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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
六話 イサクの嫁探し
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 病人のいる家に長居するのも迷惑だと思い、尊は早々にお暇することにした。ついでとばかり最寄り駅までの道案内も押し付けられる。工藤洋平が峰崎教会に向かうからだ。望が寝込んでいるので、予定を変えて今日は三杉牧師宅に泊まるらしい。

(……泊まる)

 何事もなかったら、武蔵浦和教会牧師館に泊まるつもりだったのか。いくら同期とはいえ、それはいかがなものだろう。自分のことを棚に上げて尊は眉を顰めた。この点においては望の風邪に感謝しておくことにする。

「お大事にとお伝えください」

「さっさと治して仕事しろ」

 希に伝言を託して、再び男二人で外出。武蔵浦和駅までの道すがら洋平が「いつから教会に?」と話しかけてきた。どうやら尊を信者だと勘違いしているようだ。

「あいにく私はクリスチャンではないもので」

「的場とはどういう関係だ」

 ストレートにど真ん中の質問。臆面もなく洋平は訊ねる。他意はなく、純粋に疑問に思っているだけなのだろう。

「友人、ですかね。何度か食事をご一緒させていただいております」

 詳しいことを訊かれる前に尊は話題を変えることにした。

「工藤牧師のご実家は医院と伺いましたが、ご家族の方は献身に反対されなかったのですか?」

「いや」洋平は首を横に振った「親はもともと牧師のいない教会の会員だからな」

 息子の献身は願ったり叶ったりということか。

「では喜ばれたでしょうね」

「ああ。母は泣いていた。父には勘当された」

「なるほど、それは親孝……」

 尊は思わず足を止めた。空耳だろうか。感動。勘当。文脈として適当なのは後者だが、おかしい。のどかな田舎にあるまじき不穏な単語だ。

「かんどう?」

「親子の縁を切られた。神学校に入学以来、連絡を取ってない。かれこれ八年は音信不通だ」

 それはまた過激な。詳しく事情を聞けば、実家の医院を継がせるはずの一人息子の決断を、母親は泣いて止めようとしたらしい。それでも考えを改めない息子に、ついに父親は激怒し勘当。壮絶な過去に尊は言葉を失った。

「まあ医者の数も多くはない町だから無理はないが、牧師に至ってはゼロだ。どちらかを優先させるかは明白だった」

「医者よりも牧師の方が重要だと?」

「勘違いするな。牧師は親父の願いでもある」

 心なしか洋平は不機嫌そうだった。

「毎日、書斎から祈りの声が聞こえてきた。牧師を派遣してほしい。一人でいい。牧師がこの教会からたてられますようにと、懇願する声だ。俺は父親の祈りを聞いて育った」

 洋平は口を噤んだ。尊もそれ以上踏み込むことはしなかった。結果、男二人は黙って住宅街を歩いた。

「医者と牧師とどちらが重要かと訊いたな」

 改札口が見えてきた所で、洋平が先ほどの話を蒸し返した。

「職業に重要度などない。だが、困難さでは断然牧師の方だ。牧師には休日もなければ定年もない。退職を迎えたとしても『引退牧師』と呼ばれ、牧師であり続けることを求めらえる」

 洋平は真っ直ぐにこちらを見据えた。挑むような、力ある眼差しだった。

「牧師は職業ではなく、生き様だ。一生を捧げる覚悟を決めた者だけが許される職ーー他人に求めていいものでも、神に祈って丸投げしていいものでもない。無責任な祈りをするな」

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