十三
「先生の言う通りです。お父さんが今勤めている会社から始めて、順々に手繰っていったら、あの子――森花音にたどり着いたの」
奇しくも花音と穂紗奈は同い年。母親の連れ子だった花音は雄一の娘として、暮らしていた。
「会いに行こうと思ったのも、特に理由なんてなかった。強いて言えば好奇心かな。名乗り出ようとかは思わなかった。家族三人で仲良くやっているところに、水差したら迷惑だろうし……でも、まさか」
穂紗奈は小さく噴き出した。酷薄な微笑を浮かべる。
「本人からのこのこ近づいてくるとは思わなかったわ」
華々しくデビューしたKANNOは叩かれ、逃げるようにして私立中学校に転校したばかり。おそらく花音も鬱屈したものを抱えていたのだろう。だから、穂紗奈に親しみを覚えた。
「面白かったから、しばらく『友達ごっこ』を続けてあげたの。あの子、相当寂しかったみたいね。こっちが探る前に、学校のクラスメイトと馴染めないことだとか、母親の再婚相手の愚痴やら担当編集者への文句やら色々喋ってた」
穂紗奈はせせら笑った。憎悪と羨望を滲ませて。
無知は残酷だ。花音は穂紗奈の前で自分の持つ『特権』をひけらかしたのだ。穂紗奈が望んでも決して得られないものをこれでもかと見せつけ、そして軽んじた。
花音が文句を言った父親は、穂紗奈の失った父親だ――そんなに不満なら。悪魔のささやきが聞こえてくるようだ。
――そんなにいらないなら、私に頂戴。
「それで親しくなるうちに『森の王者』の話になったわけか」
「『次回作をどうしても出したい』って言うから一緒にネタを考えたの。結局はほとんど私が書いたことになったけどね」
はたから見れば微笑ましい光景だったはずだ。始まりはどうであれ、それぞれに重荷を抱えた姉妹が交流していた。
「それがどうして、こんなことに?」
「『森の王者』の重版が決まった時、あの子、私の名前も出したいと言い出したの。いわゆる共同執筆ってことにしたかったわけ」
穂紗奈の顔から笑みが消えた。
「……冗談じゃない」
低い声の呟きは、唸りに似ていた。可愛らしい顔には不釣り合いな、据わった目。
「あいつは両親に恵まれて、中高一貫の私立学校に通って、当たり前のように大学まで出るのよ? それに比べて私はどう? 必死に勉強して公立高校になんとか進めるだけで『恵まれている』方。可笑しくて笑っちゃうわ。姉妹なのにどうしてこんなに違うの」
血の気を失った蒼白な顔は、ともすればやつれたようでもあり、まるで人が違ったよう。その形相に望は言葉を失い、背筋に寒気を覚えた。この、あどけない少女の身体のどこに、これほどの憎悪と憤怒が潜んでいたのだろう。
「挙句、私が書いた小説に、あいつは勝手に値段をつけた。印税の半分。つまり五パーセントだって。人を馬鹿にするのも大概にしてほしいわね。だから『王者』の値段は私が決めることにしたの」
あえて何も受け取らずに原稿を渡しKANNOの名で発表させた。善意を装った裏で『王者』シリーズが大きくなるのを――花音の罪が積み重ねられるのを待った。いよいよ頂上が見えた所で、完膚なきまでに叩き壊すために。
「四作目でKANNOを糾弾するつもりで、今まで原稿を渡していたのか」
「ええ。ついでに世の中タダほど高いものはないことを教えてあげようってわけ。授業料だと思えば安いものじゃない」
正当な方法ではない。むしろ卑怯な真似だろう。
しかしそれを言ったら、最初から不当だった。どう言葉を取り繕うとも、穂紗奈は捨てられて花音は両親の庇護のもと大切に育てられた。花音にとって当たり前の『特権』が、穂紗奈にとっては切実に求めていたものなのだ。
「で、それを知って先生はどうするの? 私を止める? 間違ったことだって」