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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
五話 あまり善くないサマリヤ人
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「これは一体どういうことでしょうか」

 突きつけられたスマホの画面を的場望は半目で見た。

 牧師館から出て行くマスクをした青年。絵に描いたような長身痩躯。額にかかる長めの前髪が涼やかな目元に陰影を作る。白皙の肌に鋭角的な頰、垂れめではあるが細く理知的な目。誰が見ても美形と認めるであろう青年だった。

 永野よ、またおまえか。望は深々とため息をついた。

 日曜日の午後、主日礼拝も無事に終わった後となれば、いくら会議の場とはいえ気も緩んでくるというもの。それが小会――毎月定例の役員会議となればなおさらだ。

 望が牧会をしている武蔵浦和教会は創立六十年を迎える中堅の教会だ。ほどよく人数がいて、ほどよく歴史がある。役員として選出された長老達もほどよく経験があり、頑固な方もいるが、おおむね話せば理解を示してくれる方々が大半を占める。

 その『頑固な』長老の一人、蒔田健三は声高らかに問いただした。

「的場牧師、この写真にうつっている男性は」

「名前は永野尊。歳は私より少し上です」

「求道者ですか。それにしては一度も礼拝に出席したことがないようですが」

 礼拝に出るわけねえだろ男性信者が軒並み恋に落ちるわ。

 望は鈍痛のする頭を手で押さえた。永野尊の異能を馬鹿正直に話したところで、長老達が信じてくれるとは思えなかった。

「この男性とは一体どういう関係なのでしょうか」

 一目であらゆる男性を籠絡する魔性の青年です。そういう異能を持っています。能力は違えど、同じく異能を持つ者――的場希にえらく興味があるようで、毎週水曜日には必ず訪れては晩飯をたかっていきます。駄目だ。現実味がなさ過ぎる。

「私の姉の主治医です」

 あまり希を言い訳にしたくはないがやむを得ない。効果はてきめんで丸屋恵子や他の長老達は理解を示した。希が引きこもりであることは役員でなくとも、武蔵浦和教会の者ならば誰でも知っていることだ。蒔田は怪訝な顔をした。

「主治医とは?」

 そこまで訊くか。察しの悪さと配慮のなさに望の頭痛はさらに酷くなった。

「彼は心療内科医です。訪問診察は基本的にしないのですが、厚意で毎週水曜日に来ていただいてます」

「失礼ですが何故心療内科医が」

「本当に失礼ですよ、蒔田長老」

 向かいの席に座っている恵子が一蹴した。

「望牧師の家庭のご事情は、前にもお話したはずです。治療の一環としてカウンセリングを受けるのは当然のことでしょう」

「し、しかし……こんな若い男性が頻繁に出入りしているなどと周辺住民にあらぬ噂を立てられては、この武蔵浦和教会の評判にもかかわります」

「あら? それでは妙齢の男性は教会に足を運んではいけないように聞こえますが、私の勘違いですよね。信徒の減少が嘆かれているこの状況で、まさか」

「誤解を招かないよう慎重に行動すべきだと言っているのです。ただでさえ当教会の牧師は若い女性だから何かと反発を」

「それは女性に対する侮辱ですか」

 今まで事態を静観していた松山千鶴までもが咎める。

 教派によっては女性の牧師はおろか長老に就任することすら認めないところもある。だからこそ誤解を招くような発言は避けるべきだった。しかし長老歴二年のこの男はそんなこともわからなかったようだ。

 女性長老二人に睨まれては、蒔田に反論の余地はない。それでもまだ納得していないらしく、物言いたげに望を睨みつけてきた。が、その視点を望は無視した。五十代独身男性の言いがかりにいちいち反応をしてられない。話し合うべき議題は山のようにあるのだ。

「では、今月の定期小会を始めます」

 素知らぬ顔で開始を宣言。淡々と議題をこなしている間、ふと望は顔を上げた。

(そういえば、今日は姉ちゃんの声が変だったな)

 少し掠れていたような気がした。


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