十五
「またヘコまされたの?」
「違うよ」望は膝に埋めていた顔を上げた「ただ、手詰まりになっただけ」
「永野さんのせいで、迷ってるってことでしょ。のんちゃんらしくもない」
引きこもりのくせに希は鋭い。
「結論が出ているならさっさとやればいいのよ」
「姉ちゃんって自分のことを棚に上げて大胆だよね」
「のんちゃんには負けるけどね」扉の向こうからくすくすと笑い声が聞こえた「ビックリしちゃった。のんちゃんったら、大学を勝手に辞めちゃうんだもん。一週間音信不通になって、ひょっこり帰ってきたと思ったら、牧師になるって言い出して……」
思い立ったら即実行。それが望のポリシーだ。希の退学を聞いて、来るべき時が来たことを悟った。誰彼構わず事件を巻き起こさせてしまう。そんなタラント<異能>を持って平然と日常生活を送れるほど、希は図太くない。
隠者のようにひっそりと、誰とも関わらずに、世間から離れて生きるのだろう。たったひとりで――そう考えると居ても立っても居られなくなった。
だから望は、神学校への入学を決めて、すぐさま川越市にある神学生用の寮に引っ越したのだ。
「二人で台車押して荷物運んだよね」
「最後の坂道はキツかったな」
タクシー代をケチったのが間違いだった。まさか神学校があんな丘の上に建てられていたとは思っていなかったのだ。
神学生には個室が与えられる。決して広くはなかったが、姉妹二人で住んだ――あれから四年。希を引っ張り出して、両親や兄、他の異能者達から引き離して四年の歳月が経った。
今でも自分の判断が正しいかどうかはわからなかった。希は相変わらず部屋から出ようとしない。ウサギのように息を潜めて、ひっそりと生きている。
どうせ同じ引きこもりになるのなら、より理解のある両親の元で暮らした方が、希は傷つかないのではと考えることもある。今からでも遅くない。同じ異能者同士で暮らしたら、摩擦も衝突もないのではないか。
だが、それでも。
(後悔をしたことは一度だってなかった)
葛藤も迷いもない一生が、良いものだとはどうしても思えないのだ。
独りよがりの正義かもしれない。エゴで結構だ。誰かに認めてほしくてやっているのではないのだから。
自分がやりたいと思うからやっているだけなのだ。
非難したきゃ勝手にしろ。否定したきゃいくらでもするといい。上等だ。こっちにだって言い分がある。
「私、毎日が楽しいよ。のんちゃんが色々持ち込んでくるから」
「呼び寄せているのは姉ちゃんじゃないか」
望は声をあげて笑った。