五
病人のいる家に長居するのも迷惑だと思い、尊は早々にお暇することにした。ついでとばかり最寄り駅までの道案内も押し付けられる。工藤洋平が峰崎教会に向かうからだ。望が寝込んでいるので、予定を変えて今日は三杉牧師宅に泊まるらしい。
(……泊まる)
何事もなかったら、武蔵浦和教会牧師館に泊まるつもりだったのか。いくら同期とはいえ、それはいかがなものだろう。自分のことを棚に上げて尊は眉を顰めた。この点においては望の風邪に感謝しておくことにする。
「お大事にとお伝えください」
「さっさと治して仕事しろ」
希に伝言を託して、再び男二人で外出。武蔵浦和駅までの道すがら洋平が「いつから教会に?」と話しかけてきた。どうやら尊を信者だと勘違いしているようだ。
「あいにく私はクリスチャンではないもので」
「的場とはどういう関係だ」
ストレートにど真ん中の質問。臆面もなく洋平は訊ねる。他意はなく、純粋に疑問に思っているだけなのだろう。
「友人、ですかね。何度か食事をご一緒させていただいております」
詳しいことを訊かれる前に尊は話題を変えることにした。
「工藤牧師のご実家は医院と伺いましたが、ご家族の方は献身に反対されなかったのですか?」
「いや」洋平は首を横に振った「親はもともと牧師のいない教会の会員だからな」
息子の献身は願ったり叶ったりということか。
「では喜ばれたでしょうね」
「ああ。母は泣いていた。父には勘当された」
「なるほど、それは親孝……」
尊は思わず足を止めた。空耳だろうか。感動。勘当。文脈として適当なのは後者だが、おかしい。のどかな田舎にあるまじき不穏な単語だ。
「かんどう?」
「親子の縁を切られた。神学校に入学以来、連絡を取ってない。かれこれ八年は音信不通だ」
それはまた過激な。詳しく事情を聞けば、実家の医院を継がせるはずの一人息子の決断を、母親は泣いて止めようとしたらしい。それでも考えを改めない息子に、ついに父親は激怒し勘当。壮絶な過去に尊は言葉を失った。
「まあ医者の数も多くはない町だから無理はないが、牧師に至ってはゼロだ。どちらかを優先させるかは明白だった」
「医者よりも牧師の方が重要だと?」
「勘違いするな。牧師は親父の願いでもある」
心なしか洋平は不機嫌そうだった。
「毎日、書斎から祈りの声が聞こえてきた。牧師を派遣してほしい。一人でいい。牧師がこの教会からたてられますようにと、懇願する声だ。俺は父親の祈りを聞いて育った」
洋平は口を噤んだ。尊もそれ以上踏み込むことはしなかった。結果、男二人は黙って住宅街を歩いた。
「医者と牧師とどちらが重要かと訊いたな」
改札口が見えてきた所で、洋平が先ほどの話を蒸し返した。
「職業に重要度などない。だが、困難さでは断然牧師の方だ。牧師には休日もなければ定年もない。退職を迎えたとしても『引退牧師』と呼ばれ、牧師であり続けることを求めらえる」
洋平は真っ直ぐにこちらを見据えた。挑むような、力ある眼差しだった。
「牧師は職業ではなく、生き様だ。一生を捧げる覚悟を決めた者だけが許される職ーー他人に求めていいものでも、神に祈って丸投げしていいものでもない。無責任な祈りをするな」