六
「いやあ見事な一発ですな」
撃沈した三杉をしり目に望は動画を再生した。先ほどの一部始終はカメラに収めている。真理亜が三杉に食らわせた一発は、彼の頬にクリティカルヒット。大人しそうな顔をしてなかなかやる。
手形こそ残らなかったものの、赤くはれた頬を上向きに三杉はテーブルに伏している。
「理不尽だ。俺が一体何をしたというんだ」
「牧師としては左の頬も差し出しておけば良かったんじゃないのか?」
「出会い頭に頬張られるってどういうことだよ。最近の見合いはバイオレンス過ぎる」
「まあ、そもそも鹿威しもない時点でおかしいと思うべきだったな」
『二人とも会話が噛み合っていない上に本題から逸れているわ』
冷静な対策本部からの指摘。
『今後の作戦を立てましょう』
「次があればいいけどね。あ、すみません。このパフェを一つください」
「なんでお前、当然のように注文してんの?」
「小腹がすいたもので。ここまで協力したんだからパフェの一つくらいご馳走してくれてもいいんじゃないかな。ついでに紅茶もセットで」
「俺はこのホットケーキを珈琲のセットで――って、まさか俺が奢るのか!?」
望は伝票入れを三杉の前に置いた。貴重な休日を費やして高性能マイクや小型カメラや無線機まで準備した礼にしては可愛いものだ。
「姉ちゃんにはケーキ土産に包むからね」
『モンブランをお願い』
「お前ら本当にフリーダムだな」
注文した飲食物が揃ってから反省会が再開された。
「ノグチって誰?」
『おそらく野口茂さんのことかと』
希は先ほどと同様に淡々と述べた。
『今年で四十五歳になる男性。今は大手広告企業の経理部長です。真理亜さんがバイトしていたバーに接待で来店したことがきっかけで出会い、交際をスタート。真理亜さんの大学卒業を機に二人は都内のアパートで同棲をしています。が、二年後に野口氏は埼玉の実家に戻っています』
「はあ!? 設楽牧師は一言もそんなこと言ってなかったぞ!」
「言うわけないじゃん」
娘の男性遍歴を見合い相手に明かす父親なんて、聖書にすら出てこない。
「お前らも知ってたんだったら先に言えよ」
『言う前に本人が来てしまいまして』
悪びれもせずに希は言う。たしかに真理亜が現れる直前に何かを言いかけていた。それに事前の調査不足は本人の責任だ。
「もう既に縁は切れたと思いきや、本人は別れたつもりじゃない。設楽牧師のことだから、四十五歳の男性に娘を渡すよりも年齢だけは近い同僚に渡した方が辛うじてマシだと判断し、とりあえず近くにいた三杉に頼んでみたと推測する」
「……まずは親子でちゃんと話し合えよ、そういうことは」
巻き込まれてビンタされた三杉が切なる悲鳴をあげた。
「問題は次だね」
「え? 次?」
ホットケーキを切り分けていたナイフとフォークが止まる。三杉は目を瞬いた。
「これで終わりじゃないのか?」
「馬鹿言うな。これからが本場所だよ」
設楽牧師はわざと三杉に事情を説明しなかったのだ。何も知らない、善意でやってきた男性を、真理亜は勘違いとはいえ引っ叩いてしまった。今日の件で父親を問い詰めた真理亜は、きっと自分がとんでもないことをしたと青ざめるだろう。
近いうちに三杉への謝罪の連絡が来る。望はそう踏んだ。
「まずは真理亜さんからの詫びを広い心で受け入れる。で、ついでにデートの約束を取り付ける」
「無理があるだろ。男がいるのに」
『いいえ、すでに別居してますし、野口氏は別に家庭を持っています。三つ年上の千尋さんという方です。実家で同棲しています。対する真理亜さんのアパートに野口氏が足を運ぶのは週に二回程度。真理亜さんがどういうつもりかは知りませんが、客観的に見て野口氏の本命は千尋さんかと』
「つーか不倫じゃねえか!」
「とにかく一度、設楽牧師に連絡した方がいい。今の出来事も報告して、改めて事情を正直に話してもらったら?」
三杉が頭を抱えて唸った。
「面倒な予感しかしねえ……っ!」
「だから最初に事情を説明しなかったんだろうね」
望はスプーンを手にパフェの攻略を開始した。
三杉が誰と結婚しようが真理亜と野口氏がどうなろうと自分には関係ない。所詮、他人事だ。この時点では、そう思っていた。