。どうも打ちどころが悪かったらしい。寝ろ」


何か別人を見ているような気がして後ずさり。

慌てて手を振り、大丈夫大丈夫とアピールをする錦だが、どうにも様子がおかしい。

ずっとモジモジしているのを見せられるとこっちまでなんだか変な気持ちになる。

首をふりふり、コホンとひとつ咳をして改めて向き直る錦。

調子のおかしな錦を見ているとこっちまで調子が狂ってくる。

変な焦りから、目を閉じて言葉を紡ぐ。


「さてと、何から聞けばいいんだ?」


僕の問いかけに彼女は何も答えない。

ただ、静かに響く衣擦れの音。

ほのかに香る、柑橘系の爽やかな香り。

ハッと目を開けると、錦の顔がすぐそばにあった。

ギョッとする僕に構うことなく、錦は口を開く。


「泰護さん……」

「は、はいっ……」


思わず裏返る声。

そんな僕の様子など露ほども気にすることがない。


「!?」


身体に軽い衝撃。

続いて迫る心地の良い爽やかな香り。

そして……


「よかっ……たぁ……!!」


号泣する錦。


僕の胸で延々と泣き続ける錦。


「もう……ダメだと……私のっ……せいでっ!!」


慟哭。

彼女は自分を責め、僕の無事に安堵している。

自分はぼろぼろなのに。

自分は二日も目を覚まさなかったのに。

自分の身体のことなど、一切気にすることもなく僕のために涙を流してくれている。

目頭が熱くなり、胸から何かが溢れ出す。


「……違うよ。僕のせいだ。僕のせいで君はっ……!!」


言葉が続かなかった。

彼女への想いと、後悔と、懺悔と。

必死に歯を食いしばり、それでもその隙間から嗚咽が漏れる。

言葉にならない言葉を並べ、抱きしめあって互いの存在を確かめる。

二人とも、生きている。

ただそれだけを確かめあう。

静かな部屋の中に二人の嗚咽だけが響き続けた。


どれだけそうしていただろうか。


二人とも落ち着きを取り戻し始めた頃には薄暗くなり始めていた。

少し体を離し、目を開ける。

そこには目に涙をいっぱいにした少女の顔。

目は真っ赤だが。腹に抱えていたわだかまりを吐き出し、どこかスッキリしたような顔になっていた。

本当に、愛おしい。

この女の子に命を救われたのだ。

今まで伝えることのできなかった言葉を練り込む。

この感謝だけは、伝えたい。


「錦さん……」


名前を呼ばれきょとんとする錦。

そんな仕草さえ、可愛らしい。


「ありがとうな」


その顔に向かって感謝を伝える。

一瞬、呆気にとられたような表情になった後。


「こちらこそ、ありがとうございました」


最高の笑顔がそこにあった。

















・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「三井様」


部屋から追い出された後、庭を見ながらぼんやりとしていると、不意に背後から声をかけられた。


「三井様とお話をしたいと仰る方が」


チラリと振り返ると、守世の御付きの者。

のそりと体勢を整える。


「どちらの御仁でしょうか」

「県の方でございます」


県の方……。


「つまり、知事っちゅうことですな」

「はい」


心の中で舌打ちをする。

指令違反、そして無許可戦闘。

一般人が関わっている際はある程度の自由采配がそれぞれの戦闘員には許可されている。

だが、今回の守世の行為は自由采配の範疇を大きく超えたものだった。

だが……。


「思っていたよりも大きな問題になってるっつう訳やな……」


とはいえ、知事のような地位の者が介入する程のことにも思えなかった。


「…………流れが全く読めへんなぁ……」


溜息をひとつ。

そのまま、腰をあげる。


「すいません、それでは後のことは三井家(うち)の方でお預かりいたします」


そう守世の侍女に声をかけ、背伸びをする。

お辞儀をし、静かに去りゆく彼女をちらりと流し目で見送る。

これからややこしいことが待っている。

その準備を思うと頭が痛くなった。


「まあいい、とりあえず、帰るか……」


お読みいただき、ありがとうございました。

Twitterの方で更新日時などの掲載をしておりますので、よろしければ作品名でググっていただきたいと思います。

稚拙な文章ですが、どうかこれからもよろしくお願いします。

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