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神血のヴァルキュリヤ  作者: 和太鼓
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二話 告白

浜に打ち寄せる波の音。

初夏の夜のまだ少し肌寒い風を感じながら、僕は湖畔を歩いていた。

悩んだ時はいつもこの浜辺へ赴き、夜の湖とそこに輝く無数の反射光を眺める。

時間はすでに夜の10時半。

すでに人通りはない。

いつもは夜釣りを楽しむ人がまばらにいる湖畔だが、今は人影がない。

加えて、今夜は新月。

街灯もまばらな湖畔はいつも以上に暗く、水面に映る対岸の灯がこれ以上ないほどに美しく映えていた。

丁度良い大きさの石に腰掛け、心地良く吹き付ける湖風に眼を閉じる。

ふと、夕方にこの付近で会った女の子を思い出した。


「……明日も会えるかな」


そう呟いた瞬間、風が止んだ。

一瞬で全身が固まる。

腹の底から凍りつくようなおぞましさと全身から脂汗が吹き出るほどの焼き尽くされるような存在感。

今まで生きてきた中では感じることのなかったような、命の危機。

軽く風が吹くだけで命の灯火が消えてしまいそうな、そんな絶望感。

身じろぎひとつ出来ない。


「ああ……」


何が起きたか全く分からない。

息が出来ない。

声も出ない。

かろうじて目だけを動かし周囲を見渡すが、何も映らない。

ただ、何かとてつもない存在がそばにいるということだけがわかる。

恐怖が全身を満たす。

思考は凍りつき、意識が朦朧とする。


何も分からないままこのまま……。


もうダメだ……。


……。



「でやぁぁあ!!!」


近くで声が聞こえた。

と、その瞬間、緊張から解放される。

座っていた石から思わず崩れ落ち、片膝をついたままむせ返るように荒く息をつく。

同時に、先ほどとは違う汗が全身から吹き出してきた。

たった一瞬の出来事。

その一瞬が、永遠にも続くような地獄のように感じた。


「一体……」


何が起きたか分からないまま、後ろを振り返る。


「大丈夫ですか?」


小さな影がひとつ。

その影が、優しい光に包まれその顔が明らかになる。


「君は……!」


そこには、錦守世が立っていた。

深夜なのに運動をするような服装。

そしてその手にはスマートフォン状の何か。

彼女を照らす光はそれを光源としていた。

輝くそれを右手に握り、錦は半身になったまま僕を見下ろす。


「これはどういう……」

「話は後です。とりあえず早くここから逃げてください。後、返信も早くお願いします」


錦は僕の言葉に被せて指示を送ってきた。

初めて話した時と変わらないか細い声。

だが、その言葉は今までとは全く異なる力強いものだった。


「あ、ああ……」


錦に頷いて立ち上がり、次の瞬間再び僕の足が止まる。

逃げなければと思いながらも、体が動かない。

目の前で今しがた起きた光景が信じられなかった。


「消え……た……?」


目の前にいたはずの錦の姿が、一瞬にして消えたのだ。

驚きのあまり思わず膝の力が抜け、へたり込んでしまった。

そのまま、数十秒か数分か。

夢現つのまま幾らかの時間が過ぎた頃。


「あ……あの!」


僕の目の前に再び突然、錦が現れた。


「大丈夫でしたか?」


何もない空間から現れた錦。

その光景にただ呆然とするばかりで答えることができない。


「逃げてって……言った……のに……」


言葉を継ぐ錦が、びっくりした表情になる。

その顔を最後に、少しずつ暗くなっていく視界。

これが、気絶というやつか。

そんなことを思いながら、許容値を超えた驚きで僕は気を失った。


**************


「う……んん……」


目を開けるとそこには天使のような女の子の顔がすぐ近くにあった。


「いや、女神……か?」

「何言ってるんですか?」


ぼんやりとした頭が空回りする。

上の空で呟いた僕に、容赦ないツッコミが突き刺さる。


「くっ……うぅ……」

「おはようございます。大丈夫ですか?」

「ああ……」


全く大丈夫ではない。

頭は混乱して沸騰しそうだ。

だが、そんなことは言えるはずがなかった。

強がりつつ、周囲を見回すうちに少しずつ思い出してきた。

と、同時にまず最初に疑問が浮かび上がる。


「一体さっきのは…… あなたが僕を助けてくれたんですか?」


錦は僕の質問に何も答えない。

身体を起こそうと身じろぎをする僕を黙ったまま手伝うと、座った僕の右隣にそのまま腰を下ろした。


「ちょ……!」


女の子と並んで座るなんて経験がない。

どうしていいかわからず無理にどいてもらうことも出来ない。

とりあえずそのままにしておき、あたりを見回してみると僕たちの周辺だけが異様に明るいことに気がついた。


「朝……か?」


首だけを動かして辺りを見回すと光線がまるで蚊帳かテントのように僕達の周りを覆っている。

いや、光線というよりは光の糸か。


「なんだこれ……」


不思議な光景だった。

何が光っているのか、そして、明らかに普通ではない光り方はどういう原理なのか。

疑問が次々と浮かんでくるが、グッとそれを飲み込み最大の懸案を錦に問いかける。


「……今、何時ですか?」

「泰護さんが意識を失ってからかれこれ十五分ほどです」


僕が眠っていたのは予想よりはるかに短い間だけだったようだ。

親にどやされずにすみそうで胸をなで下ろす。

最大の懸案事項が解消されたことで、僕は落ち着いて現状と向き合えるようになった。


「さっきのは? いきなり消えたと思ったらまた現れて……」

「夢です」

「んなわけねーだろ……」


速攻でボケてごまかそうとした錦に呆れながらツッコミを入れつつ、説明を求める。


「話せば長いんですけど……」


そう言って錦は話し始めた。


「私たちが住む陪膳ヶ崎は、昔から神に食事を捧げる場所として有名でした。日本最大の湖に面し、そこで取れる様々な魚介類やその豊かな水を用いて作られる様々な作物は古来より神への供物として重要なものだったんです」


さらりと言う錦に思わず待ったをかける。


「ちょっと待って下さい。 神? 冗談だろ?」

「そう思うのは無理もないですよね。神や神への供物は神聖なもの。ですからそれらは常人の目には見えません。見えないものを信じろという方が無理ですよね」


でも……と、錦は話を続ける。


「実際に千年以上の間、供物は母なる(うみ)から神へと捧げられてきました。そして、それを護るのが私達の仕事です」

「護るって……何から?」

「神への供物という極上品を狙う悪玉です。陪膳ヶ崎に住む少女のうち選ばれた者は陪膳の街とそこから神の元へ捧げられる供物を秘密裏に守る役割を担っているんです」

「なんというか……途方も無い話だな」


現実感を持って聞くことができない。


「そもそも、そんな戦いが繰り広げられていたらみんなわかると思うんですけど」


僕の問いに、ふるふると首を振る錦。


「神や、神への供物、その運搬人、そしてそれを狙う悪玉は人間よりも高い次元の存在です。その存在は容易には認知できないんですよ」

「じゃあ、どう戦ってるんですか?」

「当然、供物を守り敵と戦う私たちも、それらと同等以上の高次元の存在になる必要があるんです」

「もしかして、消えたり現れたりしてたのは……」

「はい。消えたように見えたのが高次元の状態です。生身のままでは戦えないので……」


色々と説明を聞かされたが、正直ほとんど理解していない。

『神が実在して、錦はその神のために戦っている』だと?

まるで神話かお伽話のようだ。


「とうてい……信じられない……」

「それでも、今日、泰護さんはその戦いに関わりました」

「そうなんですよねぇ……」


彼女の言う通り、僕は巻き込まれた。

そして…………


「僕は……感じてしまった」


あの地獄を。

威圧感を。

死を。

この肌で直に感じた。


「決して君は妄想を口にしているわけじゃないってことはわかった」


でも、それを理解することと受け入れることは別の話だ。


「正直、さっきの体験も今の君の話も……僕が生きる世界の話だとは思えない……僕みたいなただの高校生には、荷が重すぎる」

「それは……」

「それに……何故この話を僕にしたんですか? その意図が知りたい」


ずっと抱えていた疑問をぶつける。


「私はあなたと、泰護さんとお付き合いしたいです」


突然、錦が口を開いた。

初めて会った時に、彼女が言った言葉。

命を賭け、伝統を護り戦う女の子の言葉。

今聞くと、あまりにも重いその想い。

僕には…………。


「……僕には何も……何も見えなかった……」


供物を狙うという敵も、供物も、運び人も……。


「戦っている……君の姿も…………」


何も見えなかった。


「錦さん……君のような女の子に僕は不釣り合いだ。僕のような男は、君に相応しくない」


初めて会った時にも言った言葉を繰り返す。

だが、今では込めている想いが違う。


「関わる事で傷つけるとかいう次元じゃない。僕が君の足枷となってしまう」

「そんなことは……!」


否定する錦。

だが、たとえ彼女が危機に陥ったとしても、いや、そもそも戦っているところすら見ることができず助けになることもできない。

一番大切な人が苦しんでいる時に支えになることさえも出来ない。


(いや……)


たとえ彼女の戦いが見えたとしても、彼女の助けになろうとするだろうか。

先ほどの恐怖を再び思い出すと全身がすくむ。

思い出すだけでも恐怖に囚われるというのに、実際にそうした場面に動けるだろうか。

きっと僕は……。


「きっと僕は、動けない。あなたの抱えているものを、僕は支えることはできない」


うなだれながら声を上げる。


「僕には……重すぎる……」


僕の言葉には答えず、錦は僕から身を離し立ち上がった。

その背中を見ながら、僕は彼女に問いかける。


「君は、どうして僕のことを……?」


どこかで会ったことがあるか。

何か知らないうちに接点を持っていたのか。

なぜ、僕と付き合いたいと言っているのか。


「……秘密です」


様々な疑問を抱える僕に対して、彼女は背を向けたままたった一言だけ答えた。

期待を削がれた僕に対し、彼女は背を向けたまま言葉を続ける。


「 ……私が戦っていること、そしてその戦っている私自身もあなたにとっては恐怖でしかない。 この秘密を知られてしまったら、あなたは私を敬遠するだろうことはわかっていました」


錦の言葉で気がつく。

彼女は特別な女の子ではない。

戦いはすれど、メンタリティは普通の女の子なのだと。

『ただの高校生には、荷が重すぎる』

この言葉は彼女にこそかけられる言葉なのだと。

『僕は君に相応しくない』と言う言葉は彼女を傷つけるものなのだということに。


「錦……さん」

「いきなり現れて、説明もなしに告白。そして目の前でよく分からない力を使って戦い始める。私でもドン引きします」


笑いながら言う錦。

きっと、力を持つ彼女は特別扱いされる事を望んではいない。

ひとりの女の子として向き合ってほしいと思っている。

それが分かっていても、僕にはどうするべきかが分からなかった。

何も言うことができない僕に錦は顔を向ける。


「私はあなたとお付き合いしたいです。 でも、私のこの想いは泰護さんを苦しめてしまうかもしれない」

「…………」


錦は、にっこりと微笑んだ。


「今、受け入れることが出来なくても良いんです。いきなり受け入れろと言うのがそもそも無理な話ですよね……」


言葉を切り、錦は逡巡する。


「だから、知り合いからでも構いません。私とお付き合いしていただきたいんです」


錦はそう言って僕を見つめる。

でも僕は……。


「……」


何も答えることができなかった。

言葉が見つからなかった。


何も答えない僕を見て、彼女は顔を伏せた。

再び訪れる沈黙。

僕からは彼女の表情は見えない。

何を彼女が考えているか、何を感じたのか。

僕には、見えない。


「……ごめんなさい。おやすみなさい」


夜の静けさを破り彼女はそう呟いた。

僕が何か答える前に彼女は僕に背を向けて駆け出した。


手を伸ばしかける。

何かを言わなければ、彼女を引き止めなければ……。

でも、言葉が出ない。


何も言うことができないまま、僕は彼女の後ろ姿をただ眺めるだけだった。

二話です。

よろしくお願いします。

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