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神血のヴァルキュリヤ  作者: 和太鼓
6/20

六話 夢

「あなたと付き合う、それにはあなたの言う通り裏の事情があります」


そう告げると、目の前の男の子の背中が少し小さくなったように見えた。

本当のことを言っても言わなくても、最終的には彼を傷つけることは分かっていた。

それでも、実際にその様子を目にすると胸が痛む。

見ていられなくなって、思わず目をそらす。

私は、非情にはなりきれない。

そうひとりごち、唇を噛みしめる。

なぜだか涙が溢れそうになった。

私になく権利なんてないのに。


「うぐ……あ……ああ……」


物思いにふけりそうになった私の意識は、異常な声によって引き戻された。

ハッとして顔を上げるとそこには泰護が膝から崩れ落ちていた。


「たい……」


声を掛けかけて、すんでのところで思い留まる。

声をかけていいのかわからなかった。

私が思っている以上に大きなショックを受けたのかもしれない。

もしそうだとしたら私に声をかける資格はない。

伸ばしかけた手はただ空を掴む。


「えっ……」


目を疑った。

目の前で泰護の体が宙に浮かぶ。

何かに抗うように首元に伸びた腕がだらりと垂れ下がる。

次の瞬間、強大な圧を感じた。


「まさか……!!」


暗闇の中、ヤツが姿をあらわす。

神と、神に付き従う人類の敵。

千年以上にわたり、私達と戦い続ける私達の宿敵。

無数の祖先が、先輩が、こいつらを倒しこいつらに倒されてきた。

行方不明となり帰ってくることがなかった者も長い歴史の中で数えることは出来ない。

終わりなき戦い。

私達に出来ることは、ただ、『任期』の間に実力を培い、力を手に入れ、一体ずつ潰していくことだけ。

いつものように、覚悟を決めて目の前の敵に向き合う。

天敵、『モノ』。

何度見ても慣れることのないその形状。

まさに異形の姿だ。

人とは似ても似つかぬ頭部。

胴体は上部が膨らみ、異常に細い中部と上部ほどではないが膨らんだ下部から成っている。

脚部と腕部も2本ずつ、がっしりと大きくその先端部には鋭い爪がそれぞれ五つずつ並んでいた。

今向き合っているこいつも、他の『モノ』と違わず気持ち悪い姿をしている。

警戒しながら胸ポケットに突っ込んでいた得物を握る。

市販のスマホ程度の大きさ。

少し違うのはその厚さと機能だ。

今は握りやすいようにふっくらとしている。

脳波とかなんとか、私にはよく分からない技術がフレーム部分に用いられているらしく、その形状は私の意思に応じて多少の変化をすることができる。

これは上から支給されたいわゆる『神器』だ。

素質ある者のために一人一つずつ製作されその所有者のためだけに調整された代物であり、武器から連絡まで、全てがこれ一つで事足りる。

もちろん、上からの出動命令などもここに受信される。

だが。


「なんでっ……!」


上からの指令はまだきていなかった。

予想班からの連絡がないのか、他の人に連絡が出ているのか。

どちらにしろ、私には何も指令が出されていない。

私たちは指令がない限り戦闘態勢をとることはできない。

出動命令が出ていない場合は本来戦闘班の少女であっても逃げるなどの対応が推奨される。

だが、一般人が巻き込まれている現状ではそういうわけにもいかない。

撤退するわけにはいかない。


(それにしても……)


どうしてあいつは泰護さんを……?


本来、『モノ』は神への供物を襲う。

そのため、一般人はその戦闘に巻き込まれることはあっても、一般人自体がその標的となることはまずない。

しかし、『モノ』は今確かに泰護を標的として襲っている。

供物ではなく人を狙う『モノ』。

そういった奴らは今まで見たことも聞いたこともない。

だから、対処法など知らないしどうするのが正解なのかすら私にはわからない。


「!」


迷う私を気にも止めず、『モノ』が泰護に何かをした。

まさに、「何か」としか形容できない。

それはとても奇妙な光景だった。

いつもは直接攻撃しかせず、その純粋な力こそが最大の特徴であるはずの『モノ』が何かを破壊するでも無く静かに泰護に触れる。

泰護の胸の上に手が置かれた瞬間、暗闇の中でもはっきりと分かるほどに黒く邪悪な煙が噴き出した。

驚きのあまり身体が動かない。

『モノ』がこんなことをするところは見たこともない……。


「!?」


その煙が泰護を丸く覆った。

そして、その煙の中から次々と『モノ』が姿を現しはじめた。


「ぁぁぁあああああああ!!!!!」


絶叫が辺りに響く。

それが泰護なの声だとは一瞬わからなかったほどの激しい叫び声。

何をすればいいのか。

どうするべきか。

どうしたいのか。

頭がぐちゃぐちゃになり、判断を下すことができなくなった。


「あぁ……やっと……」


右手で握りしめた得物がバイブ音を立てる。

ここに至ってようやく、上からの指令が入電した。

やっと動くことができる。

焦りながら内容を読むうちに、顔から血の気が引いて行くのが分かった。


「撤退……?」


スミヤカニ撤退セヨ。

数行に渡る指令文。

その中の一文が目に焼き付いて離れなかった。

残りの文章は目に入らない。

ただ、怒りと悲しみと罪悪感と。

様々な感情が綯い交ぜになって私の心を突き上げる。

目の前で人が襲われているのに撤退など信じられない。

特に、彼が……


「泰護さんが襲われているのに!!」


両手を握りしめ、脚に力を込める。

右手の中が輝きを放ち、その光包まれる。

和装と洋装が混ざったような装備が次々と装着されていく。

人間の運動能力を補助するパーツや技術が各所に組み込まれ、超常存在となる私の戦闘を極限までサポートするための仕様が充実した戦闘衣装。

変装が終了すると同時に光は再び右手に集約する。

ここからが神器である『迅雷(じんらい)』の真骨頂。

武器の型をイメージする。

一対多数の近接戦闘。

拉致された一般人が一人。

つまり広範囲攻撃をすれば被害が出る可能性がある。


「やっぱり一対一の先頭に持ち込むしかない……」


イメージするのは自動拳銃。

フレーム変化に加え、古来からの長年の研究により特性が明らかにされている空間内の霊的な分子、通称「霊分子」を利用する事で限られた範囲ではあるが変形は可能となっている。

しかし、変形できる範囲が限られているため小銃などの一定以上の大きさのものを生み出すことはできない。

そのためできるだけコンパクトで、操作性が高く、一撃必殺で自分の扱える範囲のものを「想いで造りあげる」、つまり「想造」する必要がある。

まず狙うははじめに現れた奴。

そいつをしばき上げた後、黒い煙を祓って泰護を救い出す。


「……出来るっ!出来るっ!」


相手は泰護に顔を向け、こちらに注意を払っていない。

今なら……行ける!

一足跳びに背後を取り頭部に二発、胸部に一発発砲。

おまけに頭部に蹴りを食らわせる。

間を置かずに吹き飛んだ『モノ』に飛びかかり、とどめの二発。


「……よし!」


まずは一体。

次は……


「うそ…………」


気がつけば、無数の『モノ』に囲まれていた。

おそらく八体はいるだろう。


「泰護さん……」


振り返って泰護を覆う黒煙を見る。

昨日から今日。

たった二日のことが走馬灯のように駆け巡った。


「楽しかった……」


右手に握りしめていた拳銃が、その形を失っていく。

一度崩れ、再び収束していく光の粒子。


「もう一度……あなたと……」


どうすれば勝てるか。

それだけを考える。

頭の中でイメージを強く固めていく。


「もう一度……一緒に……」


無意識のまま紡がれる言葉。

過剰な集中により、深層心理が表出していた。

泰護と出会う前の長い時間と泰護と過ごした一瞬。

絶体絶命の状況の中で思い出したのは後者だった。

気づかない想いが無意識のうちに大きくなる。

その想いを気付かないまま心に持ち、無意識のまま泰護のいる場所に目を向ける。

見つめる煙の中からはまた一体『モノ』が生まれようとしていた。

勝利条件は今いる九体をしばき倒すだけじゃない。

あの黒煙を祓うことも絶対条件なのだ。

出来なければ最悪の場合無限に生みだされ続ける。

その中にいる泰護は、きっと無事ではすまないだろう。


「……やってやる!!」


日本刀の生成は完了した。

後は戦うだけ。

目の前の敵に狙いをつけ、飛びかかる。


「ふぐっ!!」


右から強い衝撃。

視界が揺れ、上下が逆さまになる。

一瞬置いて強い衝撃が全身を襲う。

横から攻撃されたか。

立ち上がろうとしてすぐ隣に影があることに気がつく。

慌てて前方に飛込み前転をして回避を試みるが足に強い衝撃を受ける。

まずい、まずい。

変に体がブレながら再び宙を舞う身体。

背中から叩きつけられ息がつまる。

目を開こうとして気がつく。

最初に受けた攻撃のせいか、右の視界が流血により奪われていた。


「うあああああ!!!!」


左に一瞬影が映る。

逃すまいと跳ね起き、膝立ちのままで左に突きを繰り出すと手応えがある。

そのまま、横薙ぎにはらう。

その勢いのまま前方の『モノ』にも斬りかかる。

こちらはさっきのと比べてかすかな手応え。

逃れようとする敵。

逃すわけにはいかない。

立ち上がる勢いを利用して前方にそのまま突進し、そのまま根元まで串刺しにする。

刀の形を一瞬消して得物を自由にし、もう一度生成するとそのまま首をはねる。

吹き上げる血で全身を濡らしながら腕の力と補助機構をフル活用して残った胴体を持ち上げ盾とすると、そのまま近くの『モノ』に接近する。

『モノ』が攻撃体勢をとる瞬間、全身の力と補助機構を駆使して後ろに回り込む。

仕留めた胴体を殴りつける『モノ』。

そいつを背後から脳天唐竹割りに斬殺する。


「……三っ……体目っ!!」


息が切れる。

普段は多くても二体で終わりのところを、今日はすでに四体仕留めている。

いくら装備で強化されているとはいえ、体力が増えるわけではなく、疲労は蓄積されていく。

全身が軋み、口には鉄の味。

頭部に傷があるのだろうか、右眼の視界を奪う血は拭っても拭っても止まらない。

右脚は変色している。

擦り傷、切り傷は数えきれないだろう。

だが、痛みは感じない。


「後っ……六っ……体っ!!」


ふぅぅーーっと息をつき、無理に呼吸を整える。

獲物の形を変える。

再び拳銃の形。

残弾は十。

敵にダメージを与えるほどの硬度の弾丸や殺傷能力を持つだけの射出速度を出すためのエネルギーなどに莫大な霊分子を必要とし、またその制御のために精神力も大きく削られる銃型の使用はコストパフォーマンスが非常に悪い。

残弾数も安全に発砲できるだけの精神力の残数のようなものであり、それを超えると暴発などの危険が高まる。


「かといって、刀を扱うには相当の運動量が必要……」


つまり基本は近接戦闘、スタミナが切れた頃合いで銃を用いて戦うというのが一番互いの欠点を補うことができる戦い方なのだ。

他にも様々な形に変化することが出来るが、私の使える武器はこの二つしかない。

限られた中でなんとかやりくりしていかないといけないのだ。

考える間も敵は待ってくれない。

それぞれ五発ずつ、残弾を全て費やして襲いくる二体を排除した。

ここぞの場面で全て急所である額に当たるあたり、今の私は神がかっている。

振り向いて黒煙を見る。

まだ新しい『モノ』は現れていない。

残りは四体。

迅雷を握りしめ、刀型に変化させる。


「あと四体……あと四体……」


早く片をつけないと。

全身の筋肉と補助機構を用いて急接近、たじろぐ『モノ』の懐に入り、胸をひと突きする。

一瞬刃を消しながら体を回して背後を取り、そのまま首をはねる。

その勢いを利用して、身体を倒しながら補助機構をフル稼働しスライディングの要領で高速で右隣の『モノ』の足元を背後へと滑り抜ける。

鮮血を撒きながら、切断された右脚の方へ崩れる『モノ』を背後から串刺し、刃を体内でぐるりと回してとどめを刺す。

そこに左から拳。

間一髪のところで避ける。

と、そこに左からの蹴り。

避けきれず腹部に強烈な一撃を食らう。

完璧に入った。

大きく吹き飛び、湖岸の岩場でゴムまりのように跳ねてそのまま湖に叩きつけられた。



・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

このまま終わってしまうの……?

目の前の人を助けたいがために命令を無視して倒されて……

一体私は何がしたかったの?

あの時、指令に従っていたら、こんな思いはしなくて良かったんじゃないの?

身体中が痛い。

左肩から下の感覚がない。

全身から力が抜けて行く感じ。

口の端から気泡が溢れる。

目を開くと、そこは美しい世界。

光が彼方でほのかに輝いている。

その光を眺めていると目頭が熱くなった。

涙が流れているのかはわからない。

ただ、ただ、後悔が募る。

その瞼に映るのは二人で過ごしたひと時の夢。

私は今さらあの時間に幸せを感じていた事に気付いた。

それも夢か現か。

本当にあったことか、死ぬ間際にみた夢だったのか。

それか幸せな日々が本当で、戦っている今が夢なのかもしれない。

まさに胡蝶之夢のような。

揺れる波間の光が近づいていく。

どっちが夢でどっちが現実か……今の私にはわからない。

ただわかるのは一つ。

もう夢から醒める時間だということだけ。


「……めたく……ない……」


口から気泡が溢れる。

想いが心から溢れる。

泣きたくなるような想い。

体の内側から爆発しそうな想い。

胸が締め付けられるような、願い。


「夢でも醒めたくない!」


気づかなかったはずの気づいていた想い。

私は普通の女の子のように生きたい。

泰護さんとの楽しかったひと時を夢で終わらせたくない!


「わたしは……!! もっと……!!」


どんどん近づく波間の煌めき。

私の叫びがこだまする。

そして、夢の世界が終わった。

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



目を開けると、星が瞬く夜空が広がっていた。

水音を立てながら体勢を変える。

彼岸には無数のアークライト。

そして目の前の岸には……。


「また……増えたのね」


三体の『モノ』。

軽く泳ぎながら全身を確認する。

左腕は動かず、右脚も痺れている。

頭の出血は水につかったことで悪化している。

石場で強かに打ち付けたせいで呼吸はしにくい。

全身に切り傷や擦り傷が無数にあり、全身血だらけだった。

だけど……。


「やるしかない」


夢を現実にするために。

普通の女子高校生として好きな男の子と一緒に放課後の時間を楽しむ。

そんな夢を叶えるために。

どんなにボロボロになってもその夢だけは譲れない。

絶対に叶えてやる。

心に想い人の横顔を浮かべながら、そう決めた。


「あっ……」


思わず声がでた。

ゆっくりと私の全身が光に包まれる。

今まで身に纏っていたボロボロの装束がゆっくりと脱がされる。

あまりにも心地が良い。

思わず、目を閉じる。

全ての衣装が脱がされ、再び新たな装束が装着されてゆく。


「なに……これ……?」


一新された装備。

和の要素が強いデザインで、今までのものよりすべての機能が格段に向上していることが身につけるだけで分かった。

もうすでに身体は限界を迎えていた。

それにもかかわらず溢れるような力。

装備と一体になったような感覚。

こんなこと今までに経験した事はない。


「これなら……!」


いける。

たった三匹、すぐに倒せる。

左腕は動かず、右脚は感覚がなくなってきた。

でも、身体と補助機構をどう動かせば戦うことができるのかがはっきりと分かる。

いや……分かるというより、装備が教えてくれるような感覚。

今までよりも数が増えた補助機構の全てを考えるまでもなく扱える。


「よし!」


痛みも何も忘れ、ただ敵に向き合う。


「ふっ!」


まさに雷のように一瞬の出来事。

切断された首が空を舞う。

たった一撃。

自分でも驚くほどにすんなりと一体を倒すことができた。

思わず自分の手を眺める。

その隙を逃さず左から飛んでくる拳。

避ける事なく切断し、そのまま懐に入る。

右脚、左足、腹、脇腹と斬りつけ背後に回り、腹部を串刺し。

すぐさま切り替えて首を飛ばす。

血の雨を腫らしながら崩れ落ちる胴体を左足で蹴り飛ばして最後の一体を吹き飛ばす。

仲間の重量にこらえきれずに大きく後ろへと跳ねる『モノ』。

間髪入れずに追撃をする。


「これでっ……!」


顔を上げた『モノ』。

その目に最後に映ったのはなんだったのか。

後悔?

悔しさ?

一瞬、疑問が浮かぶ

『モノ』にも感情はあるのだろうか。

だが、それを深く考える間もなく、そのまま袈裟懸けに斬り伏せた。

崩れ落ちる巨体。

それを見下ろし、一息をつく。


「さて……」


ここからが本題だ。

黒い煙。

どうやって祓うか。


「とりあえず……」


斬りつけてみる。


「!!」


まるで鋼鉄のように硬い膜に弾かれたかのように腕が痺れた。

強化された装備ですら弾かれるほどの防御力。


「くっ!!」


まさかこれほどに硬いとは思わなかった。


「いや……」


ダイラタンシーのように強い衝撃を与えるとダメなのかもしれない。

だが、非常に強い衝撃に対抗するようなダイラタンシーの技術は、今の人類にもない。

ましてや、『モノ』が用いる技術がそれほど高度なものだとは思えないが……


「試してみるのも……いいかもしれないわね」


ゆっくりと刃を煙に近づける。

過剰な力を与えないように慎重に、慎重に……。

静かに近づく刃先が黒煙に触れるか触れまいかという瞬間。


「!?」


煙が刃にまとわりつき、強い力で引きずりこもうとしてきた。

慌てて刃を消失させる。

行き場を失った煙は少しの間もやもやと漂った後、黒煙の集合体に吸収されていった。


「くっ……」


やるしか……ない。

全力でぶつかって斬りはらうしかない。

後ろ跳びに跳ねて、少し距離をとる。

軽くジャンプして力をためると、全身のバネと補助機構を全開にする。

「ぅぁぁああああああああ!!!!」


ガキンッ!!と、鈍い音が響く。

手応えはあった。

だが……。


「うそでしょ……」


思わず苦笑が漏れる。

刀が折れた。

なんという硬さだろうか。

再び刃を生成し、距離を開ける。

何度折れようが、やるしかない。

もう一度全開で黒煙に斬りつける。

難しい考えはいらない。

言葉もいらない。

ただ願いを込めて。

想いをこめて。


「ぁぁぁぁあああああああ!!!!」


一閃。

闇を切り裂いた。


「……やった!!」


その隙間に手をねじ込み、隙間を広げようとする。

そこへまとわりつく黒煙。

だが、それも今の私の目には入らない。

ただその眼に映るのは、中に倒れ臥す泰護だけ。


「泰護さん……」


思わず目頭が熱くなった。

彼は関係ないのに……。

私が巻き込んだせいでこんな目に……。


「泰護さん……泰護さん、泰護さん!!」


必死に呼びかける。

すでに黒煙は私の上半身を飲み込もうとしていた。

だが、それに割く余裕などないまま、ただただ叫び続ける。

起きてほしい。

助かって欲しい。

私を……連れ出してほしい……。


「泰護……さん…………」


涙で視界が奪われる。

同時に、黒煙の力に押されていた。

それでも焼けるような手の痛みを堪え力を込める。


「ぐっ!!」


突然、腹部に強い衝撃を受けて弾き飛ばされる。

ぐるりと世界が一回転し、身体が地面に叩きつけられた。


「ぐぅ……うぁ……」


起きあがることができない。

まるで魔法が解けたかのように、一気に全身から力が抜けていく。

溢れた血が、口の端から零れ落ちる。

そんな私にまとわりつく黒煙。


「あぁ……ああぁ……」


身体が震え歯がガチガチと音を立て始めた。

突然衣装が光り出し、装備が光の粒子となって消えてゆく。


「なん……で……?」


疑問が一瞬浮かび、次の瞬間には頭の中から追い出された。

忘れていた痛みが、寒さが全身を襲う。

今の衝撃で再び頭部の傷が開いたのか、一時的に回復していた右の視界が再び真っ赤に染まる。

満身創痍。

今まで戦っていたことが嘘のように、動くことができない。

痛い。

寒い。

眠い。

ぼやけていく視界のなか、震える腕を精一杯泰護に伸ばす。


「たい……ご……さん……」


すでに全身が黒煙に覆われ、ビリビリとするダメージが常に加えられている。

もう動けない。

助けることは……できない……。

絶望と諦め。

もはや、立ち直る事など出来なかった。

ついには、伸ばした右手が地に堕ちる……。


「……えっ……?」


突然、眩しく暖かい光があたりを満たした。

瞬く間に黒い煙が晴れていく。

全身の痛みが一気に軽くなり、暗闇に慣れた目が眩む。


「これは……」


言葉が続かない。

ただ、全く歯が立たなかった闇が一瞬で祓われるその様に、唖然とする。

しばらくして、全ての煙が晴れ明るさにも目が慣れた。

それにより、周辺の様子も見ることができるようになる。

黒煙を消し去った光は、泰護の胸をその光源としていた。

何らかの力が泰護に作用してこの状況を起こしているのだろうか。

様子が見えても、依然状況が掴めないままだ。


「泰護……くん……」


とりあえず、彼の方に向かう。

少しずつ少しずつ、動かない身体で地を這いながら彼に近づく。

いつもなら一足飛びでたどり着くほどの距離。

それが、無限にも感じるようだった。

ようやく辿り着き、胸に手をかける。

握りしめた迅雷で、結界を組む。


「泰護さん! 泰護さん!!」


何度も何度も呼びかける。

微かな呼吸音、上下する胸。

彼の顔がぼやけて見えなくなる。

良かった。

痛みも寒さも、全てを忘れてただひたすら涙を流す。

ほのかな光に包まれた世界には私と彼の二人きり。

その静かな世界の中で私は彼が目を覚ますまで彼の名を呼び続けた。

戦闘回でした

よろしくお願いします!

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