十二
違和感を覚えたのは穂紗奈を呼び出す喫茶店を検索していた時。穂紗奈がいる児童養護施設から近い店をピックアップしていたら、武蔵浦和駅周辺がヒットした。つまり、穂紗奈は近い武蔵浦和教会ではなく、わざわざ遠い峰崎教会に通っていたことになる。
「公立の中学校に通っていたから教会レポートを書く必要はない。君のお母さんゆかりの教会ならまだ頷けるけど、君のお母さんは横浜の教会員だった。当時、峰崎教会で牧会をしていた井藤牧師との接点も特に見当たらなかった」
謎を暴かずにはいられない。そこに罪が伴うのならば、なおさら。
「でも君は峰崎教会にやってきた」
「たしかに不自然ではありますけど」穂紗奈は胸を張った「それだけで森さんに接触するためだと決めつけるのは、どうでしょう。誰かに峰崎教会を勧められたから、とか他に理由はいくらでもあります」
「そうだね。でも君は誰かに勧められたから教会にやってきたんじゃない。ただ、花音ちゃんに会うためにやってきた」
決めつける望の強情さに呆れたのか、穂紗奈は否定するのをやめた。
「何のために?」
「目的も理由もない」
「はあ?」
穂紗奈は不快げに首を傾げた。が、こちらは至って大真面目だ。
「妹が姉に会うことに理由なんていらない」
望は穂紗奈から預かったアイディアノートを掲げた。冒頭の一ページだけ開いて、表紙を照明に当てる。「渡辺ほさな」と書かれたインクの下には修正液の跡があった。光にかざすと塗りつぶされた部分が透かされ、浮かび上がってくる。「渡辺」と上から書かれているので見にくくなってはいるが、そこには「森」という漢字一文字が隠されていた。
「君の旧姓は『森』。『渡辺』はお母さんの姓だ。違うかな? 森穂紗奈さん」
妻を病気で亡くした森雄一は当時五歳の娘を児童養護施設に預けた。仕事一筋で生きてきた彼には子供を、それも娘を育てていく自信がなかったのだろう。頼れる親戚もなく、経済的にも苦しい事情もあり、雄一氏の一人娘、森穂紗奈は児童養護施設で育てられることになった。
「よくもまあ……」
穂紗奈は試合に負けたような苦笑を滲ませた。
「もしかしたら気づくかもしれないとは思いましたけど、よく調べましたね。個人情報じゃないですか」
「うちには優秀なワトソンがいるもので」
望は礼拝堂の二階に視線を投げかけた。牧師館とつながる扉の奥に閉じこもった姉。一度だけだが、穂紗奈も会ったことがある。引きこもりだとも知っている。
「羨ましいです」穂紗奈は独り言のように呟いた「私には誰もいなかった」
それは神の導きか悪魔の悪戯か。五年前、渡辺穂紗奈は自分の父親の行方を偶然知った。
「KANNOは未成年で出版社側も配慮していたが、両親に関しては無頓着だった。君は暴露記事か何かで森雄一氏がKANNOの母親の再婚相手だということを知った」
あとは施設の職員から聞くなり、ネットを駆使するなりして情報をかき集めれば、KANNOが森花音であることや、現在森家がどのような暮らしをしているかも把握できる。