救いのさかずきを飲み
一体何の話をしているのやら。さっぱり飲み込めない望が口を挟もうとしたら、希が「のんちゃん、お肉いらないの?」と菜箸で和牛を取り上げる。取り皿を黙って差し出せば、ごく当たり前のように食べ頃の肉が入れられる。なんか誤魔化されたような気がしなくもないが、高級すき焼きに罪はない。ありがたく卵に絡めていただいた。
はっきり言っておく。ものすごく美味い。筋がない。口の中で肉がとろけるのだ。尊が隣にいなければのたうちまわるほど望は感動していた。
日本に生まれて良かった。ありがとう神様。おめでとう、恵まれた私……主は我らと共におられる。
「なんて素晴らしい」
思わず望は口に出した。和牛を筆頭に高級な食材を入れた最高のすき焼き。これが美味しくないわけがない。
「この白滝もなんともコシがあって」
「ごめんなさい、のんちゃん。それいつものスーパーの白滝よ」
「しかしこの白菜とネギはたしかに美味しいですね」
「あ、それは教会員の林村さんがくださったの。家庭菜園で育てたんですって……って、のんちゃん、スマホ持って何をしているの?」
望は連写モードにしたカメラを鍋に向けた。
「撮影」
「……なんで鍋を撮るの?」
「記念に」
「ツイッターか何かに載せるのですか?」
「いや、ふりかけご飯食べる前にこの写真眺めたら、美味しく食べられるかと」
希が、そして尊までもが目を瞬いた。ついで生温かい眼差しを向ける。憐憫のような、痛々しいものを見るかのように。変な奴らだ。
「動画も撮っておくから、鍋に触らないでね」
邪魔が入らない間にくつくつ煮えるすき焼き鍋の動画を撮影しておく。これでよし。
「私、明日から在宅ワーク探すね」
「次からは手土産に菓子ではなく、惣菜をお持ちいたしますね」
「助かるわ。ありがとう」
などという会話を交わしながらも希と尊もまたすき焼き鍋を箸でつつく。
「そういえば今日の牧師会はどうだったの?」
「設楽牧師の食前のお祈りが長くてお昼のラーメンがのびた」
「相変わらずねー……」
しかしそれ以外は実に有意義な時間だった。同期ならばまだしも自分よりはるかに経験も知識もある先輩牧師と気兼ねなく話ができるのは牧師会くらいだ。他の集会ではどうしても集会の進行や茶菓子の準備など裏方の仕事に追われてとてものんびり話をする時間がない。
牧師会は勉強と同時に牧師同士の意見交換会の意味合いも兼ねている。説教のことや牧会をするにあたっての悩みを共有し、お互いに祈り合うのだ。
(とはいっても)
望は焼き豆腐をつつく尊の横顔を盗み見た。まず間違いなく美形の分類に入るであろう端整な顔立ちだ。しかしまさか三杉がコロッと惚れるとは思わなんだ。案の定、あの後三杉にいくらメールを送っても返信はない。
(こればかりはなあ……)
タラント〈異能〉によるものとなれば、望にはどうしようもない。せいぜい時が解決することを祈るのみ、だ。