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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
三話 タラントの行方
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 六日の間に天と地と海とその中にある全てのものを造られた神は、七日目に休まれた。故に神は安息日を祝福して聖別された。それが日曜日の始まりである。

 そして日曜日に礼拝説教をする牧師にとって翌日の月曜日は(集会や緊急な案件さえなければ)大手を振って遅くまで寝ていられる貴重な休日だった。

 とはいえ、姉に朝食を用意してもらっている以上、そう長くは惰眠をむさぼることはできない。七時に望は起床すると洗顔を済ませて、リビングに向かった。

「おはようございます、望さん。今日も良い天気ですよ」

「んー」望は若干寝ぼけ気味の眼をこすった「おはようございます」

「髪が爆発後のように逆立っていますね」

「天パはあとで説得する」

「説得とは?」

『大量の水と整髪剤です』

 カウンターに設置されているスピーカーから姉の声。朝食の時はいつも顔を出すのに。珍しい現象に眉を寄せ、すぐさま理由に思い至る。望以外の人間がいるから出てこないのだ。希は人前に出ることを極端に嫌う。

『今日もすごいね、のんちゃん』

「文句は湿気に言ってください」

 スピーカーの上に設置されたカメラに向かって、望は舌を出した。

『じゃあ望ちゃんも来たことだし、いただきましょう』

『「「いただきます」」』

 三人の声が合わさる。今日の朝食はつやつやの白米ご飯を中心とした和食一膳。おそらくベランダに七輪を出して焼いたのだろう。ほどよく焦げ目の付いたアジの干物が、食欲をそそった。

「ほお」おみおつけに口をつけた永野尊は、感嘆の声を漏らした「これは素晴らしい。ダシもしっかりきいています。味噌も蔵元仕込みですね」

『わかります? 新潟から取り寄せた無添加の味噌なんですよ』

「また味噌変えたんだ」

『お豆腐はのんちゃんの好きな絹ごしだよ』

「あ、ほんとだ。美味しい――って、いい加減、説明しろ!」

 望は勢いよく立ち上がった。派手な音を立てて椅子が倒れる。

「なんでこいつがここにいるんだよ!」

『指差さない。食事中に騒がない。他人様のことを「こいつ」呼ばわりしない』

 即座に希の指導が入る。望は椅子を元に戻してひとまず腰を下ろした。

 騒ぎの張本人は涼しい顔で「長いノリ突っ込みですね」と言いつつ、アジの干物(半分である。残りの半分は望の前に置かれている)に箸を伸ばした。急にやってきた尊のために望のアジを半分差し出したのだと推察。ますます許せなかった。

「……で、お忙しいサイコな精神科医様がどうして月曜日の朝食を貧乏教会の牧師宅で召し上がっているのでしょうかねえ?」

 本日の永野尊はノーネクタイのスーツ姿。以前会った時となんら変わりない。

「訂正すべき点はいくつかありますが、まず私は今求職中ですので時間は余っております」

「一番どうでもいいことから入ったな」

「何を根拠にサイコなどと仰っているのかは皆目見当がつきません。それに私は精神科医ではなく、心療内科医です」

「わかったよ。で、ウチに何の用なんだ」

 延々と続きそうだったので結論を促す。

「一時避難です」

 沈痛な面持ちで尊は告白した。

「私としたことが、不覚でした。まさかこんな中途半端な時間に新聞配達をしている方がいらっしゃるとは」

『仕方ないわよ。私だって朝の五時半なら誰もいないと思って外にゴミ出しに行ったら、通勤途中の自転車に遭遇したことがあるわ』

「待って。全然事情が呑み込めない」

 勝手に盛り上がる二人を望は制した。

「新聞配達に追われてんの?」

「はい」

「なんで?」

「素顔を見られてしまったからです」

 指名手配犯のような台詞をのたまう尊の顔を、望は穴が開くほど見つめた。

 陶器を彷彿とさせる滑らかで真っ白い肌。柔らかそうな黒髪。弓なりの細い眉。間違いなく望の中での美男子ベスト五に入る端整な顔立ちだ。

 しかし、信じられないほどの美貌かといえばそうでもない。ちゃんと血の通った人間に見える――兄の信一とは違って。


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