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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
五話 あまり善くないサマリヤ人
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「追及すべきです」

 蒔田健三は受話器を片手に熱弁を振るった。

「あの曖昧な態度を丸屋長老もご覧になったでしょう。牧師としての自覚が足りないのです」

『同年代の男性が独身女性の自宅に通っているだけですし、そもそもプライベートにまで詮索すべきではないかと』

「そうやって甘い態度を取るから、牧師が一向に成長しないのです!」

 蒔田は一喝した。

「的場牧師がこの教会に招聘されてから早三年。信者は減少の一途を辿っております」

『高齢化が進んでいますからね』

「こういう時こそ先陣を切って伝道すべき牧師が、異性にうつつを抜かしていては全体の士気――いいえ、信用問題にも発展しかねません」

『私はむしろ推奨すべきだと思いますがね。結婚して子どもが生まれたら信者が増えます』

「冗談を言っている場合ではありません。この教会の存続に関わるかもしれないのですぞ。何が何でもこの青年の正体を暴かなくては!」

 唾を飛ばして力説するも、電話口の向こうにいる恵子はどうも反応が鈍い。

『青年の正体はこの際問題ではないかと。お話がそれだけでしたら失礼いたします』

 一方的に議論を打ち切られて通話終了。不完全燃焼な蒔田は乱暴に受話器を戻した。

 転居を機に武蔵浦和教会に通い始めてから早四年。未だに蒔田はこの教会に馴染めずにいた。

 神の御心に反する行いをしているわけではない。著しく風紀が乱れているわけでもない。が、規律を重んじる教会にあるまじき自由奔放な雰囲気がある。

 これは前任牧師の影響もあるのだろう。以前から武蔵浦和教会は、新しく編纂された讃美歌集を積極的に取り入れ、外部から講師を招いてチャーチコンサートや賛美集会を開催したりと新しい試みを行ってきた。高齢化のせいもあり、古い口語訳の聖書や讃美歌を重んじる傾向にある日本の教会では珍しい部類だ。

 当然ながら他教会から転会した蒔田も戸惑った。が、時代の流れだと納得もした。

 しかし、それでも、いくらなんでもこの三年間は酷かった。

 事の発端は前任牧師の退職に伴う、新任牧師の招聘だ。

 経験も知識も豊富で中会でも委員を務めているような男性牧師を挙げる蒔田達男性陣に対し、女性陣はどういうことか現役の牧師ではなく、卒業見込みの神学生を挙げてきたのだ。

 しかも当時の卒業生三人の中で最も若い女性神学生というのだから驚きだ。

 せめて他二人の神学生にとアプローチを試みたが、三杉印真抜恵流神学生は父親の三杉牧師の意向でゆかりのある峰崎教会への派遣が決まっていた。最後の頼みの綱だった工藤洋平神学生は北海道の教会に行くと言って聞かない。挙句、彼はまだ正式に招聘されてもいないのにさっさと故郷の美深教会に帰ってしまった。

 残るは一番若輩の的場望神学生。最後の希望は的場神学生本人が断ることなのだが、他に招聘がなかったためあっさりと武蔵浦和教会への派遣を受け入れて決定した。

(おかしい……絶対におかしい)

 考えてみればあの代の神学生は全員変だ。

 何故父親が息子の派遣教会を決めるのだろう。何故招聘もないのに勝手に教会に赴き牧会を始めるのだろう。何故この無牧教会多数の状況で新米とはいえフリーの神学生に一つも招聘が来ていなかったのだろう。

 仕組まれていたとしか思えなかった。

 それからの三年は苦難の時と呼んでも差し支えない。

 まず、的場望牧師にはもれなく引きこもりの姉がついてきた。

 聞けば極端な人見知りで高校卒業以来引きこもっているらしい。今でも引きこもっている。蒔田はもちろん、武蔵浦和教会の教会員全員が姉の姿を見たことがない。籍だけ武蔵浦和教会に置いている。

 そして的場牧師は聖書箇所の選り好みが激しい。

『レビ記』『民数記』は訳がわからないから嫌い。『哀歌』は鬱になるから読みたくない。『箴言』は偉そうでムカつく。『ヨハネの黙示録』が解読できるとのたまう奴は病院に行くべきだと宣言してはばからない。

 聖書に文句を言う牧師を、蒔田は生まれて初めて目の当たりにした。

 さらに的場牧師は度々教会を留守にする。自転車で町内を回って教会案内を配ったり、ミッション系スクールのイベントに足を運んだりとコミュニケーションをやたらと取りたがる。

 伝道のためとはいえ、牧師がそう頻繁に教会を不在にするのはいかがなものだろう。

 何度か小会で苦言を呈したが「地域に密着しているということです。良いことではありませんか」と丸屋長老が擁護する。他の一般信徒(主に女性)も娘か孫のように的場牧師を可愛がる始末。

 そう、おおらかなこの教会は、的場牧師の破天荒な行動でさえも容認してしまっているのだ。

 挙句、今回の謎の青年の件だ。

 あれは絶対に怪しい。牧師館とはいえ教会にあんな見目麗しい青年を連れ込んで一体何をしているのだ。きっと口にするのもはばかられるような卑猥なことをしているに違いない。

 蒔田の脳内で、件の青年が組み付されていた。執拗に責められる青年。何か言いたげに唇を開きかけ、眉を寄せて耐えるその艶姿――なんてうらやまけしからん!

(許さん、絶対に許さんぞ……っ!)

 蒔田は拳をわなわなと震わせた。


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