十六
「上手くいきますかね」
「さあどうでしょう」
望は扉に背中を預けた。姉の部屋は頑なに閉ざされたままだった。
「情報、ありがとね」
まさか穂紗奈の生い立ちまで調べ上げるとは、頼んだ望も思わなかった。引きこもりパワー、恐るべし。ついでとばかりに希は森花音の連絡先まで入手し、彼女とコンタクトを取った。
結果的に一番の収穫だったのは、花音と話ができたことだ。何しろ彼女は、あえて沈黙し、穂紗奈が動き出すのを待っていたのだから。さすがに穂紗奈が継父の娘で自分の妹にあたるとは夢にも思っていなかったが、ゴーストに甘んじる彼女のことをずっと気に病んでいた。
いつか、本当の作者は自分だと、穂紗奈ちゃんが名乗り出ると思ってた。
自宅を訪ねきた望に、花音はそう言った。薄々ながらも穂紗奈の悪意に気づいていたのだ。確かめようにも、穂紗奈からは原稿しか送られてこない。花音からメールを送っても返事は一度もなかった。住所もわからなかった。峰崎教会に何度か足を運んだが、既に牧師は代わっていて、とても聞き出せる様子ではなかった。
打つ手のない花音はずっと待っていたのだ。穂紗奈が自分を糾弾する時を。
「いえいえ、ホームズさんの頼みとあらば」
扉の奥の声は明るい。でも人前に姿を現わそうとしない。
「穂紗奈ちゃんも大きくなったね。懐かしいわ。望ちゃんの初めての説教」
「思い出したくもない」
「財布の盗難事件があって大騒ぎだったよね」
「そうだったっけ? 忘れたよ」
望は投げやりに言った。事実、緊張のあまり事件発生時も解決した時もほとんど覚えていない。よくもあの心理状況で犯人の推理をしたものだと四年前の自分を褒めてやりたい。
「望ちゃん」希は大きく息を吐いた「……私を、妬んだこと、ある?」
「わからない」
いなくなってほしいと思ったことはない。面倒だと感じることは多々あるが、憎しみや羨望と言うほど強い感情を抱いた覚えはなかった。
「でもタラント<異能>のことがあっても――仮に喧嘩したとしても、私たちはそれなりに仲良くやっていけると思う」
穂紗奈と花音だって上手くやれるはずだ。断絶状態だったヤコブとエサウも長い時を経て和解したのだから。