六
宣言通り、尊は雑用をこなして昼過ぎに出て行った。
昼食は希が腕によりをかけて打ったそばだ。つゆも手作り。胡麻を好む望のために特製胡麻たれも用意した。何よりも打ちたてのそばの味は市販のものとは比べ物にならない。尊もいたく気に入ったようで、あのひょろい身体の一体どこに入っているのだろうかと望が思うほどの量を平らげた。
普段、望にしか腕を振るう機会がない希は、尊の訪問が嬉しかったようだ。最後まで姿こそ見せなかったものの、手土産よろしく羊のお面(以前に日曜学校の工作で作ったものだった)と頂きものの大福とせんべいを持たせるという厚遇で見送った。
招かれざる客を追い出してから、改めて望と希は兄からの手紙に向き直った。
希が頑として手紙を読もうとしないのだ。封を切ろうとさえしない。
「……なんでいつも私だけなの」
「姉ちゃんのことが大好きだから」
「のんちゃんのはなんでないの」
「私のことが大嫌いだから」
希は封筒を手に取るなり、握り潰してゴミ箱に放り込んだ。
「だいたい、私に用があるなら自分が来ればいいじゃない。毎回毎回知らない人を寄こしてくるなんて、家族を一体何だと思っているの。非常識だわ」
引きこもりに常識を解かれても向こうは困るだけだろうが。望は黙ってゴミ箱から封筒を救出した。厚みがある。今回の妹へのラブレターは大作のようだ。
「気は済んだ? 話進まないから、とりあえず開けるよ」
「でも、のんちゃん……」
「私は気にしてないよ。あいつ嫌いだから」
糊付けされた部分を無理やりはがして開封。五枚もの便箋とハガキが一枚入っていた。希の了承を得てからお便りを読み上げる。
内容は、いつもと変わりなかった。
甲斐性なしの貧乏牧師ではなく、自分の元で暮らさないかというお誘い。いつものことだ。次に自分がいかに希のことを想っているかについて延々と。これもいつも通りだ。最終的には自分以外に希を真に理解できる人間はいないと断言している。毎回そうだ。
結論、時間の無駄だった。
「……捨てていい?」
「燃やして」
姉の合意は瞬時に得られた。
「あ、待って。違うこと書いてある」
「珍しいわね」
希が身を乗り出した。同封したハガキについてだった。
「同窓会やるらしいね」
高校の同窓会の案内ハガキが実家に送られてきたらしい。放置すればいいものをわざわざ転送してくれた――と言うと、親切に聞こえるが、おかしな点が散見している。
「なんでのんちゃんの分は送ってくれないの?」
「面倒だったんじゃないかな」
希と望は年子のため、学年は一緒だった。高校三年生の時はクラスまで一緒になった。高校の同窓会ならば望の分も実家に送られているはずなのだが、見当たらなかった。
「開催日が来週じゃない」
「急だね」
「なんで出欠返信用のハガキがないの?」
「もう『出席』で返事したみたいだよ」
ご丁寧に会費まで支払ってくれているらしい。手紙にはそう書いてあった。久しぶりに旧友と親交を暖めるといい、と兄らしいことが書かれていた。希だけに。
決断は早かった。
希は台所に駆け込むとコンロのスイッチを入れた。兄の愛情あふれる手紙は一度読まれただけで妹の怒りを買い、灰になることと相成った――これも、いつものことではあるが。