七
「話は聞いた。今度は婚約破棄? 相変わらず期待を裏切らないなお前。これで何回目よ? 神学校の入学式に会堂建築式、葬式、卒業式、ペンテコステ、宗教改革記念日に夏の集いに……あと特別伝道集会でも会場に向かう途中、痴漢事件に巻き込まれて結局たどり着けがふぁっ!」
左ストレートで一度黙らせてから、望は「うるさい。黙らないと殴る」と言った。
三人しかいない同期であることを差し引いても許容しがたいお喋りさだった。にたにたと愉しそうに笑っているのが余計に腹が立つ。
「殴る前に言えよ!」
右頰を押さえて三杉は文句を言った。左の頬を差し出すつもりはないようだ。
朝の聖書研究祈祷会が終わったばかりというのもあって、ワイシャツに黒のスラックスという普通の服装をしている。
アニメキャラがプリントされたTシャツ姿でないことに望は安堵した。牧師がアニメオタクだなんて体裁が悪いったらない。いや、個人の趣味にとやかく口を出すものではない。それくらいはわきまえている。
しかし「イベントがあるから」という理由で夏季休暇をせしめ、サイトに投稿するための動画撮影をあろうことか礼拝堂で行い、主日前夜にスマホゲームで寝食を忘れるほど盛り上がるのは牧師としていかがなものかと思う。
それはさておき、いくら公私の区別が付いていない牧師でも、スマホ依存症の気のある精神的に健全とは言い難い男だろうと同期は同期だ。気兼ねなく相談したり頼みごとができる貴重な存在だった。
「ちょっと参考までに意見を聞きたい」
返答を待たずに峰崎教会に上がり込む。
武蔵浦和教会には及ばないものの、都内にある教会なだけあってそれなりに会員が所属している。礼拝堂の他に事務室や食堂、会議室もあるので、恵まれている部類の教会だろう。会議室に通された望は、部屋に一つしかない会議用テーブルに手持ちの情報を広げた。
一昨日の出来事をかいつまんで説明。最後にタブレットを見せる。
「で、これが昨日、姉ちゃんが入手した木下直也の通信履歴とメールのデータ、ついでにLINEのやりとりの記録も失敬した」
「スマホデータを盗んだのか!?」
人聞きの悪い。少しデータをコピーさせてもらっただけだ。
「素行調査は既にやっていたからな。探偵会社では調べなかったことを調べた方が効率的だろ?」
「いやいやプライバシーの侵害だから」
「探偵が素行調査した時点でプライバシーなどというものは消えている。メールと LINEやりとり程度の追加情報があったとしても大して変わらんさ」
無論、バレたら怒られるだけでは済まない。痕跡を残さないよう細心の注意を払ったと姉は言っていた。だから、おそらく大丈夫だろう。
「しかし……よくもまあ、ここまで」
先ほど咎めることを言いながらも、三杉は通信データをじろじろと見る。
「IDとパスワードさえわかれば、バックアップデータを取る要領で簡単にできるんだとさ。詳しいやり方が知りたいなら本人に直接訊いて」
綾乃とその友人の協力があったとはいえ、驚くべき手際だった。引きこもりなだけあって、パソコン系には強い。