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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
三話 タラントの行方
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 結局、ほとぼりが冷めるまで――昼過ぎまで尊を匿うことになった。希が昼飯も食べて行くよう尊を誘ったからだ。料理を褒められたことがよっぽど嬉しかったと見える。

 無論、タダではない。昼前、つまり希が昼食を用意する間に教会の雑用をいくつかやるのが条件だ。

『礼拝堂の窓拭きと、準備室の電球が切れかかっているから交換してほしいのと……あと、教会用玄関前の花壇の草むしりと掃除もお願いね』

 気に入っている割には容赦なく仕事を振る希だが、尊は快諾した。さらに朝食の後片付けも買って出る好青年ぶりを発揮。食器を洗う手際も良く、株は急上昇だ。

 いずれにせよ男手があるのはありがたい。これ幸いに溜まっていた関東中会の仕事を片付けようと望が必要な議事録をかき集めたところで、インターホンが鳴った。教会用ではなく、牧師館用の。

 ちょうど洗い物を終えた尊がマイク越しで応答する。

「お届け物だそうです」

「郵便? 玄関に印鑑があるから、適当に受け取っておいて」

「カメラで見る限りスーツ姿の男性の方のようなのですが、私が応対してよろしいでしょうか」

「そこを動くな。今、行く」

 望は腰を上げて玄関に向かった。ドアのロックを外して開ける。何故、堅苦しいスーツを着て配達をしているのだろう、と今更な違和感を抱いたのはその時だった。

「希様はいらっしゃいますか?」

 開口一番にスーツの男はそう言った。ネクタイまでぴっしりと決めた、融通が利かなそうなお堅い印象を受けた。

「マレサマ?」

「的場希様です」

「どちら様ですか?」

「希様に会わせてください」

 望には名乗るつもりはないらしい。最近の配達員は慇懃無礼である。

「マレサマなんて者はこの家にはおりません。お引き取りください」

 扉を閉めようとした望の前に、男は封筒を差し出した。無言で。

「……渡せと? それともまさか私あて?」

「いいえ。私が直接希様にお渡しいたします」

「だからいないんだって」

「信一様のご命令です」

 ぴたりと望は動きを止めた。強情で融通の利かない訪問者の時点で、予想はしていた。的場信一。望と希の兄。性懲りもなくタラント〈異能〉を使っているようだ。

 ――などと考え込んだ隙に、スーツの男は扉の隙間に割って入り、上がり込んだ。

「ちょ、ちょっと待てい!」

「失礼いたします」

 靴を脱ぐという最低限の礼儀だけは守って、男は牧師館に踏み込んだ。あらかじめ間取りを把握していたのだろう。迷うことなく希が立て籠もる部屋の前まで侵入し、扉をノックする。

「入らないで!」

 室内から希が甲高い声をあげた。

「信一様からご伝言とお手紙を預かっております」

「聞きたくない。帰って」

 拒絶。それでも男はめげずに説得する。

「このような穢らわしい下界におられて……信一様は大変ご心配されております。せめてお姿だけでも拝見させていただけないでしょうか?」

 懇願の返答は何かが割れる音だった。希が扉に陶器類を投げつけたらしい。交渉の余地はなかった。肩を落とす男――かと思いきや、今度は傍で一部始終を見ていた望に恨みがましげな視線を送った。まるで諸悪の根源が望であると言わんばかりの嫌悪に満ちた眼差しだった。

「いやいやいや、私に訴えられても」

「何故希様はお出にならないのですか?」

「知らないよ本人に聞け」

 男は舌打ちを隠そうともしなかった。

「あなたが希様に部屋から出ないよう言っているのでは?」

 望は呆れてものが言えなかった。希が引きこもりになって一番苦労しているのは誰だと思っているのか。

(毎回毎回余計なことばかりしやがって、あの教祖被れ……っ!)

 希を不登校にしただけでは飽き足らず、自身の熱狂的な信徒を送り込むとは何事だ。

「知らないよ。お使いに失敗したんならとっとと帰れ」

「なんて失礼な!」

「朝から近所迷惑ですよ」

 激昂しかけた男と、望の間に何者かが割って入った。

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