十
「あれは昔から天邪鬼だった」
自分の娘のことを設楽牧師はそう語った。
「私のやることなすこと全てに反発しないと気が済まない。要するに反抗期が終わっていないんだ。だから二十も年上の男と関係し、挙句愛人などと……全くもって嘆かわしい」
「それで三杉をあてがったと?」
「同年代の男性、しかも牧師となれば真理亜も心を開くのではないかと思ったんだ。事情を説明しなかったのは本当にすまないと思っている。だが、私としては何が何でも真理亜とあのケダモノとの縁を切らせたい」
牧師にあるまじき過激な発言。望と三杉が顔を引きつらせても、設楽牧師は言葉を緩めなかった。
「あの男はケダモノだ」
設楽牧師は断言した。
「あの男は真理亜を、私の娘を弄び、まるでボロ屑のように扱った。私が牧師でなかったら真っ先に首を絞めに行ってやる」
牧師になったことで殺人事件が一つ未遂で終わったのは喜ばしいことだ。
「来月、大会の議長選が行われる。それまでに事を終わらせたい」
設楽の眼差しが「わかるだろう」と言いたげに三杉と望を見た。
推理しなくてもわかる単純な理屈。北関東中会の議長を務めて早七年。そろそろ全国の教会を統括する議長を視野に入れたい。そんな時に外聞の悪い話が生きていられては困るのだ。設楽は牧師や父親であると同時に、野心的な男だった。
「先ほど真理亜から怒りの電話があった。その際に三杉君が何も知らない、ただの見合いだと思って現れた善意の第三者であることを伝えた。三杉君の連絡先を教えたから近いうちに真理亜から連絡が来るだろう。そこでなんとか娘を説得してほしい」
頭を下げた設楽に三杉は出来る限り努力する旨を伝え、いくつか真理亜さんのことを質問した。住まいや趣味のこと――本人が実家を飛び出している上に男親なので情報は少ない。致し方ないことだ。
「面倒なことになったな」
帰路についた時に三杉がぼやいた。
「巻き込んでくれてありがとう」
「おーそうだ感謝しろ。そのおかげで中華をご馳走になったんだから」
その点に関しては、望にもそして三杉にも異議申し立てたいことがあった。
設楽牧師の心労は察するに余りある。中会議長だの偉い肩書きを持っていても基本的に牧師は貧乏だ。「貧乏、辛抱、希望」などという笑えない洒落が横行するほど金に縁がない。
そんな牧師が奮発して中華を新米牧師二人にご馳走する。全ては娘のため。実に涙ぐましい話ではないか。
しかし、だが、それでも、これだけはどうしても申し上げたい。
「「チェーン店かよ」」
望と三杉の声が合わさった。
中華をご馳走すると聞いて行けば、まさかのリーズナブルな価格でファミリー層を取り込んだ、全国展開チェーンの中華店。望と三杉は思わず顔を見合わせてしまった。
「次からは店名を聞いてから行こう」と互いに誓い合った。期待するだけ失望も大きい。