八
「手を組もう」
と、あの牧師は言った。我々の利害は一致しているとも。どういうわけか洋平は、尊が希に惚れていると勘違いしていた。あまつさえ「俺の目から見ても貴様らはお似合いだ」と嬉しくもない声援まで。想定外過ぎて尊は不覚にも否定することができなかった。
お似合いといえばお似合いだ。同じ異能を持つ者同士。希には理解できる部分は大いにある。その点、洋平は鋭い勘をしている。が、いかんせん発想がお粗末だ。
同族意識は必ずしも恋情には結びつかない。むしろお互いを理解しているから余計に恋愛対象になりえないのだ。自分の異能でさえ持て余しているのに、他人のそれを抱え込む気にはなれない。異能者の苦悩を知っているからこそ。
希から解放されてすぐ、尊は望の書斎に向かった。そうたやすく二人きりにさせてなるものか。ノックをして入室する。
望の書斎に入るのはこれが初めてだった。最初に目に付いたのは部屋の主よろしく構える大きな机。年季の入った物だろう。しっかりとした造りで、深い色合いの木目が美しい。黒革の古風な椅子。ノートパソコンとプリンターなど、説教の執筆に必要なものが一式。そしてーー書斎と呼んでいるだけあって壁一面に書籍が並べられていた。文庫本から百科事典のような厚いものまで多種多様の本。背表紙の題名もまた日本語や英語のみならず、ドイツ語や果てはラテン語のものまであった。おおよそ、二十代の女性には似つかわしくない、静謐で重厚な雰囲気の部屋だった。間違ってもタルト一つに目を輝かせる天パの仕事場とは思えない。
「早かったな」
脚台に腰掛けていた洋平が呟いた。その視線は手にしている原稿に向けられている。おそらく、望の説教だろう。尊は部屋を見回した。
「的場牧師はどちらへ?」
洋平は尊の方を見もせずに、親指だけをもう一つのドアに向けた。
この書斎には、出入り口が二つあった。一つは今まさに尊がやってきた牧師館へと繋がる扉。もう一つは会堂、すなわち礼拝堂に繋がっている。
「来客だ」
「それはまた間の悪いことで」
「よくあることだ」
洋平は内ポケットから万年筆を取り出すと、原稿に何やら書き込んだ。
「教会員の方ですか?」
「いや、そこの公園にお住いの方らしい」
なるほど。公民館のそばにある、あの公園に住んでいるのなら、武蔵浦和教会の目と鼻の先だ。足を運ぶこともあるだろう。別段不自然なことではない。そう、公園に住んでいるのならば。
(……こうえん)
尊は引っかかるものを感じた。