七
洋平を武蔵浦和教会まで送り、尊は踵を返した。望の体調が気になるところだが、今は的場姉妹と洋平に関わりたくなかった。
「では、私はここで」
『お茶の一杯くらいはご馳走するわ。せっかくのお休みの日を割いてくださったんですもの』
「遠慮することはない」
希は無論、洋平までもが引き止める。そつなく断ろうとした尊の腕を引き、半ば強引に牧師館へ。抵抗する間もなかった。
おまけに無理やり招き入れた洋平は、尊をリビングに置いてさっさと望の書斎に行ってしまった。説教の進捗状況を確認するだの言っていたが、それは口実だということを尊は知っていた。
あろうことか洋平は、リビングから出ていく際、尊に向かって親指を立てていた。至極真面目な顔なのが余計に尊の癇に障った。許されるものならその立てた親指をへし折ってやりたいくらいに。
洋平が気をまわした結果、リビングに尊は一人残された。正確には、設置したマイクとスピーカーとカメラでこちらの様子を伺う希と二人きり。小さな親切、大きな迷惑とはまさにこのことだった。
(牧師って揃いもそろって思い込みの激しい人種なんですかね)
何故こうなった。尊は自問するがいつまで経っても答えは出てこなかった。尊はソファから腰を上げた。
希が周到に用意していたお茶は、すでに冷めている。にもかかわらず、洋平が戻る気配がない。一体いつまで入り浸るつもりなのだ、あの男は。善意なのだから質が悪かった。尊と希を二人きりにして、洋平はささやかな達成感に浸っているに違いない。
尊はかぶりを振った。万が一望にまで変なことを吹き込まれたら、取り返しのつかないことになる。書斎で二人きりというのも気に食わない。邪魔しよう。
説教となれば、牧師同士でしかわからないことだ。しかし様子見と称して顔を出す程度ならば許されるはずだ。あれでもキリスト教徒なのだから、すげなく追い出しはしないだろう。きっと。
ガチャリ。
突然、擬音語で表すに相応しいほど明確な音が、リビングに響いた。尊は肌が泡立つの感じた。案の定、廊下へと続くドアのノブを捻るが開かない。
「……何故、鍵を?」
『質問スルノハコチラダ』
くぐもった低い声がスピーカーから。状況からして誰かはもろバレだ。それだけに尊はとてつもなく嫌な予感がした。招き入れておきながら一向に希の声がしないと思っていたら、せっせと取り調べの準備をしていたらしい。
『三日前ニ何ガアッタ』
「何のことでしょう?」
『水曜日ヨ。ノンチャンガオ見舞イニ行ッタハズ』
質問の意図が読めなかった。眉を寄せた尊に、声は激昂した。
『トボケルノネ! 証拠ハアガッテイルノニ!』
「惚けているつもりはありません。覚えがないだけです」
『ジャア、アノ背中ノ引ッ掻キ傷ハ何?』
背中。引っ掻き傷。尊は額に手を当てた。しっかり爪痕は残っていたのか。我ながら子供じみた行為だった。
『汗カイタカラ着替エサセヨウトシタラ、見ツケタ。証拠写真モアルノヨ』
撮ったのか写真。十中八九、無断で撮ったものだ。姉妹とはいえ盗撮はいかがなものかと尊は思った。
「的場牧師はなんと?」
『聞クナッテ』
「では私がお教えするわけには、まいりませんね」
一日突き合わされた挙句、とんだ誤解を洋平にされてしまったために、尊の機嫌も悪かった。せいぜい悩むといいと、意地悪な考えが浮かぶくらいには。
『マ、マサカ……』スピーカーの声が震える『色気仕掛ケデ、ノンチャンヲ誘ッテ襲ワセテ既成事実ヲ』
「いえ、逆でしょう普通」
思わず尊がツッコミを入れると、音割れするほどの声が部屋中に響いた。
『襲ッタノ! 人デナシ!』