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神血のヴァルキュリヤ  作者: 和太鼓
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一話 錦守世

暗闇の中、微かな鈴の音が聞こえる。

湖の方から静かに、でも確かに近づいてくるお囃子の音。

やがて、はっきりとその音色が辺りに響きわたると同時に、手にした機械に指令が着信する。


「出動、了解」


静かにつぶやき、手にした機械――神器『迅雷』を操作する。

その間に私の目の前に姿を現した行列。

闇夜を神々しく照らす金色(こんじき)の集団。

神への供物を湖国から運ぶ行列。

美しいと思いながらも、その責任感にいつものごとく身が固くなる。

私たちはこれから数時間、この護衛にあたる。

人には見えない敵から、人には見えないこの行列を護る任務。

幾星霜に渡り続いてきた戦いが今日も始まることを予感しながら、私は光に包まれた。


***************



夕暮れ時。

家路を急ぐ人の波が駅へと押し寄せる。

高校生、サラリーマン、カップル達。

彼らはゆっくりと歩く僕を次々と追い越して小さくなっていく。


「はぁ……」


ため息を一つついて歩みを止める。

空を見上げると初夏の夕陽が雲を橙に染めていた。


「面白くない……」


高校に入って2年目の夏、僕は暗闇のどん底にいた。

念願だった陪膳(ばいぜん)高校に合格した時、僕は県内トップ校の生徒として明るい未来が広がっているんだと期待に胸を膨らませていた。

進学先を知った人は口を揃えて僕を褒めそやし、期待をかけられることが心地良かった。

自分はなんでもできる。

無限の可能性がある。

そう思い、自信に満ち溢れていた。


「でも、俺には何も見えてなかった……」


いざ高校に通うと、その空虚な自信はボコボコに潰された。

残ったのは敗北感と挫折感。

僕より優れた人はいくらでもいる。

取り柄だと思っていたことも実は大したことがない。

そんな考えがこびりついてしまった。

好きだったことは全部嫌いになって、ただ、無為に流れる日々。


「僕は……どうすればいいんだろう……」


迷路から抜け出せないまま、僕は高校での2年目の夏を迎えようとしている。





電車を降りると、いつものように湖へと足を向ける。

休日は釣りに勤しむ人々で賑わう湖畔も、平日の夕方は閑散としている。

波間に映る橙色の光。

そよ風が頬を撫で、浜に打ち寄せるさざ波の音が心を軽くする。


「……気持ちいいなぁ」


放課後の予定などない。

多少帰るのが遅くなったところで大した問題はない。

それに、と輝く水面を眺める。

どこまでも広がり、鳥や船が無数に行き交う湖。

オレンジに染まっていくその美しい風景。

長居してでも、この素晴らしい景色を自分のものにしていたかった。


「あ……」


空には水鳥が舞っていた。

自由に飛び回る彼ら。

彼らのように……自由に……


「あっ、あのっ!」


突然背後から声をかけられた。

振り向くとそこには黒髪長髪で前髪を切りそろえたとても可愛い女の子。

小柄な見知らぬ女の子が立っていた。

思わずそのまま見入ってしまうと、女の子は恥ずかしそうに顔を伏せる。


「……」

「……」

「あっ、えと……なんですか?」

「えっ! あっ、はい!」


ハッと我に帰り、彼女から目をそらしながら僕が先に口を開く。

彼女のことをずっと見つめていたことに気づき、顔が熱くなった。


「う……あ……えと……」


何かを言いたげな少女の声を聞き再び顔を彼女に向けると、目があった。

揺れる彼女の視線。

でも、今度は僕も女の子も顔を逸らさない。


「あの、石山泰護(いしやまたいご)さん……」


か細い声で彼女は僕の名を呼んだ。

驚いて僕は彼女の目をまじまじと見つめると彼女は持っていた鞄で顔を隠す。

そんな彼女の様子以上に、その言葉に驚かされた。


「なんで……」

「あなたの名前ですよね?」


その通りだが、それをなぜ会ったことがない女の子が知っているのか。

それとも僕が忘れているだけで、どこかで会っているのか。


「そうだけど、どうして僕の名前を……? いや、それより、どういった要件でしょうか?」


僕の問いかけに、彼女は何も答えることなく押し黙る。

とてもこの世の人とは思えないほど、僕の好みをドンピシャで貫いている女の子。

女の子との関わりがそもそも少ないぼくが、そんな女の子と一度でも会っていれば忘れるはずがない。


「どこかでお会いしましたか?」


そう彼女に問いかけると同時に、彼女の着ている服が僕と同じ、陪膳(ばいぜん)高校の制服だということにようやく気がつく。


「同じ高校だったんですね?」


とはいえ、女の子とあまり話すことがない僕と彼女の間に接点があるとは考えにくい。

少なくとも知り合いではない。


「あの……」


何も答えなくなった少女。

重苦しい無言の空間。

ついに僕はこの空気に耐えきれなくなり背を向ける。

いきなり話しかけてきたくせに、質問には押し黙る。

一人の時間を邪魔された不快感と質問を無視された苛立ちが残っていた。

一方で、話す機会を逸したことを残念にも感じていた。

何が残念なのかはわからないが、小さな喪失感のようなものが胸の中に残っている。

そうした思い残しからか、おもわず振り返り少女に話しかけてしまった。


「どうして僕に……」


そう言いかけて、不意に暗い感情が胸に湧き起こり口をつぐむ。

ようやくカバンの影から顔を出した女の子を冷めた感情と共に見下ろす。


「いや……なんでもない」


やっぱり……別にどうでもいい。

あれほどの美少女だ。

きっと、僕とは生きる世界が違う人間だ。

僕が関わることは彼女の人生を邪魔することになるかもしれない。

僕のことを知っているのも、良い意味での認識とは限らない。

だから、ちゃんと話せなかったことは彼女にとっても、僕にとっても良いことなのだろう。


「僕のことなんか早く忘れた方がいいですよ」

「え?」

「どうして僕に話しかけてきたのかは知りませんが、僕はあなたの期待に応えられると思いません」

「どうしてそう思うんですか?」


彼女からの返答があったことに驚く。


「どうしてって……」

「私は、あなたにお願いがあって声をかけました」

「え?」


思わず振り返り、彼女の顔をまじまじと見つめた。


「お願い……?」

「はい。お願いです」

「やめてください。僕はあなたの手助けが出来るほどの人間ではない。むしろ、僕なんかに関わるとロクなことにならないと思いますよ」


自分を卑下する。

自分は出来るだけ他人と関わらない方が良い、という考えはとても後ろ向きな考えだとは分かっている。

だが、そう思うことで、僕は自分への失望や絶望から自分を守ることが出来ていた。

理想を遠ざけることで、現実と理想の狭間で自分が傷つかないようにしてきたのだ。

良くないことだとは思いつつ、でも、ほかに心の平穏を保つ方法を知らなかった。


「僕に……関わらないでください」


胸が痛くなるのを感じながら、そう告げる。

それがどういう感情なのかははっきりとわからない。

自分自信が傷つかないように、そして自分が関わることで誰かを傷つけないために、僕は必要以上に他人と関わらない。

これまでの高校生活ではそうしてきたし、そしてこれからもそうするつもりだった。


そのつもりだった。


「あ、あの!!」


一際大きな声が背中で凛と響いた。

振り向くと、真っ赤な顔をしたさっきの少女がすぐそばにいた。


「あの!お願いがあるんです!」

「!!」


僕の話を聞いていなかったのか。


「僕じゃダメだって……」

「あなたじゃないとダメなんです!」


少女は胸の前に合わせた手をギュッと握りしめる。

僕じゃないと……だめ?

唖然とする僕に構わず、彼女はもう一歩僕に近づいてきた。

一拍置いて口を開く。


「わっ、わたしと……わたしと、お付き合いしていただけませんか?」


夕陽が煌めく波間を背に、彼女は赤い顔でそう言った。



*****************



暗い部屋をスマートフォンの画面の光がぼんやりと照らす。

数百の知り合いの連絡先が登録された画面。

実際に連絡を取っている人は両手で数えても指が余るほどしかいない。

そのほとんど稼働していない通信アプリに、今日新しい連絡先が追加された。


錦守世(にしきもりよ)、か……」


トーク履歴には新着のメッセージ。


『今日は突然失礼しました。お返事はすぐに、ということではありません。ゆっくりお考えください。明日、またお会いできればと思います』


届いてから数時間、一度も「既読」をつけることなく「未読」状態にしたままだ。


「ほんとに、なんなんだよ……」


思いもしない展開に頭を抱える。


『わたしと……お付き合いしていただけませんか?』


初めて会った美少女から、そう言われて数時間。

混乱する僕を置いてけぼりにしたまま、錦は僕に連絡先を教え、返事は今度でいいと言い残して去っていった。


「初めて会った女の子にいきなりそんなこと言われてもなぁ……」


どれほどの美少女であっても、いや、美少女であるからこそ困る。

美少女が僕なんかに告白?


「そんなこと、本気のはずがない」


そうは言いつつ、頭の片隅では本当なのかも知れないと考える。

いろんな可能性が浮かんで、結局答えの出ないまま数時間。

相手の意図も、自分の考えも何もわからないまま、長い時間が経っていた。


「……ダメだ、頭冷やそう。」


頭の使いすぎで軽い頭痛を覚え、気分が滅入ってきた。

息抜きがてら夜の散歩に出かけようと、僕は部屋のドアを開け外へと足を向ける。


その時の僕は、その晩が運命の夜だと気付かなかった。

新連載です

一週間ほど連続で投稿します

よろしくお願いします

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