七
「今日のお夕飯は何にしようかしら」
希が言い出したのは昼を過ぎた時のことだった。
そういえば今日は水曜日、永野尊がやって来る日だったことを思い出す。
「お茶漬け」
「やめてよ、お客様が来るのに」
「毎週毎週飯をたかりに来る奴を客とは呼ばない。それに姉ちゃん風邪治ってないんだから今日は断っときなよ」
「大丈夫よ。私は引きこもっているから」
「駄目、絶対」
「なんでそう強情なの?」
唇を尖らせた希は、不意に何かに思い当たったようだ。伺うようにこちらを覗き込む。
「もしかして、まだ怒ってるの?」
「さあ、どうでしょうね」
望は書斎に引っ込んだ。そのあとを追う希。
「あれは正当防衛よ」
「過剰だと言ってんの!」
望は書きかけの説教原稿を机に叩きつけた。
「なんか最近電気代がやけに高いと思っていたら、あんな危険なものを仕掛けていたなんて……誰かが知らないで触ったらどうするつもりだったのさ。下手すれば警察沙汰になるところだよ」
希がゴミ出しの際にゴム手袋を装着するよう執拗に言うので調べたら、カラス除けかと思っていたネットに高圧電流が流れていた。
事もあろうに希は玄関横の物置前に置いてあるゴミ置きに悪質な罠を張っていたのだ。猿対策にステンレス銅線入りネットを仕掛けて電気ショックを与える農家があると聞いたことがある。が、それはあくまでも猿対策だ。人間対策ではない。
すぐさま問いただした望に、希はしれっと「最近ここに不審者が現れているらしいから、防犯よ」と答えたのだ。望は卒倒しそうになった。聞けば、市販のものに希は改造を施しより強力な電流を流せるようにしたらしい。不用意に触れば大の大人でも失神。目を覚ました後もしばらくは吐き気や倦怠感、目眩などといった症状に悩まされるという、凶器のレベルに達していた。
犯罪者がこんなに近くにいたことに望は戦慄した。よりにもよって実の姉だ。
「他人の家のゴミの上に掛けてあるネットに触る人なんてストーカーくらいよ」
「だからって高圧電流ネットを仕掛ける馬鹿がどこの教会にいる!」
「ここにいるわ!」
希は胸を張って答えた。完全に居直った態度だった。
もはや議論の余地はないと望は判断した。
「とにかく、次やったら兄ちゃんにチクるから。そのつもりでいてね」
警告の効果は絶大だった。悔しげに希は歯噛みしつつも、小さく頷いた。さすがに兄が押し掛けてくるのは嫌なようだ。
「永野にお断りのメールを送っておいて」
「……わかったわ」
叱られた子犬よろしく落ち込む希の姿に望は決意が鈍りそうになる。
が、ここで折れるから騒動が絶えず、迷惑探偵だの、トラブル呼び寄せ牧師だのなんだの言われるのだ。一人前の牧師として認められるまでは不用意な行動は慎まねば。
「その代わりアスパラを少しおすそ分けしない? ほら、いつも何かとお世話になっているから」
迷惑かけられたことは複数回あるが、世話になった覚えはない。思いっきり顔をしかめた望に、希は手を組んで瞳を潤ませた。
「永野さんの自宅はここから近いし、ね? それくらいならいいでしょ?」
何故自分の知らない間に自宅の住所まで把握しているのだろう。永野はキリスト教徒でもないのに。これが異能者同士の連帯感というやつか。
若干の疎外感を覚えながらも、望はやむなくにわか宅配便を引き受けたのであった。