四
「とんでもない。先生が強硬に進めてくださらなければ、あのまま彼は曖昧な態度を続けていたでしょう」
綾乃は「本当にありがとうございます」と礼を述べた。
聞けば参列者への説明も、結婚式と披露宴他、諸々のキャンセル料の支払いも手続きも全て木下直也が責任を負うことになったらしい。一方的な婚約破棄及び、公衆の面前で恥をかかされた精神的ダメージも加味して慰謝料も支払われる。
なんとか解決の方向に進んでるように見えた。表面上は、至ってスムーズに。
穏やかでないのは内面だ。家族のみならず、友人知人、職場の上司まで伝え広めた結婚が、土壇場でキャンセル。綾乃の面目は丸つぶれだ。関係各所へのお詫びもしないといけない。
何よりも、愛し愛されていると信じていた人から一方的に手を離された失望感。一生を添い遂げようと心に誓った人に裏切られた悲しみは、いかほどだろう。気丈に振る舞う綾乃が、望には痛ましかった。
「ああいうことになってしまった以上、復縁はもう望めませんが……仕方ないですね」
ただ、どうしても納得のいかないことがあるのだと綾乃は言う。
「それで、図々しいとは思いましたが、的場先生ならば相談に乗ってくださるのではないかと、伺った次第です」
期待されても牧師ができることは話を聞くだけだ。神に祈るというオプションも自動的に付加されるが。
「わからないのです」
綾乃は目を伏せて呟いた。
「婚約破棄の理由、ですか?」
「心当たりが全くないとは言いません。でも、結婚式で言い出すほど切迫していたとはどうしても考えられなくて」
婚約破棄を切り出す機会ならばいくらでもあったということか。その点、結婚式の最中というのは最低のタイミングだ。
望の脳裏に『不誠実』と口にした木下直也の顔が浮かんだ。迷いを吹っ切ったような、真っ直ぐな目をしていた。
「彼はなんて?」
綾乃は首を横に振った。
「『とにかく一人になりたい』の一点ばりです。他に、好きな女性でもいるのかと訊きましたが」
本人は否定したらしい。が、婚約破棄された綾乃からすれば、到底納得できない理由だ。
望は紅茶のカップを置いた。二十四年とはいえそれなりに色々あった人生経験から判断して、こういう時に働く女の勘は大体当たっている。そして男がさしたる理由の説明もせずに別れを切り出す場合は、他に女ができた可能性が非常に高い。