八
「で、個人情報を身ぐるみ剥いだところで俺にどうしろと?」
データの中身を確認するだけなら姉に手伝ってもらえば事足りる。わざわざ練馬区にまで足を運ぶことはない。
望はタブレットを操作してアプリを起動させた。
「怪しいやり取りがあったものでね」
結婚式のひと月ほど前のLINEだ。
『ミコ』という人物と頻繁に、当時婚約者だった綾乃よりも多く連絡を取っている。綾乃に確認したところ『ミコ』という女性に心当たりはなく、結婚式の招待リストにも載っていなかった。念のため芳名帳や祝電も調べたが、該当する人物はいなかった。
ちなみに肝心の内容はドライなようなラブラブなような微妙な雰囲気でなんとも判断が難しい。
「この『ミコ』って女、素っ気ないなー」
三杉が思わず呟く。
何しろ直也が「今日も電車の中で君を探してしまいました」とあからさまに好意を寄せているにのかかわらず「今日は予約が午後からなもので」と事務的にスルー。
直也は明らかに惚れている。が、相手はそうでもないように見受けられた。片想い。その言葉が一番しっくりくる。
「お前、こういう女のためにゴールイン直前の婚約を公衆の面前で破棄するか?」
三杉は猜疑心満載な眼差しを返した。
「……なんで俺に訊く?」
「しかも文面から察するに、出会ってふた月程度で、ほとんど会っていない。こういう女ーーネットだけで全く現実味のない、やり取りだけでも男は惚れるものなのか?」
「だからなんで俺に訊くわけ!?」
年齢と彼女いない歴がイコールで結ばれている牧師は、悲痛な悲鳴をあげた。
「この前言っていたボーカル志望の女の子はどうした。オフ会で連絡先交換したんじゃないのか」
不貞腐れたように三杉は肘をついた。
「男だった」
「は?」
「だから、男だったんだよ」
望は記憶を掘り起こした。
三杉がひと月前にふるっていた熱弁。天使のように澄んだ歌声で、アニメソングを讃美歌のごとく高貴かつ荘厳華麗に詠唱する歌姫。ハンドルネームは『うさぴょん』だったかと。
「男じゃ仕方ないね」
「詐欺だ! カウンターテナーにも程がある!」
慟哭しても生まれついた性別はどうにもならない。突っ伏した三杉の頭にタブレットを置く。
「で、どうなんだ」
「破棄するわけないだろ。今時、結婚式で異議申し立てなんて。両想いでもやらねえよ」
顔を上げた三杉が吐き捨てる。
「ドラマや映画じゃあるまいし、結婚式で花嫁を攫うイケメンなんて見たことがない。ましてや結婚式で本当の自分だかに気づく花婿なんて聞いたこともない」
ごもっとも。仮に真実の愛に目覚めたとしても、穏便に事を済まそうとするだろう。結婚式をぶっ壊すなんてリスキーな真似をすることはない。
「この『ミコ』が新郎を誘惑した魔性の女なのか」
「どうだろうね」望はタブレットを操作した「結婚式の一週間前から、もう連絡取ってないみたいだし」
「会ってもいない、連絡もしていない女のために人生棒に振るかねえ……他の線当たった方がいいんじゃないのか?」
他の線がないのだからどうしようもない。とりあえず『ミコ』を探して話を聞くのが得策。
「予約制の仕事で思い浮かぶのは?」
『ミコ』のメッセージには「予約」の文字が複数回出ている。三杉は肩をすくめた。
「医者、美容師、英会話教室とかの講師……あとは何だろうな」
「やっぱりそうくるよな」
姉とも知恵を出し合ったが、他に思い当たる職業はなかった。そして、直也の素行調査結果とスマホの連絡先リストを照らし合わせたら、一つの可能性が浮かんだのだ。