丘の上の教会へ
山石尾花様のリクエスト「望が三杉の本名を知った瞬間」
本当は一ページで終わらせる予定だったのですが、あんなことやそんなことやこんなことがあって滾った作者により短編になりました。
在学生の言葉
やあ、みんな元気にしてるかな?
元気な人もそうでない人も一度、吉田キリスト教神学校においで! 新設したばかりで毎年入学生がほとんどいないから校舎はピカピカ。使われていない施設もたくさんあるよ。弾ける人もいないくせに馬鹿高いパイプオルガンを去年買っちゃった☆ 坂を登った所にあって周りには遊ぶ場所もないから超安全だよ。入学して半年くらいは牧師先生方が優しーく教えちゃうぞ☆
ちょっとでも見てみたいな、って思ってくれた人は下に書いてある連絡先にメールか、電話してね。
アナタの人生、変わるわよ♪
設楽牧師は原稿を真っ二つに破いた。追随するかのように三杉が悲痛な叫び声をあげる。
「俺の傑作がぁーっ!!」
「何が傑作だ。こんなもの、ゴミだゴミ!」
くしゃくしゃに丸めて机の傍に置いてあるくずかごに放り込む。三杉はその場に崩れ落ちた。
「ようつべ見ながら徹夜で書いたのに、その言い草はないでしょう! 一体何がいけないんです!?」
「全てだな」
すげなく断罪したのは三杉の隣に直立不動で立つ青年、工藤洋平だった。
「不特定多数の人間に向けての案内で、くだけた口調を用いるのは論外だとして、記号と擬音語の多用、語彙も貧困と言わざるを得ない。これでは我が吉田キリスト教神学校は阿呆を量産しているという誤った印象を抱かれる恐れがある。最後の一文に至っては既存のアニメの丸写しだ。著作権法違反で訴えられたら貴様はどうやって責任を取るつもりだ」
撃沈した同級生をしり目に、洋平はスーツの内ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「僭越ながら、私もしたためさせていただきました。ご確認のほど、よろしくお願いいたします」
「おお、すまんな」
神学校開校以来の天才と名高いだけあって、三杉とは雲泥の差だ。期待を胸に設楽は原稿用紙を開いた。
「日本語じゃないのか?」
アルファベットが並ぶ原稿を、設楽は凝視した。
「神学生たるものこの程度のラテン語は読めねば」
「いや、俺もラテン語読めねえし」
「これ以上、牧師不適格な神学生を増やすわけには参りません」
「え? それってまさか、俺のこと?」
「入学する前にある程度ふるい落とすべきでしょう。我々神学生の生活費の一部は信徒の献金で成り立っているのですからなおさらです。学ぶ意欲があるならまだしも毎回追試ぎりぎりの不真面目な神学生を育てる余力などありません」
そもそもふるい落とす神学校への入学志願者がここ二年全くいないから、案内パンフレットを作ることになったはずなのだが。絵に描いたような本末転倒ぶりに設楽は言葉を失った。
「俺のことだよなそれ!」
「黙れ落第者。嘆いている暇があるなら追試の勉強をしろ」
再び撃沈した三杉。自業自得なので彼への同情なんてこれっぽっちもないが、さすがにラテン語で書かれた「在学生の言葉」を入学案内に掲載させるわけにはいかない。
「できれば日本語で書いてほしいのだが」
「かしこまりました」
洋平は無駄のない動きで二枚目の原稿を差し出した。あらかじめ用意していたらしい。やはり優等生。つい先ほど裏切られたことも忘れて設楽は期待を胸に目を通した。
『あまさなぼいしあまゆさみあぞぐおたぎら(以下略)』
「非常に簡単な暗号文です」
至極真剣な顔で洋平は言う。
「何故、暗号に?」
「宗教が問題視されている昨今、おいそれと神学校の内情を知らせるわけにはまいりません。我々と敵対する宗教団体が押し寄せることも考えられますので、神学校案内に地図を載せるのも控えましょう。暗号が解けた者だけがこの神学校にたどり着けるようになっております」
何時代の話をしてんだこいつ。
隠れキリシタンさながらの警戒心を見せる洋平に、設楽は目眩さえ覚えてきた。
「……もういい」
設楽は机に突っ伏した。そして祈った。彼が信じる主に、これ以上ないくらい切実に。
神よ、善悪と知識の実を創り出した神よ、その実の欠片でもいいからこの馬鹿二人に与えてやってください。後生ですから!