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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
四話 サロメの接吻
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 平日のカフェは客がまばらだった。

 時間が中途半端だということもあるのだろう。読書に勤しむ女性や、パソコンを開いて作業をしているマスクの男性、うわさ話に花を咲かせる主婦のグループなど、それぞれ好きな時間を過ごしていた。

 周囲に不審な人物がいないことを確認し、望は案内された席についた。

「こちらノベンバー。異常なし」

 襟に装着した高性能マイクに向かって呟くと、自宅にいる希からすぐさま返答。

『こちらマイク。感度良好』

「インディア。聞こえているか」

 応答なし。おかしい。何度もテストしたのに。望は耳のイヤホンを軽く押した。

「インディア、応答せよ」

『お前らノリノリだな』

 呆れた声が返ってきた。観葉植物を挟んで向かいの席に座っている三杉からだ。

「全面的なバックアップをお願いしてきたのはそっちじゃないか」

『そりゃあ初めてのデートなわけだし、結構デリケートな問題も孕んでいるから、協力してほしいとは言った。だがな、なんで見合い当日にこんなスパイごっこせにゃならんのだ! まるで身代金の受け渡しじゃねえか!』

「騒ぐなインディア。耳に響く」

『だいたい、なんだそのインディアとかマイクとか』

『無線用語のアルファベット』

「各人の名前の頭文字から選んだ」

 的場姉妹二人で答えると、インディアもとい印真抜恵流は沈黙した。

「あと十分で約束の時間だね」

『本日のミッションをもう一度確認しましょう』

 作戦本部の希もといマイクが取り仕切る。高性能マイクや小型無線機を調達したのも彼女だ。

『ターゲットは設楽真理亜。今年で二十四歳になる女性です。一麦女子聖学院大学卒業後、契約社員として都内の企業に勤務。現在に至ります』

『いや、それ釣書に書いてあるから』

 わかりきったことをわざわざ言う必要はないと暗に言うインディア。

 あ、馬鹿。希の対抗心に火がついたのを望は感じ取った。

『誕生日は三月九日二十時十二分。受洗日は六月九日で小児洗礼です。洗礼をさずけたのは父親の設楽牧師。お祝いに贈った聖句は「青春の日々にこそ、汝の創造主に心を留めよ」です。その後、日曜学校で毎週礼拝を守り続け中学校卒業までほぼ皆勤しています』

『へー、よく調べたな』

『好きな食べ物はぬか漬けキュウリ。幼稚園で他の児童がケーキだのイチゴだのスイーツを挙げている中での発言だったのでかなり目立ったそうです。嫌いな食べ物はおでん』

『あのー、希さん?』

『今、飼っているペットは猫のときん。三歳の雄。雨の日にブランコの下で泣いていたのを拾ったようです』

『は、はあ、』

『中学校、高校共に聖歌隊に所属。パートはメゾソプラノで、愛唱讃美歌は「新しい天と地を見たとき」。得意科目は国語と音楽、苦手科目は化学。平均よりやや上の成績を維持していますが、化学に関してだけは一度追試になりかけたほど苦手だったようです』

『いや、ちょ、ちょっと』

『大学では欧米文化学科に所属。卒業論文のテーマは「欧米文学におけるカラスの役割」。この頃に現在の――』

『もう嫌だ……おうち帰りたい』

 インディアが音を上げたところで、喫茶店の鈴が鳴った。

 和装ではないが、一目でわかった。ターゲットの設楽真理亜だ。望は「ターゲット確認。本日は薄い青のワンピース。大変よく似合ってます」と本部に報告した。

 自身のスマホを眺めてインディアはため息をついた。

『余計なこと言うんじゃねえぞ』

「努力しよう」

『徹底しろ!』

 小声で怒鳴るという器用な真似をしている間に、真理亜はインディアもとい三杉の席までやってきた。さあ接触開始だ。慌てて立ち上がってテーブルに思いっきり膝をぶつけた三杉に向かって、真理亜は緊張した面持ちで挨拶した。

「はじめまして、あなたが三杉さんですか?」

「は、はい。僕がみす」

 皆まで言う間はなかった。真理亜の手が、鼻の下を伸ばした三杉の顔を力いっぱい引っぱたいたからだ。喫茶店内に響くくらいの小気味よい音だった。

 物理的な意味で頬を赤くした三杉に、真理亜は押し殺した声で告げた。

「父に何を言われたのかは知りませんが、私は野口と別れるつもりはありません」


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