五
周囲に人気がなくなったことを確認してから蒔田健三は教会の駐車場から顔を出した。
先ほど的場牧師が女性と共に牧師館を出ていく姿を目撃した。深くフードを被っていて顔は見えなかったが、おそらくあれが引きこもりの姉だろう。
平日の朝に二人してどこへ行ったのか――いや、今はそんなことはどうでもいい。せっかく有給を取って張り込み掴んだ好機。今のうちに目的を果たしてしまおう。
蒔田は外階段を登った。二階の牧師館用玄関前に到達すると、背負っていた鞄から超薄型カメラを取り出す。
手のひらに収まる程度の大きさ。スマートホンによく似ているが、その正体は連続四十時間録画を可能とするビデオカメラ。動画だけでなく音声も収録できる上に、軽いので両面テープで簡単に設置できる優れものだ。
(『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』と言うからな)
蒔田は会心の笑みを浮かべた。
謎の青年は毎週水曜日に牧師館を訪れている。名前は永野尊。心療内科医で、的場牧師とただならぬ関係にある。現状で判明しているのはこれだけだ。圧倒的に情報が少なすぎる。
そもそも彼は何故マスクをしているのだ。これでは素顔が拝めないではないか!
……というわけで、蒔田は隠しカメラを設置することにしたのだ。
まずは青年の顔をじっくりたっぷり見つめてやろう。ついでに声も聞きたい。ゆくゆくは青年の自宅、身長体重生年月日他、出身地や趣味や学歴など身ぐるみ個人情報を剥ぐつもりだ。
(完璧だ)
仕掛ける前から蒔田は悦に入るが、完璧どころか完全に本来の目的から著しく離れていることに彼は気づいていない。おまけに他人様の家に勝手にカメラを仕掛けることを『盗撮』と言い、立派な犯罪であるのだが、そんなことを指摘する人間はこの場にはいなかった。
蒔田は玄関がよく見える位置――物置小屋にカメラを設置することにした。ちょうど前には蓋つきのゴミ箱がある。鳥よけ用の網もあるし影になって気付かれにくいだろう。
かくして、蒔田は一度ゴミ箱をどかすべく、かかっていた網に手を掛けたのであった。