いのちのパンをいただき
希は鍋に肉を投入しつつ考えた。
たしかに、尊の指摘する通りだ。たとえば天文学的な確率で三杉と望が結婚した場合ーー二人して別の場所に住む可能性が高い。お互いに教会の牧会をしているので、その中間地点あたりに。当たり前だがそこに希が住み込むわけにはいかないのだ。三杉がフィギュアとか限定版とかキーホルダーとかDVDとかいっぱい置いて、部屋の余裕もないだろうし。
あと考えられるのは工藤洋平か。あいつは論外だ。ありえない。全力で阻止するつもりだ。しかし望がある日突然頭を打って工藤と一緒に北海道に行くと言い出す可能性はなきにしもあらず。
(のんちゃんが北海道へ……名寄とかに行ったらどうしよう)
想像するだに恐ろしかった。札幌ならばまだしもそんな奥地。ついて行くどころかたまに顔を見に行くことさえ難しくなる。
その点、目の前の青年はどうだろう。
まず、前述の二人とは違って異能者への理解がある。希の引きこもりの理由も知っているので、ややこしいことにはならない。
牧師館には空き部屋がまだ一つ残っている。牧師一家が不自由なく住めるように設計されているのだ。そこに尊が住み着くことになる。異能があるので教会員の前にやたらめったら姿を見せたりはしない。必然的に尊は専業主夫になるのだ。今までほとんど希が負担していた家事を二人で分担して、在宅ワークもしてつつましく暮らす。望と自分と、尊の三人で。
希の中で尊と自分が造花をせっせと作る姿が浮かんだ。今はネットという便利なツールもあることだし、尊の経歴を活かしてネットお悩み相談室を開くのもいいかもしれない。顔写真を出せないのが辛いが、そこは尊のカウセリング力でカバーしてもらうとして、最初は無料にして顧客を獲得し、深い悩み相談は有料にしていけばーーアリだ。むしろ牧師よりも稼げるだろう。
(悪くない……わね)
猫を一匹飼うようなものだと考えれば。いや、猫よりもいい。家事を任せられる上に勝手に稼いでくれる。
「いかがでしょう?」
「前向きに考えておくわ」
「いや、教会じゃ猫は飼えないから」
望が的外れな指摘をする。まだ気づいていないようだ。
「教会じゃなくて牧師館の話よ」
「なおさら悪い。猫を飼う余裕があるわけないでしょうが」
希と尊は顔を見合わせた。次いで意味深な微笑みを交わす。まるで共犯者のように。
「酷いことしないでよ」
「もちろん」尊は人差し指を立てた「飼い主には従順ですから」