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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
三話 タラントの行方
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 澄香は旧クラスメイトの消息に盛り上がる友人達に断ってから、席を立った。孤独な背中に声を掛ける。

「久しぶり、的場さん」

 くるくるの天然パーマの頭が振り返る。化粧気のない顔には女子高生時の面影が多分に残っていた。

「全然変わらないねえ。希は元気?」

「おかげさまで風邪一つひいていないよ。最近はもっぱらトランポリンに勤しんでる」

「トランポリン?」澄香は復唱した「トランポリンって、あの、ぽよーんって跳ねる?」

「そう。ぽよーんって跳びはねる、あのトランポリン」

「どこで」

「聞いてない? 姉は今引き込もりしている。ここ八年くらい部屋からあんまり出てない。退屈過ぎて死にそうだったから、室内運動を始めたら思いのほか楽しかったみたいで」

 望はさらりと答えた。澄香の動揺に頓着する様子もない。

「それは……大変だね」

「まあ家事全般やってくれてるから、私は助かってるよ」

 今は姉妹二人で同居しているらしい。つまり、希はもちろん、望も独身だということだ。生産性のない引きこもりと二人暮らしではお金にも困っているに違いない。

 澄香は素早く値踏みした。革の鞄にロゴは見当たらない。スーツも海外ブランドのものではない。同窓会の席だというのに装飾品の類はつけていない。指先は汚くもないが、念入りに手入れが施されているほど綺麗でもない。

 同級生の中では下層に位置する生活だと結論付ける。

「希も来たらよかったのに」

「本当はそのつもりだったんだけど、やっぱり引きこもりにはハードルが高すぎてね。姉妹だし代わりに私が参加させていただくことになりました」

 恥じるどころか望は背広のポケットから手帳を取り出した。ボールペンでさらさらとアドレスを書いて、澄香に手渡す。

「時間があったらメールしてくれる? たぶん喜ぶと思うよ」

 今時アドレスを手入力。ありえない。せめて赤外線通信しろよ。澄香は「考えとく」と愛想笑いを浮かべつつメモを受け取った。

「ねー聞いた? 比奈子ったらこの前、医者の合コンに参加したんだって」

「いやいや単なる人数合わせだから」

「とか言って、もうツバつけてんじゃないのー?」

「まあ……連絡先交換くらいは、ね!」

「うわー! 今度あたしも紹介してよぅ」

 澄香を追いかけるような形で女子数名がやってくる。話題の中心となった大崎比奈子は「やめてよお」と苦笑しているが、まんざらでもない様子だ。たしかに、高校生の時から彼女は可愛かった。澄香には及ばないものの、コートもバッグも質が良くそれなりに高級なブランドのものだ。

 不快感を押し隠して、澄香は「合コンどころじゃないのよ」と笑顔で話題を変えた。

「高校卒業してから希は全然外出てないんだって」

「いや、全然というほどでは「えー! もしかして引きこもりってやつ!?」

「大丈夫なん? 精神科医に診せたりしたの?」

「放っておけばそのうち出てくるでしょう」

「呑気だねー!」

 身内の恥を笑われても望は眉一つ動かさない。そういえば、昔からこういう奴だったと澄香は今さらながら望の性格を思い出した。

 引っ込み思案だった希とは似て非なるもの。社交性がないわけではないが、協調性が壊滅的になかった。事件が起きる度に授業も放り出して解決に乗り出していた。悪評も噂もものともせずに我が道を突っ走る女。それが的場望だった。

「変わんないねえ。懐かしいわー」

 上機嫌で笑う女子一同。比奈子が「そういえば」と澄香を横目で見つつ言い出した。

「覚えてる? あの落書き事件」


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