のぼる石だたみ
全ては神の召しだと祖父は言った。
「僕だって神様の声を聴いたことは一度もありません」
顔を見たことも、声を聴いたこともない。それどころか存在すら確かではない。牧師として神に長年仕えている祖父ですらそうなのだから、十数年好き勝手に生きてきた小娘が、神の声を聴こうなどとはおこがましいのだ。絶望感に打ちひしがれる孫に、祖父の的場信二は優しく諭した。
「人にできるのは主の御心がなんであるかを見極めることだけです。牧師になるのが御心なのか、それとも別の道が用意されているのかーー」
唐突に、思い出したように信二は訊ねる。
「君は、希さんのために牧師を志すのでしょう?」
少しだけ考えてから頷いた。入学試験ならば間違いなく落とされる返答だった。しかし信二はにっこりと微笑んだ。咎めも、否定もしなかった。
それどころか「行ってらっしゃい」と背中を押した。
「よく育つ種ほど、遠くに飛ぶものです」
最寄駅から徒歩で四十分。リヤカーを押しながらでは一時間。到着した時、すでに的場望は満身創痍だった。
「……なにこのゴルゴダの丘を登りきったような達成感と激しい疲労感」
「十字架に掛けられるほど伝道してないでしょ」
指摘する希も地べたに座り込んでいる。
白と茶色を基調とした綺麗な校舎を前に、的場姉妹は早くも体力の限界を迎えていた。
『丘の上の神学校』
かの有名な讃美歌『丘の上の教会へ』をもじった二つ名を持つ神学校は、日本有数の環境の恵まれたキリスト教系神学校だった。
移転してからまだ四年しか経過していないので施設は非常に綺麗だし設備も整っている。手入れの行き届いた芝生は思わず寝転んでしまいたいほどだ。緑豊かな自然に囲まれ、丘の上にあるので眼下に広がる街並みを一望できる。
しかし、その二つ名が示す通り、この神学校の唯一にして最大の欠点がその立地にあった。不便なのだ。丘の上にあり、緑に囲まれている代わりに半径一キロ圏内にはコンビニ一つない。最寄駅からは歩いて四十分。バスも通らない。
「あー……もう、無理」
望は神学校の玄関先にある柱に寄りかかった。ずるずるとその場にへたり込む。
「姉ちゃん、あとは……まかせ、た」
「入学するのはのんちゃんでしょ!」