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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
五話 あまり善くないサマリヤ人
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「風邪ですね」

 希の顔を見るなり医者は診断した。

 念のため聴診器も当て、熱も計ったが結論は同じで風邪薬を処方してもらうことになった。

 嫌がる希を布団から引き剥がして「これ以上駄々こねたら兄ちゃんに連絡する」と最終通告をして、ようやく連れてきた病院でのことだった。

 もはや抵抗する気力もなくなったのか、待合室で会計を待つ間、希は始終ぐったりと壁に寄りかかって椅子に座り込んでいた。

「なんて血も涙もない……」

 ぐずっと希は鼻をすすった。深々と被ったパーカーとマスクで表情は伺えないが、たぶん涙ぐんでいる。二十三の女性が。望は情けなくなった。

「そういう約束だったじゃん」

「だからって、あんまりだわ。あんな狭い空間に複数人いるところに私を押し込めるなんて、密室殺人でも起きたらどうするのよ」

「私が事件解決する」

 マスクで表情は伺えないが、その目は如実に「解決すればいいものではない」と不満を主張していた。

 希の懸念は仕方ないとは思う。尊が男性引き寄せ体質なら、希は事件引き寄せ体質だ。子供時代から行く先々で殺人、強盗、立てこもりと事件に遭遇しまくっている。ついには大学の入学式で爆破事件が起き、希は極力事件を引き起こさない生き方――つまり、誰とも関わらない、引きこもりの道を選んだ。

(異能を差し引いても、過保護なんだよな)

 姉の引きこもりの原因は親にもあると望は思っている。生まれながらに特異な能力を持った娘を案じた親は、真綿で包むかのごとく彼女を守った。他人と関わらなくても済むように育ててしまったのだ。

「明後日は工藤が泊まりにくるよ」

 大会に向けて北海道から望と三杉の同期である工藤洋平が訪れることになっている。神学校卒業後、即座に北海道の教会に派遣されて以来、電話とメールだけのやり取りだった。

 大会期間中の宿代節約のため武蔵浦和教会の牧師館に泊めてほしいと頼まれ、望は了承した……のだが、昨日、工藤からアスパラ一箱が送られてくるまですっかり忘れていたのだ。宿代のつもりらしい。

 そうくれば、望としても泊まる部屋の掃除くらいはしておくべきだろう。

「あのインテリ眼鏡、嫌い」

 子供じみたことを言う希に、望は苦笑した。

「インテリというよりは、聖書馬鹿なんだよね」

「三杉さんのところに泊まればいいのに」

「泊まるよ。ウチは一泊、三杉のとこには二泊」

 希は思いっきり顔をしかめた。最初から峰崎教会に三泊しろよ、と言いたいのがわかる。

「そんなことより、ゴミ出しはちゃんとしたの?」

 希にとって洋平は 燃えるゴミ以下のようだ。

「出したよ。網もちゃんと掛けた」

「最近多いから心配だわ」

「カラスにはミントが効くらしいよ」

「そうじゃなくて」希は首を横に振った「変質者よ」

 望は目を瞬いた。変質者。のどかで平和なこの辺りにはそぐわない単語だ。

「ゴミを漁られたりする人もいるらしいわ。のんちゃんは危機感がなさ過ぎなのよ。はたから見たら女性の一人暮らしなんだから」

「じゃあ二人暮らしだとアピールすれば?」

 大して考えずに提案したら、フードの奥の希が睨みつけてきた。病院に行くことすら大冒険だというのに、周辺住民とコミュニケーションが取れるはずがない。望としては、希には少しずつでいいから外に出るようにしてほしいのだが、まだまだ道のりは遠いようだ。

「今日は頑張ったから、晩ご飯は奮発するよ。何食べたい?」

「ハンバーグ」

 希は即答した。予想通りだった。

 望のレパートリーが少ないせいでもあるが、彼女の好物だ。ことハンバーグに関しては、どういうわけか望が作るものの方が美味しいのだと希は言う。

 実はその理由も見当がついている。粗挽きのハンバーグが好きなのに、丁寧な性格がわざわいしてかつい種をこね過ぎてしまうからだろう。子育てと同様にハンバーグは手を掛け過ぎないことが肝心なのだ。

「粗挽きね」

「はいはい」

 あとアスパラにベーコンを巻いて焼こう。

 久しぶりに今晩の献立を考えながら、望は姉と一緒に帰路についた。


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