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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
三話 タラントの行方
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『のんちゃんは兄の顔を見慣れているから美形のハードルが高いの』

「そのようですね」

 尊は小さくため息をついた。なんとなく馬鹿にされているような気がした。

「以前説明したでしょう。言葉の通り『一目惚れ』させてしまうんですよ、私のこの異能は。一秒待たずして恋に落ちて、その場で迫ってきて、撃退されて、ストーカーになって、身も心も侵されて、もちろん学業や仕事なんて手につかなくなりますから日常生活にも支障をきたし、最終的に廃人になって、行方不明になります」

「いやだって、まさか」

 笑い飛ばそうとしたが、尊は真面目な表情を崩さない。おもむろに席を立ち、窓を覗き込む。カーテンの隙間から周囲の様子を窺うこと数秒、尊は望を手招きした。

「マンションの向かい、青い屋根の一軒家付近を歩いている男性が見えますか」

「バイクを押している人?」

「そうです」

 尊の言う通り、新聞配達と思しき男性が周囲を見回しながら住宅街をうろうろしている。どう見ても怪しかった。

「何かを捜しているように見えるけど?」

「私でしょうね」

「あんたが出会い頭にあの人を殴り飛ばしたとか、新聞を一部盗んだとか、そういう理由ではなく?」

「何のためにそんなことをするんですか。ただ、私がマスクをつけ直そうとした時に、たまたま彼が居合わせただけです」

 目が合った瞬間に恋に落ちて、なりふり構わず追いかける。にわかには信じがたい話だった。

『永野尊さん。住所不定、現在無職。医学部を卒業。大学では彼を巡った騒動で三つのサークルが消えてます。他にも彼と接触した十七人の学生が中退、二人の教授が離婚。刃傷沙汰もあったようで、今でも学生達の間では「魔性の男」とまことしやかに噂されているようです』

 淡々と語られる尊の男性歴に望は固まった。

「正しくは二十一人です。中退したのは」

「よく卒業できたな」

『卒業後、何度も転職するものの男性トラブルが絶えずどこも三ヶ月ももたずに辞めているようですね。たとえばスクールカウンセラーとして勤務していた高校では、あなたに恋をした男子生徒が報われない恋の苦しみに耐えきれず自殺未遂を起こした他、職場にあなたの恋人と名乗る男が怒鳴り込んでくること三回以上。「メビウスメンタルクリニック」では他の医師のカウンセリングに来ていた客達があなたを巡って暴動になったとか』

「お恥ずかしい話です」

 もはや言葉もない。げに恐ろしきは尊のタラント〈異能〉だ。

「……あんた普段、どうやって生活してんだ」

「基本的に外出時は帽子・マスク・サングラスの三点を装備。仕事相手は女性に限定しています」

 尊はあっさり言うが、今日のように不測の事態で素顔を見られたら最後、一方的に重過ぎる恋心を寄せられてしまうのだ。

「苦労してんだなー……」

 思わず呟いた望に、尊は顔を向けずに視線だけを投げてきた。いわゆる流し目だった。ただの美男子がやったら「キザな奴め」と悪態を吐くだけで終わる。だが、尊のそれをまともにくらった望は、うっかり見惚れてしまった。関心がないかのように、こちらをまともに相手にすることなく、それでいて意味ありげな視線。とても不本意かつ悔しいことに、切れ長の目に色気を覚えてしまったのだ。

「何さ」

「いえ」言いかけて尊はかぶりを振った「君のことだから、私を責めるのかと思っていたもので」

「責める?」

「不用意に出歩いて、誘惑したのは私ですから」

 望は顔をしかめた。そんな奴だと思われていたことが不快だった。

 尊が持つタラント〈異能〉が引き起こしたものとはいえ、尊自身にはどうしようもないことだ。殺傷に使われたナイフを責めるような無茶な理論を、望が振りかざすと尊は思っているのだ。望が文句を言う前に、尊が詫びた。

「君がそんなこと言うはずがありませんね。失礼しました」

 意味を含ませた言葉だった。自分で自分の首を絞めるような発言はしない、と言いたいらしい。正解だ。意思に関係なく引き寄せてしまうのは、こちらも同じことだ。そのせいで希は引きこもりになった。


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