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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
四話 サロメの接吻
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 不思議な青年。

 千尋は目の前で、淹れたての珈琲を嗜む人物をそう評した。

 歳は二十七と聞いている。白皙の肌に鋭角的な顔立ち。長身だが細い身体。長い脚を組む様には余裕をうかがわせた。時折目を伏せると長い睫毛が陰影を作り出し、なんとも言えない色香を醸し出す。

 二十も歳下の青年に対して、千尋は浅ましい感情を覚えずにはいられなかった。荒々しい、逞しいとは違う。するりと心を掠め取ってしまいそうな妖艶さだ。

 条件通り。いや、期待以上だ。

 千尋はほくそ笑んだ。この青年ならば問題ないだろう。

「この方ですか」

 すらりと整った指が、テーブルの上に置いた写真をなぞる。

「真理亜さん、ですね」

「今年で二十四になります。今は派遣社員で都内の企業に勤めています」

 必要最低限の情報だけを渡した。無論、興信所を使って調べさせた情報はそれだけではない。

「どのくらいの期間が必要でしょうか?」

「そうですね。相手が男性でしたら三日で事足りるのですが、女性となると最低でもふた月はいただきたい」

 千尋は片眉を上げた。

「あら、男性との方が自信があって?」

「本音を言えば」

 青年は瞳に笑みを滲ませて答えた。冗談とも取れるし本気とも取れる。いずれにせよ、この美形で如才のなさ。立ち振る舞いにも知性を感じさせる。

 この青年ならば、ふた月どころかひと月であの小娘を陥落させるような気がした。

「ふた月、ね。わかりました。方法はお任せします」

「その前に一週間いただけますか? ご期待に添えるかどうか、接触して判断いたします。着手金はその後で」

「お願いします」

 交渉成立。千尋は化粧を施した顔に、匂い立つような笑みを浮かべた。が、青年は全く頓着せずに席を立った。

「では、一週間後に」

 伝票を指に挟んで去る様は颯爽としていた。思わず目で追ってしまう程だ。

 一人取り残された千尋は、鼻を鳴らした。紅茶に映る自分の姿を何の気なしに見る。

 他人に、それも魅力的な男性と顔を合わせるのだ。化粧をする手にも力が入った。

 何よりも、あの小娘と比べられ、負けることが許しがたかった。四十八ともなれば頬のたるみや首の皺はどうにもならない。肌も二十代に比べればくすんでしまうだろう。しかし、女の魅力は何も若さだけではないのだ。千尋ははっきりとした目に丸顔なので実年齢よりも若く見られることがほとんどだ。それに千尋には半世紀近く生きてきた経験がある。若いだけの小娘には負けないはず。

「思い知るといい」

 千尋は呟いた。低く陰鬱な声は、唸っているようにも聞こえた。


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